下山途中
山を下り始めてしばらくして、自分の身体の違和感に気がついた。
「そろそろ休憩する?」
歩いて数十分も経っていないのに、前を歩いていたキリーさんが振り返り、こちらを見上げながら訊ねてくれる。
僕はそれに首を振る。
「いえ、まだ大丈夫です」
「でも、さっきはこれぐらいの距離を歩いたら倒れちゃったし」
「それが、全然疲れていないんです」
本当のことを言ったのに、怪訝な顔を浮かべられる。
「本当に?」
「本当です」
「……アキラは、倒れるまで無茶をするから」
「僕もそういう自分を自覚はしてますけど……でも今回ばかりは本当です」
なんというか、体力切れで倒れる気がしない。
これは強がりでもなんでもなく、確信だ。
お前は歩くだけなら倒れないぞと、とても信頼できる人に言われたような……そしてそれが事実だと、まるで一度確認したかのような、そんな感覚があるのだ。
それに──
「……? どうかした?」
ジッと、キリーさんを見つめていると、小首を傾げることもせず、探るような瞳のままに問いかけられた。
「やっぱりしんどいんじゃない?」
──その言葉を、改めてじっくりと聞くと、僕の全く分からない言葉が聞こえるのだ。
意識しなければ全く分からない程、小さくだけど。
ただ、本当に声が小さい訳ではない。
テレビのボリュームが絞られている感じというよりも、誰かとの話に夢中になっていたせいで聞いていなかった、という方が近いだろうか。
で、その「誰かとの話」というのが、僕にも分かる言葉で話してくれている、キリーさん自身の声ということになる。
なんというかさっきまでの会話は、耳で聞いているというより、頭で聞いていたのかもしれない。
そんな感覚があるのだ。
まあ、意識しなければ普通に会話できているということなので、特に気にする必要もないのだろうが。
……さっき気絶した時に、何かおかしなことになったのだろうか……?
「……はっ!」
ふと、自分の視界の端に何か映っていないかを確認する。
顔を動かすのではなく、視線だけを動かす感じ。
「……アキラ?」
その視界の四角には、何も映っていない。
……ふむ……。
ならばと、手を前に突き出したり、下から上へと持ち上げるような動作をしたり、何か開けるような指の動きをしたりする。
……が、これにも無反応。
……おかしい……異世界転生ものなら、こういう感じのことをすれば能力画面が見れたりしたはずなのに……それともテレビゲームをやったことがないせいで、僕が上手くイメージできていないのか? いやでも、マンガでならいくらでも……。
「とりあえず休もうか、アキラ」
「あ、いえ! 大丈夫! 大丈夫なんでキリーさんっ!」
◇ ◇ ◇
僕のおかしな動きと、心配してくれていたキリーさんの話を聞かなかったせいで、数分間の休憩を強いられた。
やっぱりキリーさんは優しすぎるなぁ……と、前を歩く彼女を見下ろす。
背は圧倒的に高いのに、こうして先導されて下山している時だけは、彼女を見下ろす形になるから不思議だ。
今まで山なんて登ったことも無いからなぁ……。
……ふと、その背負っているカゴの中身が気になった。
「キリーさん」
「どうしたの? 休憩?」
「ではなくて、そのカゴの中に入ってる液体の瓶って、なんですか?」
休憩中とかに飲ませてもらっている水が入った水筒は、彼女が腰にぶら下げてある。
ちなみに剣は横で、水筒がカゴの底である背中側。剣の逆側にはサバイバルナイフが数本刺さっている、という形だ。
「これは温泉水よ」
歩くことを止めずに、こちらを軽く見てから答えてくれる。
本当に僕が疲れていないかの確認をしたのかもしれない。
「温泉水って、僕がいた場所の、ですよね」
「ええ。この山の山頂付近の、あの温泉水」
「どうしてそれが必要なんですか?」
「これのおかげで、妹の病状を遅らせることが出来ているから」
よくあるステータスウインドウやスキルが分かるシステムの否定をしておきたい。そんなこだわりで一話を使うバカはこちらです。
まだヒロインと主人公以外誰も出てきてないくせに、明日は更新お休みさせてもらいます。
来週こそはもうちょい登場人物増やしたいですね。ヒロインの妹とか。