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#13【完全迷子】私、どうしたら良いんでしょうか? (1)

【前回までのあらすじ】

ハイプロのリアルライブに参加した灰姫レラ。

トラブルを乗り越え、どうにか成功で幕を閉じた。

それから数日後、ライブの振り返り雑談をすることに。


おまたせしました、第三部の開幕です!


1話目はここから!

 https://ncode.syosetu.com/n8859fb/1/

■□■□香辻桐子Part■□■□


(こんなにいっぱい?!)


 桐子は丸まったウェットティッシュを擦り付けるようにして、手のひらを拭いていた。

 とまらない手汗、語呂は良いけれど掴まれる側のマウスは堪ったものではないだろう。

 確認用に開いている配信ページの下部には、小さく『1027人が待機しています』と表示され、その数字は増え続けている。

 最近の灰姫レラの配信の視聴者数は、100人にギリギリ届かないぐらいだ。

 数が全てでは無いけれど、いきなり10倍以上になったら変な汗が吹き出すのは当然だ。配信前に二度もトイレに行ったって仕方がない。

 急増の理由はこれでもかと分かっている。『【リアイベ】すっごいステージにたっちゃいました!』という配信タイトルの通り、ハイランダープロダクション秋の大収穫祭ライブの感想が今日の目玉なのだ。


 これこそがVチューバーのライブの醍醐味だろう。ライブの告知から始まり、歌配信や視聴者と一緒にコールの練習をしたりの準備期間、そしてライブ当日は現地や配信で大盛り上がり、さらにおまけの後日談としてライブの感想や裏話まで出演者が自分の配信で話してくれる。まさに前菜からデザートまで続くフルコースだ。

 桐子自身もこれまで、どれだけの配信をみてきたことか。大きめの箱のライブとなれば、感想配信だけでも最低20時間はたっぷり楽しめる。

 コメント欄には『初見です』や『はじめまして』の言葉がたくさん流れてくる。いま待機してくれている人たちの多くは、ライブの感想を聞きに来たハイプロのファンの人たちで灰姫レラの配信は初めてだろう、いわゆる初見さんだ。いつものノリで話して、その人達に変に思われないか少し怖かった。


 深呼吸をしているうちに、配信開始までのカウントダウンは終わってしまっていた。

 せっかく集まってくれた人たちを待たせるわけにはいかない。最後にもう一度だけ手汗を拭いて深呼吸をしてから、桐子は配信開始のボタンを押す。


「こ、こ、こんにちはっ! いだっ!」


 どもって、うわずって、舌を噛んでの3連コンボを華麗に決めてしまう。


〈こんにちは〉〈草〉〈始まった〉〈よろしくです〉〈落ち着いてw〉〈ライブよかった!〉〈こんにちはー〉〈初見です〉〈こんばんわー〉〈はじまった!〉〈こんにちは〉〈こんにちは〉〈よろしくおねがいします〉〈最強!最強!最強!〉〈はじめまして〉


 回転寿司みたいに次々と押し寄せるコメント、視聴者は一足飛びに2000人を越え、さらに跳ね上がっていく。今まで自分のチャンネルで体験したことがない大盛況さだ。コメントを追っているだけで、桐子は目が回ってしまいそうになっていた。


〈とまった〉〈ミュート?〉〈TMT〉〈動いてない?〉〈とまった?〉〈BGMは流れてるけど〉〈お口パクパクかわいい〉


「あ、大丈夫です! 配信止まってないです! 止まってるのは私です!」


 いきなり視聴者さんに心配をかけてしまい桐子は慌てる。落ち着くためにコップに手を伸ばしたけれど、キーボードに水をぶち撒ける気がしてすぐに手を引っ込めた。その謎の動きは灰姫レラのモーションとなって、3000人に見られてしまっている。


