作業開始前の会話
その後、ここに来るまでの下山中の話をしながらの三人での晩御飯を終え、食器を洗う二人を待ってから、キリーさんと一緒に例の小屋──妹さんに工房と呼ばれている場所に向かった。
「良かったんですか?」
裏口から出てその工房へと向かう道で、気になったことを訊ねてみる。
「なにが?」
「妹さんに、わざとこれから作ろうとしてる薬のこと言いませんでしたよね?」
夕食の時、下山中の話を持ち出したのはキリーさんだ。
普通なら僕を泊めることになった理由として、いつも妹さんが飲んでいる薬をちゃんと作り方を読める僕が作ってみる、ことを言えば良いのに、その話にならないようにしていた。
それが分かったから僕も敢えて夕食の場では口にしなかったのだが。
「言わなかった、というより、言う必要がなかった、が正しいの」
「え?」
「言ったところで、期待も何もないでしょ。
ルーからしてみたら、あなたは見ず知らずの、私がただ拾ってきただけの男性。本が読めたから作らせてみる、と言っても、なんにもならない。
その言葉自体が信じられるものかどうかもルーは判断できないし、そもそも私が騙されているかもとか考えるかもしれない。
そうなったら、工房に泊まらせる、っていう話も聞いてくれなくなるでしょ? あの子は、あなたが異世界人だということも知らないんだから」
「それですよ」
「え?」
「どうしてその、異世界人という話もしなかったんですか?」
工房に着いたので、キリーさんが持っていた鍵でドアを開け、中へと入る。
「……異世界人、というのは、私の口からは明かさないほうが良いと思ったからよ」
部屋の中央付近の天井に引っかかっていたランプのようなものが、僅かに赤く輝くと、そこに火が灯る。
ただその火はかなり小さく、どこかに燃え移るような感じもしない。
周りにある紙のようなものでそこから漏れる僅かな光を反射させ、小さな小屋を明るくしてくれている。
こんなところでも参照術か。
「どうして、キリーさんの口からは言わないほうが良いんですか?」
「普通に考えれば、誰も信じないことだから。
それだけ。
私がおかしくなったって思われたくないから……というのもあるけど、それ以上に、あなた自身のことだから、あなたに決めてもらいたくて。
だからあなたが言いたくなったら、あなたの口から言ったほうが良いと思って。
無意味に吹聴する必要はないでしょ。あくまでもあなたの判断で、言いたい人にだけ──信じてくれると思った人にだけ言って」
……確かに、異世界人だなんてことは誰も信じないか。
キリーさんだって最初は信じてなくて、今でもやっと、ここにある失われた言葉で書かれた文字が読めたから、辛うじて信じ始めてくれた訳だし。
……信じてもらうためには、ちゃんと薬を完成させる必要がある、か。
キリーさんには絶対に信じてもらいたいし、妹さんも助けたい。
書かれている通りのものが出来ることを祈りつつ、必ず書かれている通りに作り上げ、成功させよう。