読んでいた本の正体
慌てて、キリーさんがそのページを覗き込んでくる。
妹さんも、本の反対側から中を見る。
しかし二人共、その昔使われていたとされている文字が読めないからか、ただ視線が本の上を彷徨うだけ。
「……どうしてこれが、ルーの病気を治せるの?
そもそも、今の方法でも治せてるでしょ?」
「今の方法は、一時的に蓄積された毒素を無効化してるだけですよね? 昨夜教えてくれたじゃないですか。妹さんに掛けてる参照術は、本来毒素を抜くだけのものだって」
火の属性と草の属性をどう混ぜ合わせればそうなるのかは分からないが、どうやらそういうものらしい。
「キリーさん自身が、妹さんに火と草の属性が宿った瞬間に、それに対して参照術を用いて共反応を起こし、毒素を抽出してるんですよね?」
「ええ。だからそれを繰り返していけば、いずれ身体も治るはず」
「そうはならないですよ、多分。
なんせ妹さんの不調は、一時的なものが原因ではありませんから」
「どうしてあなたにそれが分かるの?」
今まで、キリーさんが参照術を用いて毒素を抜いてきたのは、参照術による悪影響のせいで妹さんが毒されていると、誰かに診断されたからだろう。
きっとその人は、医者のような社会的地位がある人か、キリーさんが信頼できると認めた人なのだ。
僕はまだ、そこまでの人じゃない。
だから信じてもらえないかもしれない。
それでも──
「──確かに、確証は持ててません。
でも……昨夜色々と聞いて、この本を読み込んで、色々と作ってみて、なんとなく見えたものがあるんです」
それを今から説明します、と、昨日作ったある二つの道具を取り出す。
「なに? この赤と緑の液体」
「この本に書いてあるものなんですけど……実はコレ、液体なのにそれぞれ、火と草の属性があるんです」
「は?」
「キリーさん、試しに参照術を使ってみて下さい」
妹さんから信じられないものを見る目をされたが、妹さんにお願いする訳にもいかないので、キリーさんにお願いする。
もちろんこれも、本の通りに作っただけで、ちゃんと効果が発動するという確証は何も持っていない。
たださっき妹さんが飲んだ物が成功したので、コレも成功しているだろうという無意味な自信が付いてきているだけだ。
でも、それで正しかった。
キリーさんの身体がちゃんと、赤く輝いたから。
「……本当に、参照術が使える」
「自分の属性を合わせるだけじゃなくて、この液体を火の属性が宿った道具として使うことも出来ます」
「……でもこれ、何に使うの? 火の属性が欲しいなら、それこそ石を持ち歩けば良い」
「それを言われたらその通りなんですよね~。
しかもこれ、一度使ったらただの水に戻るって言うね」
軽い口調で僕が言ったのを合図に、赤色だった液体が透明になった。
「本当に何に使うのよコレ……」
「まあ、日常生活では応用利かないのは確かかな」
妹さんの呆れ声に僕もまた応じる。
コレを作るのに火属性の石と、それよりも属性値が下の水を使うというのだから、イザというサバイバルでも使えない。
「でも、コレがあれば、温泉水を汲んできて、妹さんの薬を作る必要性はなくなる」
「え?」
「あ……」
作り方を聞いたことがないのか、妹さんは意味が分かっていなかったが、これまでずっと作っていたキリーさんは気付いたようだ。
「妹さんが飲んでる薬の材料には、『火属性の水』が必要って書かれてたんだ。
だからキリーさんは、騎士団の討伐のタイミングで、温泉水を採りに行ってた。
でもこれさえ作れれば、そこまでする必要が無くなるんです」
「そのための道具ってこと?」
「はい。
で、これは抽出液って言って、水の属性にもあるんですけど、石の属性にだけ無かったんです。
それがどうしてなのか、って考えた時──この本に乗っていないほど上級なものなのか、あまり必要のないものなのか、とも思ったけど──それ以上に気になることがあったので、キリーさんに聞いたんです。
参照術は、誰でも、どの属性でも使えるものなのか? って」
「うん……聞かれた」
昨夜のことを思い出したのか、何やら納得したようにキリーさんが同意してくれる。
「使えはするけど、相性が悪い属性だと身体が痛むって答えた。
ノーリスクで使えるのは基本的に才能がある属性だけ、って」
「そこで一つ、思い至った。
もしかして妹さんは、相性の悪い属性ばかり使ってたんじゃないかな、って」
「いやいや、それはあり得ないって」
あっけらかんと、少し諭すように妹さんは続ける。
「あたし、これでもかなりの腕前だったんだから。
魔法使いとか名乗ってたぐらいよ? 四種類どれでも使えるって。
だってどれも身体に痛みなんかこなかったし」
「それが、そもそも間違えているんです」
やっぱりだ、と思った。
「この本を読めていればきっと、妹さんも納得してくれてた。
なんせこの薬は、そうした“適合していない属性を使い続け、身体に溜まった毒素を取り除く薬”と書かれてるんだから」
「いやそれって、痛みがあるのに無理して使い続けた人向けってことじゃないの?」
「……実はこの本は、参照術の本なんだ」
「は?」
「色々と属性がある物を料理するかのように混ぜ合わせて、薬や道具を作る。
昔は“これ”が、参照術だった」
人差し指でトントンと、机の上に広げたままの本をつつくように叩く。
「その中でこの本は、今の参照術が生まれてしばらくしてから、書かれたもの。
その新しい──今現在参照術と呼ばれていることをするために、補助や悪影響を和らげるためのものが載っている本なんです。
その中に載っているこの薬には、こう書いてある。
──人の中には、自分と属性が合っていなくても、痛みが起きない人がいる──と」
開いているこのページは、そうした人向けの薬なのだ。
明日は平日なのにちょっと更新できない……だからといって今週の土日はちゃんと更新するのかというとそういう訳でもないのが本当申し訳ない。
今週は二回も休むのすいませんですわ……。
ただ何というかこう、予定していたプロローグ部分がそろそろ終わりそうなので、色々とまとめたいんです。
設定厨らしく色々と書きたがって今回も長くなっちゃったしな……。