〈どうした?〉〈じゃんけん?〉〈機材トラブル?〉


「なんでもないです! えっと、それよりも、あの、今日はこんなに沢山の方に、お、おまつあり、お集まり頂きありがとうございます」


 見慣れているはずの〈噛んだ〉コメントも、今日は量と勢いが10倍以上だ。まつげの動きを見られ、鼻息まで聞かれてしまっているような感覚に陥ってしまう。

 久しぶりに『逃げたい』が胃の辺りからせり上がってきた。けれど、今の桐子にはその衝動を抑え込む事が出来る。


「先日なのですが、ハイプロさんの秋の大収穫祭ライブに出演させて頂きまして……。きょ、今日はその振り返り雑談なんかを、し、したいと思っています!」


 視聴者数はすでに3000人を越えているけれど、変に格好つけたりする必要はない。灰姫レラとして、ライブを通して感じた事を皆に伝えるのが、きっと一番大切な事だ。


「出演者の皆さんの配信でもうすでに聞いた話もあるかもしれませんが……あっ! 私の振り返り配信が遅れた理由を話してなかったです!」


 あのライブからもう3日も経ってしまっていた。クシナさんはライブ後の夜に最速で配信をしていたし、他の出演者さんも全員が振り返り系の雑談配信を済ませている。

 灰姫レラはぶっちぎりで遅れただけでない。ライブ後の初めての配信が今日だった。


「もったいつけたとかではないのですが、実は検査入院をしていまして……」


 ライブの直後から翌日を病院で過ごしたのだ。妹の紅葉に口裏を合わせてもらい、友達の家にお泊りしていると両親に説明してある。両親は桐子がVチューバーをしていることを知らないので、苦肉の策だった。


〈!!!!〉〈大丈夫?〉〈休んでもろて〉〈マジ?〉〈休んで〉〈ライブの怪我かな〉〈無理しないで〉〈体には気をつけて!〉〈同情して欲しいだけでしょ〉〈健康第一〉〈休んで下さい〉


 心配の声はコメント欄から溢れてモニタから流れ出してきそうなほどだ。


「もうちゃんと大丈夫ですから! 検査の結果も100%健康でした!」


 すぐさま弁明する桐子。話すと決めていたことだけれど、終わったことを掘り返して、申し訳ない気持ちになる。それでもライブであんなトラブルを起こした以上、出来るかぎりは説明する責任があると桐子は思っていた。


「何があったのか、知らない人のために少し経緯を話しますね」


 ライブでのトラブルに触れることは河本くんにも相談した。彼は笑って、「話したほうが良いよ、一番灰姫レラらしいシーンだもの」と背中を後押ししてくれた。


「姫神クシナさんと一緒に歌っている最中に、ステージから飛び降りてしまいまして」


〈草〉〈草〉〈マジで?〉〈草〉〈ダイブ?!〉〈知ってる〉〈あそこ笑った〉〈越えていくステージw〉〈二度とライブ出るな〉〈やっぱり怪我したんだ〉〈どういうこと???〉〈草〉〈ステージダイブって〉〈4DXじゃん〉〈ダイブ〉〈切り抜きで見ました〉


 待ってましたとばかりにコメント欄は大盛り上がりだ。アーカイブでは歌の一番が終わったところでカットされているけれど、リアルタイムで視聴した人は大勢いた。

 さらにその部分の切り抜き動画も出回ってしまっている。幸いにも桐子の姿は配信の会場カメラに映っていなかったけれど、歌の途中で血相を変えてステージから消えていく灰姫レラの姿はばっちり映っている。


「そこで転んで気を失ってしまいました。私はすごく元気だったんですけど、念の為ということでの検査入院でした」


〈なるほど〉〈休んでもろて〉〈検査大事〉〈頭はいきなり来るから〉〈無理しないでね〉〈なにもなくてよかったです〉〈このメッセージは削除されました〉〈失神は怖い〉〈検査できて偉い〉〈このメッセージは削除されました〉


 視聴者数が3500人を越えている。その中で配信を自宅で見ている河本くんが、スパムや悪戯コメントを消してくれていた。


「私の軽率な行動で、ライブを見ていた方々にご迷惑とご心配をおかけしました」


 桐子と一緒に画面の中の灰姫レラが頭を下げる。ライブの場で直接謝ることが出来なかった申し訳なさに身体が重く感じた。


「私の衝動的な行動のせいで、ライブが台無しになっていたかも……いえ、あの瞬間、私はライブを台無しにしました」


 正しく言葉にして伝えなければいけないと思い、桐子は言い直す。


「ハイプロの皆さん、出演メンバーだけじゃなくて、ハイプロという箱を作り上げてきた皆さん、ライブを形にするために頑張ってきたスタッフさんたち、そしてライブを楽しみにしていたお客さんたち。私の行動で、大切にしなければならない大勢の努力や想いを壊してしまいました」


