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黒銀の共鏡  作者: 泉 ゆう
紅の章
3/14

第二話 城下町

 空に浮かぶ城の底から光の柱がまっすぐ伸びる。その中をふわりふわり、と羽根が落ちるようにゆっくりと降りてくる黒い影。


 その光景を目の当たりにした城下町の住人は一気に色めき立つ。街のそこかしこから「顕現された」だの「今晩はご馳走だ」だのといった歓声が上がる。波紋のように騒音は街の端まで行き渡り、街全体が一種の狂乱状態に陥った。


 が、すぐにその声は治まることとなる。


 全ての光を吸収するような漆黒の装束に身を包み、全ての光をきらきらと跳ね返す銀色の髪を微風に揺らす。王が一歩、光の外へと足を踏み出した。


 それを迎えるように、住民はその場に跪き頭を垂れる。口を開く者は誰一人としていない。まるで先程の喧騒が嘘であったかのようだ。我らが王の、神にも等しき黒銀の王の言葉を決して聴き逃すまい、と皆が耳を(そばだ)てている。


「……あ、あはは。相変わらず大袈裟だね」


 困惑したような高いソプラノが静寂を破った。


「まったく。毎度のことながら、感心する」


「このままじゃ居心地悪いし、いつも通りにしてもらおっか?」


「そうだな。ほら、自由にしてくれ」


 ぱんぱん、とアステールが手の平を打つと、背中を丸めていた数千の忠実な民はゆっくりと身体を持ち上げ、各々の生活に戻っていく。日常を再開した彼らだが、その表情には未だ興奮冷めやらぬ、といった様子が見て取れる。


 すっかり慣れてしまった熱い視線がちらちらと刺さるのを感じながら、


「敬われるというのも難儀なものよのぅ」


 顎を撫でながら芝居掛かった口調でしみじみと呟くルミナリア。事実、面倒なのだが悪い気はしていない。


「馬鹿なこと言ってんなよ。それで? どっちに行くんだ?」


「んー、と。……あっち!」


 街の北西に向けて勢いよく指をさす。彼がつられてその指の方角を見ると、住民達に歓喜の表情が宿っているのが目に入った。背後から嘆きと落胆の声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。


 北西に向けて、目的もなくぶらりと歩を進める。道すがら、アステールは適当な住民をつかまえて、何か変わったことや困ったことがないか、といった聞き取りを行う。ルミナリアはといえば、商店に並ぶ果実や小物に目を輝かせていた。


 ちなみに、金銭の類はアステールが管理している。彼女に任せると、いつの間にか中身が全て空っぽになっていた、といった事態になり兼ねないからだ。


 それが分かっているからか、彼女はすっかりと萎縮しながら話をする住民を構うことなく、少年の袖をちょんちょんと引っ張り、上目遣いで訴えかけるのだ。


 その訴えを素気無く無視して聞き取りを続ける彼に頬を膨らませ、背中をぽかぽかと殴りつけるといった光景も見て取れた。そんな彼女の機嫌は、商店に立ち並ぶ、城では見られない品々を眺めては、またすぐに元通りになるのだが。


 そんなやり取りを繰り返し、気付いた時には、あれだけ光を注いでいた太陽が眠りに就く準備を始める頃合いとなっていた。


 先程からやけに静かだと怪訝な顔を浮かべて辺りを見回すアステール。すぐ後ろを付いてきていた筈のルミナリアがいないのだ。


 (はぐ)れた彼女を探し、近くを歩き回る。先ほど通り過ぎた、小さな泉のある広場の方がちょっとした賑わいを見せている。


 見慣れた銀髪が、いつの間にか小さな子ども達に混ざって、噴水前で披露される人形劇を膝を抱えて楽しそうに見ていた。お前はいったい何歳(いくつ)なんだ、と苦笑を漏らし、劇が大団円を迎えたところで彼女に声を掛ける。


「ほら、そろそろ帰るぞ」


「えー。やだー」


 なんとなく予想はついていた彼女の言葉に驚きもせず、


「そうは言っても、もう日が暮れる。ここらも店仕舞いだろ? これ以上何を見るってんだよ?」


「他の街とか?」


「はぁ!?」


 今度ばかりは驚いたようだ。彼女の発言故か、はたまた突然大きな声を出したアステールに反応してか、せっせと帰り支度を進めていた街の住民達も、ビクッと肩を揺らす。


 ルミナリアは彼らの反応を見て、突然大きな声を出さないで、と文頭に添えて慌てたように早口で捲し立てる。


「あのね。この国の王様として、きちんと他の街のことも見ておかなきゃいけないと思うの。あなたも聞き取りとかしてたじゃない? それと同じことを他の街でもやるんだよ。この街では特に大きな問題はなかったかもしれないけど、他の街は違うかもでしょ? 私達がいないんだからきっと困ってることもいっぱいあると思うんだよね。別に悪いことじゃないでしょ? 王としての責務? ってやつを果たすんだよ。いいよね?」


