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黒銀の共鏡  作者: 泉 ゆう
紅の章
2/14

第一話 名案

 ぱきん、とまた一つ小気味良い音が鳴った。


 うつらうつらと微睡んでいた銀髪の少女は、その音にはっと姿勢を正す。照れくさそうに周囲を見回しても、相変わらず温かな焚火がゆらゆらと暗い夜の森を照らしているばかりだ。


 すぐ隣には唯一の光源を受けて、ほんのり赤みを帯びた銀色の短髪。規則正しく上下するその身体からはすうすう、と微かに寝息が聞こえてくる。背後からは鼻水混じりの大きな鼾が騒ぎ、彼女を再度夢の中へと誘うのを拒んでいた。

 

 恨めしそうに顔を顰めつつも「しょうがないなぁ」と一言呟いて。小さな口を目一杯開き、欠伸を漏らしながら背伸びを一つ。また何をするでもなくぼーっと炎を見つめる。その赤い瞳に揺れる焚火を映し続け、それにも飽きてきた頃、


「ぷはぁ。暇だぁ」


 誰に言うでもなく、少女はぽつんと吐き出した。銀色の髪をした二人の王は現在、自国、アルカディアの街の一つへと続く道中。周囲を高い木々に囲まれた広大な森の中にいた。


 彼女がこんな退屈を味わう羽目になったのは、七日前の昼食時、特に考えも無しに城で唐突に発した自身の一言に起因する。








「お出かけをしましょう!」


 その宝石のような瞳をより一層輝かせ、高らかに宣言した少女は自身の挙げた名案を肯定する一言を心待ちにしていた。


 が、向かいの席に座る少年から返ってくるのは食器が擦れる音。また始まった、と内心では思っていてもそれを口に出すことはない。反応したら負けだ。


「あれ?」


 聞こえなかったのだろうか、と首を傾げる。彼女のすぐ後ろに侍る女性――専属の側仕えを見るも、困ったような笑顔を浮かべられるばかりだ。


 同じように少年の後ろに立つ彼の側仕えは、ただ静かに立っているだけだ。彼女が見ていることなどまるで気付いてもいないかのように。


 また無視をされている、と大きな眼を吊り上げる。大きく息を吸い、今度はきちんと()()()()()()()


「お出かけを――」


「うるさい!」


 声を荒らげて、先程よりも一回り大きな音で紡がれる提案を中断する彼。そうしなければ、この好奇心と気紛れの化身のような少女は何度でも同じことを言うだろう。


 つい一月前にも、この気紛れは彼の頭を悩ませたばかりなのだ。


 同業者を殺したとかいう、自称作家の罪人の話だ。その場で処分すれば良いものを「作家なら私の満足できる物語が書けるはず」という謎の理論を展開して。


 そんなつもりなど欠片もないのに「私が気に入る物語が書けたら解放してあげる」と希望まで与えて、罪人の余生を執筆に専念させたのだ。


 当の本人はそれこそ命懸けで仕上げた物語を少しでも気に入って貰えるように、ご丁寧に装丁まで施して本にしたのだから目も当てられない。哀れにもハズレの評価を受けたその本は彼女の本棚で再び開かれるのを、恐らく永遠に待つことになるのだろう。


 そんな彼女の新しい我儘に敢えて一度沈黙を保ったのは、どうか心変わりを起こしてくれ、というせめてもの抵抗からである。


「お返事は一回でしてよね」


「…………」


「してよね?」


 渋々と言った態度で「ああ」とだけ告げる。

 さて、少しでも時間を稼ごうと悪足掻きをすると、要件を聞いてさっさと問題を片付けることと、どちらが彼にとって面倒が少なくて済むだろうか。


 両者を秤に掛けて暫し逡巡。するまでもなく後者だという結論に至り、彼女に目を向ける。


「まあいい。どこに出かけるって?」


「もちろん決めてないよ?」


「……だろうな」


 眉間を押さえる少年とは対照に、にこっと嬉しそうに微笑む彼女。


「ひとまず街に降りて、気が向く方に行けばいいと思うの」


「ああ、天才だ。正に名案だな」


 心にもない一言。皮肉を言い放ったつもりでも「でしょ」と誇らしげに腕を組む彼女には当然通用しない。


「そうと決まったら早く行こう!」


 抑えきれない興奮にガタンと鳴らして席を立つ。少年も彼女に倣って渋々立ち上がるのだが、


「ルミナリア様? お食事がまだ済んでいませんよ」


「アステール様もです。ルミナリア様に乗せられて、食事は疎かにしてはいけません」


 それぞれの側仕えに諌められてしまった。


 ルミナリア・アルカディア。

 アステール・アルカディア。


 それが黒銀の二人の王の名だ。名を呼ばれた二人は固まって互いに顔を見合わせ、大人しく席に座り直す。そして彼女――ルミナリアは苦笑いを浮かべつつも、食事の残りにがっつく。


 お前のせいで叱られただろ、というこちらの目線を気に掛けることもなく、口いっぱいに頬張った食べ物を水で流し込んでいる。それを見てアステールはまた溜息を吐くのだ。


 それと同時に、口角が僅かばかり上がるのを彼は自覚する。仕方ないやつだ、と肩を竦めてまた食事を再開した。


 その後「早く早く」と急かされながら昼食を終えたのはまた別の話。








 最下層にある牢獄を二人は側仕えを連れて歩く。左右にいくつも並んだ鉄格子からは「ひっ」と息を飲む音や、恐れも身の程も知らぬ怒声がひっきりなしに聞こえてくる。が、そんなものには目もくれず、視線を正面に固定して更に奥深くへと歩いていく。


 ようやく目的地に辿り着いたルミナリアは足を止め、薄く微笑みを浮かべて手を伸ばす。鉄格子と灰色の壁という無骨な空間にはまるで似つかわしくない、柔らかな黄白色で拵えられた木製の扉のノブへ。


「あ、ここまででいいよ」


 そう言って彼女は振り返る。目線の先にあるのは専属の側仕え。笑顔を浮かべるルミナリアに返すように、彼女もにこりと微笑んで頭を下げる。


「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」


「うん、行ってきます! ほら、あなたもちゃんと挨拶して」


 肘で突かれたアステールは至極面倒くさそうに、自分の側仕えにただ一言だけ。


「……留守は任せた」


「お怪我など無きよう、ご無事をお祈りしております」


「相変わらず堅いなぁ」


 見慣れた二人のやり取りに、女性陣は顔を見合わせてまた笑顔を一つ。そんな二人を視界の端に置いて、アステールは扉のノブを捻った。


 開いた扉のその先は小さな部屋。上下左右を全て黒で塗り潰し、散りばめた小さな点が白く光を放っている。まるで満天の夜空をそのまま閉じ込めたような幻想的な空間が広がっていた。


「私が先に入りたかったのに」


「知るか」


 扉が閉まる音と共に聞こえる高い声。その文句に幻想的な雰囲気も台無しだ。次こそは先を越されまいと、ルミナリアはアステールの一歩前に出た。


 宵闇の中ですら尚も輝くような白い手を一振りすると、疎らに散っていた星々が吸い込まれるように足元に集まる。それを見て満足そうに、


「さ、行こっか!」


 と彼を振り返るや否や、少女は躊躇うことなく光の中に足を踏み入れた。


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