 Twitterで色々と言われていることも知っているし、直接『お気持ち』メッセージも灰姫レラ宛に届いている。

 それでも自分で選んだことだ。掘り返して批判や糾弾されても、伝えなければならない事があった。


「私が台無しにしてしまったライブを、皆が協力して立て直してくれました。スタッフさんが機材やタイムスケジュールの再調整をしてくれたり、急遽ナイトテールちゃんが場を繋いでくれたり、クシナさんたちがトラブル全部を吹き飛ばしちゃうような最高のエンディングを見せてくれたり……、私も皆のお陰で新曲を披露するチャンスが頂けました」


 配信では言えないけれど、ハイプロのケンジ社長が会場の使用延長や外部スタッフの残業で相当尽力してくれたことも知っている。


「本当にありがとうございました」


 もう一度桐子と灰姫レラは頭を下げる。少しでも感謝の気持ちが伝わったらと力強すぎて、イヤホンがすっぽ抜けてしまった。


〈偉い!〉〈新曲よかった〉〈頑張った!〉〈気持ち伝わったよ!〉〈誰かのライブじゃなくて、皆のライブだもんね〉〈時間延びてむしろお得感あった〉〈このメッセージは削除されました〉〈失敗は仕方がないから次に活かしてこ〉〈偉い!〉


 励ましで埋まるコメント欄が滲んでぼやけていく。


「うくっ……あ、ありがとう、ございます」


 本当は怖かった。厳しい言葉を覚悟していた。『うざい』『邪魔だから』『黙ってて』『でしゃらばらないで』『どっかいって』『やめちゃえば』。心の染みになってまだ残っている、桐子自身の過去の傷跡をまた抉られる想像に怯えていた。


「みんなやさしいよぉ」


 目元を拭う手の間から鼻を啜る音がマイクにのってしまう。


「ハイプロのみんなも、私のこと誰も責めなく、す、すごく、ほんとに優しくて……」


 泣いたら駄目だと思っても、堪らえようとすればするほど、涙と鼻水で袖がびしょびしょになっていく。


「ライブが終わって、すぐに、びょ、病院にいくことになって。みんな心配してくれて、ぐすっ、忙しいのにメッセージくれてぇ……やざじいんですぅ」


 ずびずびの鼻とがらがらの声で、自分でも何を言ってるのか分からないほど音質が悪い。


〈泣かないで〉〈さすハイプロ〉〈泣かないで〉〈みんないい子〉〈ゲストお疲れ様〉〈最高のライブみせてもろた〉〈泣かないで〉〈最強!最強!最強!〉〈ハイプロ最高! もちろんレラちゃんも!〉〈伝わってきた〉〈泣かないで〉〈頑張ったね!〉


 コメント欄も心配の言葉やライブの感想やらが入り乱れている。感情がごちゃごちゃになって頭がパンクしている桐子では、収拾がつけられなくなってしまっていた。

 涙も止まらないし、コメント欄も止まらないしで、桐子が困っていると、青いユーザー名がバイクのようなスピードで通り過ぎていった。


〈いた!〉〈タマさんだ!〉〈タマ姐!〉〈いた!〉〈タマさんもよう見とる〉


「えっ?! タマヨさんがいる??」


 リスナーさんたちのざわつきに、桐子は急いでコメント欄を遡る。


 白山タマヨ〈今度、肉〉


 スパナ付きのコメントをくれたのはライブにも一緒に出演したハイプロの白山タマヨさんだった。


「はい! お肉いきます! あっ! そうなんです!」


 タマヨさんのコメントで用意していた話題を思い出し、桐子は手を叩く。


「ライブの打ち上げにお誘い頂いていまして、すっごく楽しみなんです!」


 桐子が検査入院になったことで、出演予定のハイプロ公式での最速感想配信も延期になってしまった。その振り替え配信をする日に、焼き肉で打ち上げをすることになっていた。


〈肉食べたい〉〈打ち上げ楽しんできてね〉〈仲良き!〉〈焼き肉いいよね〉〈焼き肉!〉〈カルビ好き〉〈お腹へってきた〉〈いいなー〉〈叙々苑かな〉〈打ち上げの感想も待ってます!〉


