睡眠薬の場所
足音があまりにも多いからと、真正面からやり合う訳にはいかない。
幸いにもコハクのこの家は集落から離れているので、隠密行動を取るには適していた。
「キリーさん一人で大丈夫ですか?」
だから、足手まといの僕と、もしかしたら同族かもしれないコハクはこの家に残り、キリーさんが一人で相手の偵察へと向かうことになった。
「誰に言ってるの? もちろん大丈夫」
鎧を外し、籠を僕に預けたまま、腰にある剣を手に持って、サバイバルナイフを腰に差す――そうして軽装になり、動き回りやすくなるよう準備を終えていた。
「それに、コハクは同族が目覚めるまで気が収まらないと思う。
だったら、戦力的にも私一人の方が効率的」
「あ、それならせめて、火属性の水を持っていってくれませんか? どうせ僕が持っていても使えませんし」
「……そうね。あった方が安心するだろうし、いくつか持っていく」
腰の袋から残っていた三つを取り出し、キリーさんに手渡す。
「ありがとう。
それじゃあちょっと、盗み聞きしてくる。戻ってくるまでは動かないで」
そう言い残して、キリーさんは一人家から出ていった。
「さて……」
一人でここで待っているのもなぁ……どうせなら何かしておきたいが……。
昔の参照術はそれこそ時間が掛かりすぎるからなぁ……何かを掴んだキリーさんがすぐに戻ってくる可能性だってあるし、例の集団を始め敵がいきなり攻めてくる可能性がある以上、そんなこと出来るはずもない。
「ねえ」
「ん?」
と、これからどうするか考えていると、コハクの方から声をかけられた。
「多分、この子まだ目が覚めないと思うの」
「あ~……そうなんだ」
「それでさ、ちょっと水を持ってくるからさ、その間だけでも診ててもらえない?
もし起きたら大声で呼んでくれたら良いから」
「あ、はい。分かりました」
「さすがに、そろそろ水分を摂らないとしんどくて……」
湖に住む種族だというのなら、確かにそうなのかもしれない。
「どうぞどうぞ」
「あなたもいる?」
「いえ、僕は自分のが――」
どこに毒があるか分からない状況である以上、そう容易には――
「――ってコハク! その水だって毒されてるかもしれないから止めたほうが良いんじゃないっ?」
「え? あ~、うん。
わたしのは大丈夫だと思うから」
「いやいや根拠の無さがスゴい!」
「む~……じゃあ水分補給どうしたらいいのっ! 喉乾いた! 水がないとそろそろ死んじゃうっ!」
そんな子供みたいな……いや外見は子供そのものだし、むしろ出会った時の印象そのものなんだけど。
「あ、じゃあ僕が持ってきた水筒の中身なら大丈夫だと思う」
ここに来る前に少ししか補充していないから中身は心許ないが、まあ十分だろう。
「え~……? ……まあ、しょうがないから、それで我慢してあげる」
渋々、立ち上がって僕へと近づいてきて、差し出した水筒を受け取る。
「あ、そだ。
それだったらはい、コレ」
その代わりに一つ、手のひらに収まらない――けれども辛うじて握れる、僕の手でもちょっと大きな瓶を受け取った。
「ん? なにこれ?」
青色の液体が、瓶の半分より少ないぐらい――三分の一と二分の一の中間ぐらいだろうか? それぐらいの量が中にはあった。
青、といっても、水の色ではない。
何というか……絵の具の青を溶かしたような、どこか人工的な色合いをしていた。
「なにって、証拠。
私の家に貯蔵されてる水は安全だっていう」
「え? これが?」
「うんっ。
だってそれ、私が撒いた睡眠薬だもん」
「…………………………………………え?」
顔を上げたそこに、小柄なコハクの姿はなく……何故か、自分の首から鈍い音がしたのを、鮮明に聞こえて……僕は、
自分の意識を、
手放された。