感情の置き所
「あっ!!!!!」
少し距離をとって頭を下げそうになったキリーさんを止めるために、僕は無意味に大きな声を張り上げた。
「な、なに……?」
真隣で本を覗き込んでいたキリーさんとしては、かなりびっくりしたことだろう。
おかげで動きを止めてくれた。
「頭は下げないでください。
キリーさん、そんなことをしなくても僕は、妹さんを助けますから」
「どうして?」
「どうして、って……」
考える。
ここで、人を助けることに理由はあるんですか、
とか、妹さんが好きになったからです、
とか、やれることがあるならやりたいだけ、
とか、異世界に来てから助けてくれた恩を返したいから、
とか、そういう嘘ならいくらでも言うことが出来る。
でも……それは誠実じゃない。
生きてる頃にやれなかったことを──生きてる頃にやってもらったことを、やる。
恩返しのように。
ただの自己満足でしかないことを。
「僕が、助けたいからです」
だから、誠実に。
本当のことを、告げる。
それもまた、僕のやりたいことだから。
「病気だった自分を助けてくれた人たちのように、僕も誰かを助けたい。
僕がやってもらったことを、誰かに返したい。
ただ……これは、ただのエゴです。
助けてくれた本人たちに返せないからといって、妹さんを代わりにすることで、満足しようとしてる。
だから、謝るのはむしろ僕です。
こんな自分勝手な望みを叶えるために、キリーさんの妹を利用するんですから」
「……だったら、あなたも頭を下げないで」
「でも……」
「つまりこれは、お互いがお互いの望みのために、お互いを利用するだけの話。
それだけなんだから」
「……それなら、キリーさんに改めて、お礼を言わせてください」
「お礼?」
「ここまで連れてきてもらって、僕に出来ることを見つけてくれて、しかもそれを認めてくれて……ありがとうございます」
聞き様によっては、妹さんを実験対象にさせてくれと言ってるようなものだ。
僕の目標を叶えるために利用させてくれと言っているのと同義なのだ。
それなのに、こうして許してくれた。
責めることなく、認めてくれた。
切羽詰まっていようとも、葛藤があるだろうに。
「……謝罪もだけど、お礼も止めて。
でないと、せっかく折り合いを着けた感情が乱れる」
「え……?」
「私は、あなたを利用しようと考えてる。
そうでもしないと、あなたのエゴに、妹を任せられないから。
お礼なんてもってのほか。
連れてきたのも、妹を任せるのも、私があなたを利用しているから。
それ以外の何物でもない。
そういうことよ」
「……わかりました」
僕たちは、お互いの望みのために、お互いを利用する。
それはただの利害の一致で、お礼を言うことじゃない。
気まずさも、感謝もなく……感情を均して、互いに受け入れる。
「それに最初は、私自身を利用して、私に都合よくあなたを従えるつもりだった。
そんな酷い女性に、お礼も何も無い」
「……あ~! だったらそのままのほうが良かったか~!」
キリーさんの冗談に、僕もまた冗談で返す。
「……あなたなら、関係なしに構わないかもしれない」
「え?」
「バッチリと聞こえたでしょ?」
少し顔を赤くして、キリーさんは僕の目を再び真っ直ぐと見つめ、きっぱりと答えた。
「妹を助けてくれたら本当に、あなたの好きにしていい。
多分その頃には私、アキラに惚れてると思うから」
この、デレてるのかデレてないのか微妙な時がたまらなく好きなの分かって。