 タマヨさんのお陰で涙はすっかり引っ込み、代わりに打ち上げが楽しみでしかたなくなる。


〈陰キャ卒業かな〉〈友達できてよかったね〉〈レラちゃんが楽しそうで自分の事みたいに嬉しい!〉〈焼き肉楽しんできてね〉〈コミュ障大丈夫?〉


「えっと、大勢の人がいる所は基本的に苦手なんですけど、タマヨさんやクシナさんたちと会えるなら別です! まだ緊張はしますけど、それより楽しみで胸がいっぱいです!」


 ライブを経験したことで桐子は、世界の見え方が少し変わった気がしていた。今まで外の世界は『友達』と『友達以外』だったけれど、そうじゃない関係もあるんだと視野が広がった。


〈ハイプロ入っちゃう?〉〈ハイランダープロダクション所属の灰姫レラか〉〈ハイプロの外部加入って麒麟ちゃん以来?〉


 コメント欄の期待があらぬ方向に暴走していた。


「そんな! 入りませんから! あっ、もちろんハイプロさんは素敵な事務所だと思います。ライブでもとてもお世話になりましたけど、私は個人のまま活動していこうと思っています」


〈うん〉〈了解です〉〈応援してます〉〈見たかったけどね〉〈そっかー〉〈レラちゃんは個人の方があってそう〉〈個人もいいよね〉〈このメッセージは削除されました〉〈頑張ってね!〉


 Vチューバーとしてアイドルになるなら、ハイプロの所属を目指すのが一番だろう。だけど、自分はそうじゃない。


「あ、でもこれから全然関わらないってことはないです! むしろ、色々とご協力してもらうことになりました。ライブでも発表がありましたが、私のオリジナル楽曲がハイプロさんのレーベル『ハイランダーミュージック』からリリースが決定しました!」


 ライブの事を話さなければと頭の中が一杯で、重大告知があることをすっかり忘れていた。


「ああああ! 告知画像っ!」


 そんな体たらくなので、もちろん準備なんてあるわけがない。

 口頭で説明して、ハイプロさんのホームページのURLを貼るしかないかと思っていると。

 POPEN!と小気味良い音がPCから鳴った。


〈なに?〉〈音が〉〈ディスコだ〉〈通知切り忘れてる〉〈気をつけて〉〈大丈夫?〉


「す、すみません!」


 謝りつつも、デスクトップ画面に表示されたポップアップが目に入る。

 【告知画像を用意してあるから使って】と河本くんからのメッセージだ。フォントがバシッと決まったPNG画像が添付されていた。


(流石、河本くん! ありがとうございます!)


 心のなかでお礼を言って、早速OBS上に告知画像を表示する。


「友達が準備してくれてました!」


 『クソザコシンデレラ 予約開始!』と上部に書かれ、配信サイトや特典情報が見やすくまとめられていた。


〈おおー!〉〈すぐじゃん!〉〈待ってました!〉〈買います!〉〈いいね〉〈もう予約したよ~〉〈告知助かる〉〈新曲の方はまだかな?〉〈買います〉〈実店舗あるじゃん!〉


 桐子が想像していた100倍以上の反応だ。1DLもされなかったらケンジ社長にまた迷惑をかけてしまうと本気で心配していたので、コメントの反応が心強かった。


「あっ! それとBOOTHでも特典付きの販売があります! なんと野田はるさめ先生による描き下ろしアクキーとのセット販売です!」


〈野田先生?!〉〈すごい!〉〈野田先生、Vめっちゃハマってるよね〉〈ライブでイジられてたよね〉〈神絵師じゃん!!〉〈仮面の国すき〉〈まじか!〉


 先日のライブで色々とあった野田先生が、なにかしたいと仰ってくれて実現したコラボだった。制作はこれからだけれど、素晴らしいイラストになるのは間違いなしだ。


「それと……少し恥ずかしいのですが、アクキーとさらにセットで、わ、私の自筆メッセージカード付きも販売することになりました……」


 宣伝しなければいけないのだけれど、自信の無さから声が萎んでいってしまった。


〈欲しい!〉〈戦争だ〉〈公式アイテムやっと出た!〉〈このメッセージは削除されました〉〈全部セット買います!〉〈ありがたい!〉〈これからってことは届くまで、時間かかるのかな?〉


