この家には、もう一人いる
「……行っちゃったか……」
家に一人残された「ルー」ことルーハイルは、一人呟いてため息を吐く。
二人が歩いて行って先から視線を外し、家の中へと向かう。
──そのドアが、手も触れずに開いた。
「……はぁ~……」
その様子に、さっきのとはまた別のため息が出てくる。
「アンタ、あたし一人になったら出てくるのね。あの二人がいる時は全く何もしなかったくせに」
その言葉に返事をした訳ではないのだろうが、ドアが一回閉開した。
幽霊。
その言葉以外に、この意思を持った存在の説明をすることは出来ない。
ルーが一人で留守番をしている時、物がどこかに移動することがあった。
それに対してルーが、「どうせだったらここに直しといてよ!」と苛立ちを爆発させて言ったところ、次からは放置していると、本当にそこへと戻るようになった。
以来その幽霊は、ルーが望むことを考えて、行動するようになった。
それでも、あくまでルーが一人の時だけだ。
今回のようにアキラのような客人がいる時は元より、姉であるキリーがいる時も出てきてくれない。
まあもう慣れてしまったので、迷惑とかそういう感情はルーには無いのだけれど。
「でもさ……これでもしかしたら、アンタを感じることは出来なくなるのかもね」
部屋に入り、とりあえずこの十日程出来なかった掃除をしっかりとやろうと動き出しながら、中空に向かって話しかける。
「だって多分、あたしが死にかけてたから、アンタをこうして認識できてるだけなんじゃないの? そうじゃなくなったらそれこそ関われないじゃん」
返事のようなリアクションが何もない。
もしかしたら本当にいないのかもしれないが、向こうが聞いていると思って勝手に話を続けるしか、この幽霊とコミュニケーションを取る手段が無い。
「……ま、普通に失敗して、何事もなくまた倒れるだけの毎日になる可能性だって普通にあるんだけどね」
期待したら裏切られる。
冒険者時代の頃のことを思い出し、そう自嘲しながら物を片付けていると、ベッド横の水差しを置く場所に、一枚の紙が置かれているのを見つけた。
姉のメモかと思ったが、見たこともない筆跡だった。
それで、ピンときた。
幽霊のものだ、と。
「……いや、初めてじゃない? アンタからこんな明確なコミュニケーション取ってきたの」
その紙には、ただ一言。
『もう、強がって、嫌われるための言葉を、言わなくても良いんじゃない?』
「……ああ……もうそっから見てたのか……アンタ」
ちょっと、恥ずかしかった。
自分の企みをすべて、見透かされていて。
企みとも呼べない、ただ姉に嫌われて、姉が自分を見捨てて、姉だけでも冒険者として復帰する。
そんな未来を掴み取ろうとしていた。
それが……姉には通じなかった。
そんな狙い、何もかもを、見抜いていたから。
「でもま、こっちも引っ込み付かないって話な訳よ。
このまま口調戻したら、それこそ恥ずかしいし。
ま、アンタがそこまであたしのこと心配してくれてたのは純粋に嬉しいからさ。見えなくなっても、この家に居てよね」
その言葉が嬉しかった訳ではないだろうが。
物が勝手に動いてくれたおかげで、片付けがかなり捗った。
家に病気の妹一人って環境としてどうなんだと考えた時、コレは後々矛盾が生じるなぁ……と思って置いておく保険のようなお話。
明日からはちゃんと本編に戻ります。