「……本音は?」


「ちょーっと冒険してみたいなぁって……」


 目を逸らしながら軽く舌を出す彼女。を見て、項垂れながら胸に仕舞い込んだ空気を全て放出するように溜息を吐く。脳裏に過ぎるのは、暇を見つけては冒険譚を読み耽っていた彼女の姿。大方、先程の人形劇も似たような筋書きだったのだろう。


「影響されやすい奴め」


 悪態を吐いても頑なに目を合わせようとしない、眼前の少女を半目で睨み、しばし思考を巡らせる。


 確かに彼女が咄嗟の言い訳に使った、他の街の調査に関しては思う所がある。ここ半年程は城下のこの街以外には碌に出向いていない。各街の状況を知るいい機会でもあるのだ。何より、強引に連れ帰ったとしても、また何かにつけて無理難題を押し付けられるに違いない。


 纏まった考えと共に浮かぶ、なんだかんだ彼女の我儘を助長しているのは自分にも責任があるのでは、という疑念を払い除け、


「……わかったよ。ただし、調査の為だからな? 遊びじゃないからな?」


 彼女の提案を受け入れた。その言葉を聞いたルミナリアはきょとん、と目を丸くする。断られはせずとも、文句の一つでも出てくるはずだと身構えていたのだ。


 しかし、そんな動揺も一瞬のことで、


「やったー! ありがとう! うんうん、目一杯楽しもうね!」


 小さく飛び跳ねながら、その小さな体全体で喜びを表現した。


「あ、これ後半ちゃんと聞いてないな。もういい。……どっちにしろこの時間からじゃすぐ野宿だし、出発は明日からな」


「はーい。じゃあこの辺で宿でも探す?」


 城に戻るという選択肢はないんだな、という言葉を飲み込み、彼女を説得するという選択肢を早々に放棄する。


 通りすがりの住民に近場の宿を尋ねると、彼は王が街で一晩を過ごすという事実に驚愕と歓喜をその表情に浮かべ、宿への道を先導するという大役を務めた。


 連れられて辿り着いたのは、見すぼらしくも目を見張るものもない、至って普通の宿。王には相応しくないとでも思っているのだろう、緊張に身を強張らせる案内役。


 そんな彼に「ご苦労」とアステールは要求した通りの仕事をこなしたことへの労いの言葉をただ一言だけ告げる。最上の悦びだ、と言わんばかりに恍惚とした案内役の「有り難き幸せ」という叫びを背中に聞き流して扉を押した。


 迎えるのは何も知らされていない宿の主人。気の抜けた歓迎の言葉は、それを言い切る前に悲鳴に変わる。たった今しがた行なったものと同じやり取りを終えて、案内された部屋にようやく腰を落ち着けた二人は、苦笑混じりに顔を見合わせたのだった。


「なんだか大歓迎って感じだったね」


「良くも悪くもな」


 心底疲れたといった様子のアステール。


「明日はどうするの? ご飯食べたらすぐ出発?」


「そうなるな。このまま北西に進むなら目的地は"真紅"、か」


「エリュトロンかぁ。一年ぶりくらいだね」


 エリュトロン。真紅の街。

 アルカディアに点在する十の街のうち、赤の名を冠するその街は、周囲を広大な森林と(そび)え立つ岩山に囲まれた天然の要害だ。

 

 ただでさえ視界も足場も悪い森林だが、その悪辣さはそれだけに留まらない。冬場は一面を覆う深い雪に方向感覚と体力を奪われ、それ以外の季節は常に腹を空かせた獣が跋扈(ばっこ)する恐怖に脅えることとなる。


 そんな魔窟を迂回しようとしても、それを阻むのは断崖絶壁の岩肌の群れ。巨岩の落石や、急激な天候の移り変わりによる地滑りを、大したことではないと思える者だけがこの道を選ぶだろう。そんな稀有な者でも大部分は岩山の礎と化すに至るのみだが。


 気軽に脚を向けることすら憚られるその街を終着点とする旅行者など滅多に見ない。ただ、死地を求める者には打ってつけの場であることは間違いないだろう。


「流石に歩いて行くのはないな。馬でも借りるか?」


「そうだねぇ。ま、明日のことは明日考えようよ!」


 思考停止。それでいいのか、とうんざりしたように溢す少年は、もはや興味が別の方向に向いてしまった彼女に、今後の計画を綿密に練ろうと言う気は起きなかった。今のルミナリアの思考を支配しているものとは、


「ごっはんごはんー!」


 彼女と行動を共にして、ついに何万回目かに達した溜息。


「考えるだけ無駄だな」


 アステールも思考を無理矢理放棄し、せめて暫くは味わえなくなるであろう落ち着いた晩餐を楽しもうと、鼻歌混じりに食堂へ向かう彼女の背を追うのだった。


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