「曲は発売日にDL出来ますが、アクキーとメッセージカードは後ほど送ることになるので、少しだけお待ち下さい」


 アクキーもメッセージカードもライブ後に雛木さんに提案してもらったことなので、制作など諸々はこれからだ。


「それで……曲やグッズの売上についてほんの少しお話をさせてもらおうかと思います」


 灰姫レラを応援してくれたり、好きだと言ってくれる人にお金を使って頂くのだ。できるだけ理解してもらえるように、説明した方がよいと桐子は思っていた。


「マシュマロで聞かれることも多かったのですが、実はチャンネルの収益化の条件はクリアしてます。これまで配信や動画を見てくれたリスナーさんたちのお陰です」


〈そうだったんだ!〉〈いよいよスパチャ解禁か〉〈これまでのお礼させて〉〈記念配信待ってます!〉


 期待する声がコメントにあるけれど、桐子の考えはこれまでと変わらない。


「要望も多いのですが、余程のことがない限りはメンバーシップやスーパーチャットはこれまで通り行わない方針でいきます。すみません」


〈えっ?!〉〈これは高評価〉〈なんで?〉〈意外〉〈気にしなくてもいいのに〉〈楽しんでるんだから払わせて欲しいな〉


 コメント欄もかなり困惑している。当然だ、収益化は金銭を得る方法であるだけでなくVチューバーとして1つの目標や区切り、あるいはステータスだったりする。


「まだ学生なのでお金の管理が難しくて、もし問題が起きた時に解決できるかと言われたら、たぶん私には無理です。正直に言ってしまうと怖いです」


 お金で自由が広がることはもちろん知っている。でも自分の意志とは関係なく、お金に縛られたり、お金に誘導されてしまうことだってある。


「私はアオハルココロちゃんに憧れてVチューバーになりました。アオハルココロちゃんのことが大好きで、その後をよちよちと追いかけてるだけなんです。だから、それでお金を貰うのもちょっと違うかなって思っていて、これまで収益化はしてきませんでした」


〈なるほど〉〈本当に学生っぽいね〉〈払いたい人が払うだけだからいいんじゃない〉〈粋だね〉〈お金のごたごたあるからね〉〈分かる〉〈アオハルココロちゃんも収益化いれてるしよくない?〉


 リスナーさんたちの意見も真っ二つに割れているように見えた。


「今回、オリジナル曲やグッズを販売することで、もちろんハイプロさんや制作に携わってくれた方たちにお金が入ります」


 無償だった作曲者のスミスさんにも当然、インセンティブが入る。今まで桐子からは頑として報酬やお礼を受け取ろうとしなかったスミスさんだけど、こういう形ならと受け取りの契約をしてくれた。


「具体的な金額やパーセンテージは言えないのですが、私も報酬を受け取ります」


 最初は迷ったのだけれど、ケンジ社長の「社会と関わるなら、仕事の対価を蔑ろにするな」という言葉で決心した。


「このお金は主に機材購入などの活動資金に使わせて頂こうと思います」


 河本くんへ配信サポートや動画の編集の代金としても支払いたいのだけど、首を立てに振ってくれないどころか、現状は上手くはぐらかされてしまっている。


「直接金銭での応援を申し出て頂けてるのは、とても嬉しいです。有り難いことだとも思ってます。いろいろな意見や想いがあると思いますが、私の考えも理解してもらえると嬉しいです」


 主流から外れた考えを認めてもらえるのか。ドキドキ心配しながら、桐子はコメント欄の流れを追う。


〈はい!〉〈了解です〉〈うん〉〈グッズ買って応援します!〉〈レラちゃんの思う通りで〉〈口座教えて下さい〉〈偉い!〉〈気が変わったら収益化してね〉〈オリソン買って応援!〉〈アクキー買い占めで〉〈2万いった!〉〈おめでとおおおおお!!〉〈2万きたーーーー!〉〈いいタイミング!〉〈すごい!〉〈2万おめ!〉〈いっきにいったな〉〈2万人おめでとうございます〉


