奴隷の刑務
【兵役】での主な業務は、石の直剣で人に見立てられた藁人形を午前に千回、午後に千回打ち込むというもの。手先が器用だと認められた奴隷は弓職を与えられ、同じく藁人形に午前に千回、午後に千回、弓を射ち込む。
〈セイッ、ヤー、セイッ、ヤー、セイッ〉
この楕円型の第2演習場では今日も奴隷たちの声が響く。
奴隷の中にも上下の関係が存在し、弓職はその中でも上の位に位置する。要は周りよりも楽な仕事をできる優越感がこの関係を生んでいるのだろう。
石の直剣を振り回すよりも弓を射っていたほうが何倍も楽だ。
僕とジンが剣を振っている横で弓を射っている、ゴンという少年を見てもらえば一目瞭然なのだが、あの見下した目、ぼろ布からはみ出した腹、垂れ下がった眉、どうしてあれだけ少ない食事でそこまで太ることができるのか。不思議なことに弓職を与えられた奴らは皆、ゴンみたいに卑屈な奴ばかりなのだ。
そのおかげで弓職と剣職の仲は悪い。
ゴンが嫌らしい目で僕たちを睨み付けながら、射った矢の回収に小走りで向かってくる。
「今日もそんな重いもの持って大変だな。僕は矢の回収で大変だよ、まったく」
ゴンはそれだけ言うと矢を集めて帰っていった。
すると、隣で剣を振っていたジンが
「いやなやつ」
「でもしょうがないさ、俺たちとは違って彼には弓の才能があるからね」
「でも、いやなやつでしょ?」
「まあね、奴隷同士で争ったって何にもならないのに」
ジンは黙々と剣を振り続けている。この【兵役】での奴隷たちは、見張りの看守が目を離したすきに体を休め、疲れないように剣を振ったりするのだが、ジンはいつでも真剣に剣を振っていた。
「ジン、もっと手を抜いて振れよ。持たなくなるぞ」
「いいや、エルこそもっと真面目に振りなよ。そんなんじゃ戦争が起きたときにすぐに死んじゃうよ」
「いやいや、戦争に呼ばれた時点で終わりだよ」
兵役で戦争に呼ばれる年齢は大体18才、僕たちはまだ10才だから最低でも8年は余裕がある。それまでに何とかしなくては……
「……エル、ねえ……、エル」
ジンが僕を呼んでいたことに気が付かずに、じっと考え込んでしまっていた。いつの間にか監視の貴族二人に囲まれていた。
「奴隷の分際でなにさぼってるんだ。はあ、お仕置きが必要なようだな。毎日毎日こんな奴らばっかだと疲れちゃうなあ。えーと、昨日の奴は足を縄で括って下水に放り込んでやったから今日は……、あっ、そういえばあいつ引き上げるの忘れてないか? お前に引き上げとけって命令したはずだが」
「ああ、確かに言われたな。でも、あいつ臭くてよぉ。引き上げるの忘れちまったわ。ワハハハハ」
「そりゃあ、仕方ないな。だって臭いんだもんな。ワハハハハ」
昨日11班のトニックが牢屋に戻らなかった。まさか殺されていたなんて、、、
怒りを押し込めるため、思い切り手を握り込む。あまりに強く握り込んだので、手の平から血が滴り落ちる。
「おっ、坊や手から血が出ちゃっているじゃないか、かわいそうに。あー、そうだ! お前の罰は爪剥がしの刑にしよう」
貴族はそう言うと、僕の両方の親指の爪をペンチで剥がした。
物凄い痛みと怒りが体の中で交錯する。
「もちろん、刑務はしっかりやれよ。もし今日のノルマが達成できなかったら手の指全部チョッキンしてやるからな」
貴族は僕の藁人形に取り付けられたカウントセンサをリセットして他の刑務の巡回に戻っていった。
貴族が戻ったのを確認するとジンは泣きながら僕に抱き着いてきた。
「え、エル。大丈夫。死んじゃいやだよ」
「大げさだなジンは、爪が剥がれたぐらいじゃ死なないよ」
「でも、今日の分の刑務が終わらなかったら今度は指が……」
「確かに指を全部切られたら、痛くて死んじゃうかも」
僕はジンを安心させようと笑って見せたが、ジンは泣き止むどころかさらにわんわん泣いた。
「だ、大丈夫さ、あと二千回こいつを振ればいいだけだ」
「でも時間が……」
すでに日は落ちかけていて刑務終了まであと3時間もなかった。