3万回の素振り
それからは刑務終了までの3時間必死に剣を振り続けた。
親指から血は流れ続ける。痛みと怒りに耐えながらひたすらに振り続けた。
やがて日は沈み、刑務終了の20分前に監視の貴族がぺちゃくちゃと笑いながら戻ってきた。
「よーし、今日の演習は終了だ。くそども、剣を置け」
貴族はエルの前でほくそ笑み、手に持った鋏を閉じたり開いたりした。
「どうだ? ちゃんとさぼらず演習してたかな」
もう一人の貴族が藁人形に取り付けられたカウンターを取り外し、鋏を持った貴族に渡した。
カウンターを受け取った貴族が数字を読み上げる。
「どれどれ、えー、2万7312回。何だこの回数は、さっきリセットしたはずだが……」
指を落とす気満々だった貴族は呆気に取られていた。カウンター自体は奴隷も確認できるのでノルマの2万回を超えて振るようなやつはいない。そもそも朝から振り続けても2万回振るのは至難である。
にも関わらずエルはたった3時間で2万回をゆうに越した数を振った。
「ふざけんじゃねえ」
貴族は手に持ったカウンターを投げ飛ばし、エルの顔を思い切り蹴り飛ばした。口の中に血の味が滲む。
「そんなに剣が振りたかったのか、喜べ、明日からお前だけ3万回だ。勿論ノルマが達成できなかったら17班全員の指を切り落とす。わかったな」
貴族の二人はそれだけ言い残し、演習場を後にした。
貴族の姿が見えなくなると泣きながらジンが倒れたエルのもとに駆け寄ってきた。
「エル、なんでそんな振ったんだよー」
「必死だったんだ、俺だってそんなに振ってるなんて気づかなかったよ」
エルが笑うと、ジンは、ばかー、とまた泣き出した。
「それに少しはまじめに振れって言ったのジンだろ。真面目に振った、それだけだよ」
「もうー、そういうことじゃないのにー」
ジンは口いっぱいに空気を膨らませて怒っていたが、それにかまってあげるほど気力は残っていなかった。ピー、と笛が鳴る。演習の終わりが告げられたことで僕たちは班ごとに整列し、独房に向かって歩いた。口の中は血の味で満ちていた。
独房へと向かうジン以外の17班の顔は暗かった。さっきのエルが3万回振れなかったら全員の指を切り落とす、ということに怯えているのだろう。
エルは後ろを歩く17班の仲間の方へ振り返って、
「心配すんな3万回なんてよゆーだよ。いっつも手を抜いてただけさ、だから大丈夫、心配ご無用」
本当は他の剣メンバー同様に2万回振るのでさえつらかった、しかし、あんなに不安そうな顔を見れば17班のリーダーの僕が弱音を吐くわけにもいかないじゃないか。
明日からの演習を思うと不安で押しつぶされそうだった。