 流れてくるコメントが唐突に一変する。


「2万って……えっ?!」


 まさかと思ってユーザーページを更新する。

 始まる前まで9500ほどだった登録者数が、20000を越えていた。


「バグなんじゃ?」


 よくある登録者数バグかと思って更新すると、今度は21032へとさらに増えていた。


「にまんせん?! えっ、ちょっとまって下さい! 1万人はどこに??」


 年内に1万人にいけたら良いなと思っていたぐらいなのに、いきなりの2万人だ。たった1日で、これまでの活動で得た登録者数と同じ以上の人が登録してくれたことになる。


〈おめでとおおおお!〉〈2万すごい!〉〈トレンドはいってるみたい!〉〈チャンネル登録しました〉〈このメッセージは削除されました〉〈このメッセージは削除されました〉〈RTしました〉〈初見です〉〈おめでとうございます!〉


 視聴者は5000人を越えていて、コメント欄はもうシッチャカメッチャカだ。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 もうどうしたら良いのか分からなくて、また『ありがとうございますBOT』になってしまっていた。


〈レラちゃんすごい!〉〈先月ぐらいから伸びがすごいよね!〉〈おめでとおおおおおおお〉〈このメッセージは削除されました〉〈アオハルココロちゃんとのライブきっかけで見るようになりました〉〈これからも応援してます!〉〈トレンドから来ました〉〈結構初期から応援してて、いま泣いてます〉〈よかった!〉〈2万人おめでとうございます!〉


 こんなにも大勢が褒めてくれている。

 あまりにも唐突で、あまりにも想定外で、感情がついていかない。配信初心者みたいに黙り込んでコメントを齧りつくように読んでしまっていた。


〈次の目標は?〉〈活躍を楽しみにしてます!〉〈ライブの予定あったり?〉〈またネット番組?〉〈地上波に登場したりあるかも〉〈年末の出演予定とか決まってる?〉


「あ、えっと……」


 大勢の期待の言葉が押し寄せてくるけれど、桐子の頭の中は真っ白だった。


「私は……まだその……」


〈案件くるかもね!〉〈ホラゲみたいな〉〈大型コラボに参加して欲しい!〉〈また人狼系みたいです〉〈カバーソングの歌ってみた出さないの?〉〈このメッセージは削除されました〉〈ペックスやって!〉〈クシナちゃんとコラボしてください!〉〈視聴者参加型おねがいします〉


「す、すみません、先のことはまだ何も決まっていないんです」


 こんな大勢に見られると思っていなかったし、期待されているなんて知らなかった。今までと同じように雑談やゲームを続けていくのだろうと、漠然としか考えていなかった。


〈頑張って!〉〈レラちゃんの今後に期待してます!〉〈なにをやってくれるか楽しみです!〉〈レラちゃんならきっと、また凄いことしてくれるよね〉〈応援してます!〉


「あ、ありがとうございます! 頑張ります! はい、頑張ります!」


 沢山の熱量を貰ったのに、自分は曖昧な返事しかできなくて申し訳なくなってしまう。


「もう、私のことはとりあえず置いといて、もっと楽しい話をします! タイトルに入れたのに全然できてないライブの振り返りです!」


 皆が聞きたくて待っていたのは、きっとこの話題だろう。


「ハイプロの皆さんの話です! 皆さん本当にいい人で、面白くて! 私がゲストとして体験した素敵な事を皆にも伝えたかったんです!」


〈期待!〉〈聞きたい!〉〈待ってました!〉〈そういえば振り返り雑談だった〉〈クシナちゃんの話きかせて!〉〈誰と仲良くなれた?〉〈お泊りとかした?〉〈タマ姐さんみてるー〉〈ゲストの話きかせて!〉


 どうにか話題チェンジに成功したようだ。


「まずは私が参加させてもらった一回目の合同練習から――」


 桐子は当時書いたスマホのメモを見ながら話し出す。

 灰姫レラとしてだけでなく、1人のVチューバー好きとして皆に伝えたいことが沢山ある。


 『今』はそれを話すのが、灰姫レラの役目だ。

 『先』のことを、考えている余裕はないのだ。


 『目標』なんてまだ……。

ライブが終わったのもつかの間、

桐子に新たな悩みが――。


次回を待つ間にこちらも!

第一部をまとめた


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