材料採集の旅立ち
「それじゃ、行っていきます」
「ん。行ってらっしゃい。
ま、いつもみたいに死なずに帰ってきてよ」
姉の静かな挨拶に、妹は笑うこともせず、けれども柔らかい雰囲気のまま答える。
きっといつもこんな感じで見送っているんだろうなぁ、と思わせる日常感があった。
「アンタも」
「ん?」
「帰ってきてくれないと、その治せる薬、作れないんでしょ?」
その妹に、同じような雰囲気で言われ、つい戸惑ってしまう。
この十日間である程度の信頼はしてくれたようだ。
それが少し嬉しい。
嬉しいのに、イマイチ上手く笑い返すことが出来ない。
「なに? 調子悪いの?」
そんな僕の様子を察してか、心配そうな、怪訝そうな表情で訊いてくれる。
「いや……多分、ずっと工房に籠もってたせいかな? なんか日が眩しくて……」
引きこもり過ぎは良くない、ということか。
まあそれを言いだしたら、元の世界ではずっと入院していた身体だ。
何故かこの世界に来てからは歩き続けても寝なくても大丈夫になったりしたけれど、あまりソレを過信するのは良くないということだろう。
「それって調子悪いってことじゃない。
そんなんで本当に行けるの?」
「行かないと、材料の目利きとかが出来ないし」
本に書かれていた材料の条件は頭の中に入っている。
どういったものが必要なのかはキリーさん一人に頼めないこともないが、やはり直接出向いておきたい。
「いやいや、それよりもお姉ちゃんの足を引っ張らないかってことよ。
そうやって不調なせいでお姉ちゃんに怪我させたら、いくらあたしのための旅だって言っても、許さないから」
「そうだね……それだけは注意しないと」
「ルーちゃんは、アキラのことが心配なのよ」
「んな訳ないっての」
姉の指摘に心底呆れたように返す妹さん。
「心配だったとしても、あたし自身の身体の問題だから。それだけに決まってんじゃん」
「でも可愛いって言われた時、照れ隠しで睨みつけてた」
「ちょっと嘘言うの止めて」
顔が赤くなっているわけではないが、どこか慌てているようにも思う。
ただキリーさんが朗らかにそう思えるのは、追い詰められた彼女なりの強がりが口調になっているのだと、分かっているからだろう。
我が家の親と一緒だ。
「まあでも、材料採りに行くなんて理由で、キリーさんを借りることになってごめんね」
「それこそ言いっこなしでしょ。
十日前に話した時にも言ったけど、アンタを信じようと決めたら、守るためにお姉ちゃんにも協力してもらうって」
「そっか。
ありがとう、妹さん」
「いい加減……。
……まあ良いか」
「?」
何を言いかけたのか改めて問いかけようとしたが、良いから行って行って、と手を振られる。
「それじゃあ、行ってきます」
そんな妹さんの様子に、口元に僅かな苦笑を浮かべながらキリーさんが歩き始める。
「はいはい。あの子によろしくね」
その後についていく僕の背中にも、改めての挨拶が聞こえた。
「あの子?」
「これから向かう湖に住んでる子がいるの。
水属性の材料で良い物が欲しいなら、一度顔を出しておいた方が良いだろうし」
そう答えてくれたあと、あっ、と気付いて、工房がある方向を指差す。
「あそこにある地下室の冷凍場所。
そこの管理をしてくれてる子がいるの。
私達がこれから向かうのは、言ってしまえばその子の庭みたいなものよ」
街まで流れている川の源泉。
その湖を庭としている人への挨拶。
このついていくだけの旅も、中々に骨が折れそうだ。
プロローグ部分がやっと終了しました。
……長いですね、ええ。
七月終わりから書き始めて一ヶ月ちょっとかかりました。
多分いらない部分カットしたらもっとギュッと凝縮できる気はする。
そんな訳で明日はお休みして、明後日から外伝数話挟んでから第一章を書いていきたいと思います。
これまで付き合ってくれた方、ありがとうございました。
これからも付き合ってくれるとありがたいです。