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#第二部エピローグ ~ライブ感想会~

 ヒロトは観客席から、撤収作業が続いているステージを眺めていた。

 ハイプロの社員がスタジオから持ち込んだ機材を運び出す一方で、会場スタッフが演出用のホリゾントライトを元の位置に戻している。開け放たれたままの入口ドアからは、外部スタッフの声も聞こえてくる。外では物販コーナーやフラスタの片付けも続いているようだ。

 会場から物や人が少なくなるたびに、少しずつ空気が入れ替わっていく。熱に浮かされている祭りの時間とはまた別の心地よさがあった。


 手伝えることのないヒロトにとっては感傷に浸っていられる時間だけれど、実際に撤収作業をしているスタッフたちは必死だ。終演時間を大幅にオーバーしているのだ。会場運営会社の担当者が警備員と一緒に、早く片付けろとにらみをきかせている。。

 大幅オーバーの理由は単純だ。灰姫レラの新曲の後もステージはさらに続いたからだった。どうせ違約金を払うなら同じだと、予定していた他の曲や発表も全てやってしまったからだ。指示したのはケンジで、もちろん出演者もスタッフも観客も全員が喜んで受け入れ、ライブを完遂させたのだった。

 今、ケンジはその後処理で会場の運営会社など方ぼうに連絡を入れているところだ。後悔をするどころか、どうやって相手を丸め込もうかと楽しそうに電話をしていた。

 出演者はすでに会場を後にしている。身バレや安全対策のため、ライブ終了後すぐに裏口から出ていった。

 香辻さんと夜川さんは別の車で病院に向かっている。頭部の精密検査をするためだ。もちろん診療時間外だが、ケンジがコネを使って用意してくれた。香辻さん自身はめちゃくちゃ遠慮していたけれど、念の為だとヒロトも説得して、渋々行くことになった。夜川さんが付き添ってくれたので安心だ。


「ふーー……」


 長い溜息に振り向くと、ケンジが凝った肩をほぐすように首を回していた。とりあえず関係各所への電話は終わったようだ。


「ご苦労さま」


 労うヒロトに、誰のせいだと言わんばかりにケンジは嫌そうな顔をしていた。


「全員が満足できる形のハッピーエンドで不満?」

「俺は博打が嫌いだ」

「せめて統計と情報の勝利と言って欲しいな」


 大げさに肩をすくめるヒロトに、ケンジは納得できないと眉をひそめる。


「お前に負けたとは思っていないが、結果的に灰姫レラには救われた。そこだけは感謝しておこう」

「うん、灰姫レラも喜ぶよ」

「一応アナウンスはしたが、彼女の写真の流出は」

「今の所は大丈夫。ネットで検索した限りでは、Twitterにもゴシップサイトにもそれらしいものはなかった。さすがハイプロのファンだね」


 ヒロトは戦略を立てるために、バズった情報や特定のワードを常にスタジオのサーバーで監視して情報収集している。当然、灰姫レラも対象だが『身バレ』に関わるワードはヒットしていない。


「うちのファンは訓練されているからな」


 ケンジは誇らしげに言った。誇張でもなんでもなく、ハイプロのファンは業界でも民度が高く治安が良いことで有名だ。その反面、人気をやっかんだりして、わざと炎上させようとするアンチも多い。


「それで後始末は上手くいった?」

「ああ、多少の損失だがトータルで見れば問題はない、が……」

「世界トレンド1位だけじゃ不満?」


 ライブのトラブルからの一連の流れは、すでにTwitterやニュースサイトにまとめられ大きな話題となっていた。ライブを続けた是非などを問う声はあっても、概ねは好意的に受け取られているようだ。


「こいつが問題だ」


 そう言ってケンジはポケットから何かを取り出した。


「USBメモリ? 僕のじゃないけど?」


 ヒロトに心当たりはなかった。バックアップとして暗号化したUSBメモリを持ち歩いているけれど、メーカーからして違った。


「メインのPCに刺さっていた。会社のモノでも、スタッフのモノでもない」

「中身は?」

「空だ。正確には、データの完全なフォーマットが行われた形跡があると、技術担当が言っていた」


 データが入っていないUSBメモリとデータが消されたUSBメモリではまるで意味が違う。


「まさか……仕組まれた?」

「ああ、このUSBが機材トラブルを起こした可能性がある」


 ケンジは可能性と言いつつも、50%以上はあると思っていそうな口調だった。


「ハイプロのアンチが?」

「そうだとしたら、威力業務妨害で訴えてやる。うちの法務部は優秀だぞ」


 むしろかかってこいとばかりにケンジは笑う。


「何があるか分からないからね。ライバーだけじゃなく、スタッフもライバーも気をつけた方がいい」

「さすが腹を刺されたことのある奴の言葉は含蓄がある」


 ケンジにからかい気味に言われてしまうが、事実なのでヒロトも苦笑するしかなかった。


「そんな忠告よりもだ、ヒロト。答えを聞かせてもらおうか」

「答え?」


 ケンジが何を言っているのか、ヒロトは本気で分からなかった。


「お前が言ったんだ、俺と灰姫レラが似ていると」

「あ、そのこと」


 ハイプロの事務所に灰姫レラのライブ出演を頼み込みに言った時にその話をした。


「まさか適当なことを言ったのか? 俺を挑発して出演を飲ませるために」


 ケンジの疑う視線に、ヒロトは両手を振って否定する。


「違うって。ケンジがまだ拘っているとは思わなかったから」

「拘ってなどいない。ただ、灰姫レラのステージを見ていて思い出しただけだ」


 どうやら灰姫レラを一人前のVチューバーとして認め、興味を持ってくれたようだ。


「自分じゃ気づかない?」

「分からないから聞いているんだ」


 さっさとしろと目で圧力をかけてくるケンジに、ヒロトは少し勿体ぶっていた。


「素直なところが、二人ともよく似てるよ」

「馬鹿にしているのか」


 答えに満足できないとケンジが不機嫌そうにつま先で床をトンと叩く。


「他人の良い所や優れた所を全面的に認めて受け入れられる。それで自分に足りない所が分かれば、他の人の力を借りれる」


 言葉にするのは簡単だけれど、実行するのは難しいことだ。


「俺は社長として必要なことをしているまでだ」


 舐めるなと言うようにケンジは鼻を鳴らす。


「二人の素直さは、長所だと思う。嘘偽りのない僕の評価だよ」

「……たしかにな。捻くれたお前と比べれば俺の方が素直だな」


 ケンジの評価にヒロトは大いに頷く。


「僕もそう思うよ」

「そういうところだぞ、ヒロト」


 呆れたと言わんばかりのケンジのツッコミに、ヒロトは思わず笑ってしまう。

 ライブの後でテンションが少しおかしくなっているのかもしれない。それを差し引いても、ケンジとの会話は、香辻さんや夜川さん、スミスと話している時とはまた違う充実感があった。


 プロデューサーと社長。


 立場も所属も年齢も越えて、本気でやりあえる関係。


 きっと、こういうのを『ライバル』と言うのだろう。

もうちょっとだけ続きます。

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