参照術の片鱗
「うっ……オエッ……!」
くっさ!
思わずえずいてしまった。
何だろう……嗅いだことがない匂いだ。
すっぱいようなしょっぱいような、味という味を凝縮して匂いとして抽出したらこんな感じじゃないだろうか?
もう的確な例えが思いつかないレベルで臭い。
そしてその、匂いの現況を妹さんは、グイッ、と飲み干した。
「うわ……」
自然と口から声が漏れた。
そりゃ飲む前に腹も括るはずだ。
こんな匂いがするのを分かっている上に、今から飲まないといけないとなれば当然だろう。
「~~~~~~~~~っ……!」
女の子とは思えないほど顔をくっしゃくしゃにしかめながら、もう片方の手で持っていたコップの中身も一気に飲み干す。
中和するための水だろうか。
その程度でどうにかなるような味には思えないけど。
まあ、あの異臭を放つものを、日常的に飲む世界でないということを知れただけ良しと思っておこう。
──なんて薄情なことを考えている間にも、妹さんの身体が赤く・薄っすらと輝いて見えた。
オオカミのような魔物を相手にしたキリーさんにも同じ現象が見えた。
というか今も、キリーさん自身が同じように赤くなっている。
……もしかして、これが参照術というものなのだろうか。
そもそも参照術という言葉自体、合っているかどうかも怪しい。
僕が理解している彼女たちの言葉は、僕の頭が自動変換しているようなものだ。
同時通訳のようなもの……だと僕は思っている。
妹さんがキリーさんのことを「ゴリラ」と呼んだ時も同じようなことを思ったが、要は僕の知識の中で、似たものの言葉を選んで通訳しているのだと思う。きっと「オオカミ」だってそうだろう。
僕が言った言葉もまた通訳して向こうに伝えてくれているから、何とか会話が成り立っている。
それを踏まえた上で『参照術』も似たものだと考えれば、何かを参照することこそが『参照術』ということになる。
さすがにその“何か”は分からないけれど……魔力とかな属性的な、きっとそういうのだろう。
「火と草よ融合し、内なる毒を浄化せよ」
キリーさんが目を瞑って集中するようそう唱えたかと思うと、妹さん自身から放たれていた赤の輝きが、彼女を覆うような赤透明の壁へと変化し──彼女の中心へと集まって、体内へと収束するようにして消えた。
「……ふぅ……」
安堵したような息をついたキリーさんを見て、成功したことは伝わってきた。
「はぁ……相変わらずマッズい」
おそらくは回復するだろう参照術(?)を受けた妹さんは、その飲むという行為だけで疲労困憊したのか、一言だけそう告げると、ベッドの傍にあったミニテーブルにコップと小瓶を置いて、すぐに身体を横たえた。
そのまま眠るのがいつも通りなのか、キリーさんも気にすること無くその置かれた二つを回収して、水場へと戻っていった。