動き出す薬物
毒ではなく睡眠薬が撒かれた……。
もっともこんなのは、可能性の一つを新たに提示してしまっただけに過ぎない。
本当に、この倒れていた子の体内には毒があって、それを消した可能性だって十分にある。
ただ、状況から考えれば、集団睡眠のための何かがばら撒かれたって可能性だってある、というだけだ。
「でも……毒とかすっごい酷いけど、理由は分かるよ」
ふと、コハクが思いついたように言葉を発する。
「それなら、睡眠薬を撒いた意図って、どうだと思う?」
「目的、ってこと?」
「う、うん」
訊ねられたキリーさんが考え──いや、口に出して良いのかどうか悩んだ後、言った。
「……コハク達自身の種族が目的、かも」
「種族……?」
「あなた達の種族は全員、人間からしてみれば、とても魅力的に映るから」
「ということはやっぱり、皆これぐらいの露出が当たり前の種族ってことですか?」
つい口を挟んでしまった僕の疑問にも、キリーさんは「ええ」と答えてくれる。
「コハク達の種族には、厳密な性別はない。
ただ人型になってる間は、人間で言う女性のような外見になってるの。
それも、水着を着ているような、とても薄着のような姿でね。
それが人にとっては、魅力的に映るから、集団誘拐されそうになってる……かも」
「……じゃあお姉ちゃんは、人間がやってるって、思ってる?」
「……正直に言えば」
その答えを聞いたコハクに、僅かな安堵が見えた。
どうして……って、そうか。
「そりゃ安心もするか」
「えっ?」
「だってそれなら、同族の人に追いかけられてた理由が、自分を疑われているから、ってことにならないもんね」
僕の導き出した答えにしかし、コハクはピンと来ていないようだった。
「あれ……? だってさっきまで追いかけてきていた人は、毒を撒いたのがコハクかもって疑ってたから追いかけてきていたかもしれない、って考えてたじゃない?
でも住民たちが本当に寝ているだけだったら、コハクが無事な理由が知りたくて、でも迫害されてる人に話しかけ辛いから戸惑ったまま終わっちゃった……って考えられない?」
「あ、ああ……」
……ん? なんだろ……この考え、もしかして、おかしかったりする……?
「アキラのその考えが本当なら、本当に睡眠薬の可能性が高い。
でもまだ、本当は毒の可能性があるから。
私が読んだ気配だって、正しかったとは限らないし」
「あ、そっか」
自分の導き出した考えだからと、つい正しいものだと決めつけて考えてしまっていた。
これは注意しなければ。
──そう、自分を注意している間に、遠くから騒がしくなった。
「っ? これは……!」
「キリーさん?」
「多くの声と……群れを成した、足音……?」
「えっ?」
僕にはただの騒音にしか聞こえないが……そこまで分かるのか。
「しかも……これ……ちゃんと、統率が取れてる……?」
「ってことは……誰かがあの集落に来てるってことですか!?」
「とっくに着いてるかも……!
これは……急いで行動に移った方が良いかもしれない」
慌てるキリーさんと僕を尻目に、コハクはどこか落ち着いているようにも見える。
自分を迫害している同族だから、僕たちよりもどうでも良いのかもしれない。
ただ、それを見たから落ち着いたのか……ある、非道な考えが、僕にも浮かぶ。
今向かってきているこの足音の正体。
それが誰のものなのか分かれば、毒なのか睡眠薬なのか、それが分かるかもしれない、と。