日常風景に戻る
食い気味で否定された重い空気のまま小屋を出て、裏口から家の中へと戻る。
「二人共、工房に居たんだ」
裏口から戻ってすぐ、背後から聞こえた声。
振り返ると、さっきまでベッドで横たわっていた妹さんが、さっきまでの薄手のものとは違う、しっかりとした生地ながらも動きやすそうな服の上からエプロンを着けた姿で、小柄な身体ではなお大きく見える桶を両手に抱えて立っていた。
「ちょっと邪魔。ほら、水って重いんだから。早くどいてくれないとぶっかけるよ」
「ご、ごめん」
無理をしている感じもしない動きで、さっさと中に入った僕の脇を通り過ぎ、二つの鍋を置けるかまどの傍にあった大きな瓶の中に、その中身を注ぐ。
そして再び桶を持って、外へと出ていく。
いつの間にか水を汲んでいたキリーさんと、出入口の近くですれ違う。
「妹さん、元気に見えるんだけど」
その、どう見ても元気がある姿に、つい失礼なことをキリーさんに聞いてしまう。
彼女と同じ動きで瓶の中へと水を入れていたキリーさんはしかし、特に気にした様子もない。
まるで元気がない方が嬉しいみたいで、不謹慎だったのにだ。
「ええ。薬を飲んでしばらくの間は、身体が本当に軽くなるみたい。
でも、また十日ほどしたら身体がダルくなったり、歩いてたら急に力が抜けたりするから、寝てるしかなくなっちゃうんだけどね」
「そっか……。……?」
あれ……? その感じって……。
「……もしかしてですけど妹さんって他にも、常に倦怠感があって、たまに呼吸するのもしんどくなったりしてません?」
「そういえば……最近は言わなくなったけど、倒れるようになった最初の頃は言ってた」
それって……もしかして、僕が持ってた元々の病気と同じ症状……?
「ちょっと。手伝わないんなら台所から出ていってくれない?」
再び戻ってきた妹さんに凄まれ、僕は隣の部屋に、キリーさんは水汲みに戻った。
「全く……。
あ~あ! 本当料理とか面倒なんだけど!
お姉ちゃんが作れないから仕方無しに! 仕方無しによ? お客さんであるアンタの分も作ってあげるんだから、感謝しなさい」
口悪く言ってくるが、かなり優しさが滲み出ている。
本当に口の悪さと同列ぐらいに態度も悪ければ、さっさと出て行けとか、そもそも料理を作らないとかするはずだ。
症状にしてもそうだ。
途中からちゃんと明かさなくなったのだって、彼女なりに姉に心配かけまいと、気を遣っていたからだろう。
僕も親に対して同じようなことをしていただけに、あの空気感だけは敏感に分かってしまう。
「今日だけだから、大人しくそっちの部屋で待ってなさい。
あ、いつもみたいに二人だけじゃないから、テーブル出しといてよ! お姉ちゃん!」
……丁寧にもてなそうとしてくれてるなぁ……。
僕が彼女を助けることにした云々の話を、当人は知らないはずなのに。
本当に口の悪さに意味がない。
なんて思いながら遠くから妹さんの動きを見ていると、かまどの中に入れられた大きめの石が赤く輝き、その石が勢いよく燃えるのが見えた。
参照術を知らない僕にキリーさんが驚いていたのは、やっぱりあんな感じで、参照術が日常生活に根ざしていたからなのか。
そんなことを考えながら、椅子がないからとベッドに座るわけにもいかないなというわけで、手持ち無沙汰に立ったまま、晩御飯が出来るまで待っていた。
またちょっと無駄な話をし始めてる気がするなぁ……。