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#01【自己紹介】はじめまして、灰姫レラです! (5)

 その晩。


(お腹空いたな……)


 ヒロトが空腹をきっかけにモニタの右端を確認すると、もうすぐ21時になるところだった。


(ちょうど配信が始まるし一休みしよう)


 プロジェクトの保存を選択したヒロトは、パソコンの前から立ち上がる。ひとつ伸びをしてから壁際まで行って、冷蔵庫を開けた。中には栄養ドリンクとヨーグルト、三連パックの絹ごし豆腐とペットボトルのお茶、それにちょっとした調味料しか入っていない。


(カレーパンは朝食べちゃったんだっけ……、コンビニに弁当を買いに行くと……配信が始まっちゃうし、サバ缶スペシャルでいいか)


 豆腐のパックとポン酢を冷蔵庫から出し、さらに棚に置いてあるサバ缶を一つ取る。プラスティック製の器に豆腐、サバ缶と入れて、そこにポン酢をかける。これだけではちょっと寂しい気がするので、刻み海苔とごま、それに乾燥ネギをパラパラとまぶして、チューブわさびを添えればヒロト特製のサバ缶スペシャルの完成だ。

 サバ缶スペシャルとお箸をもってパソコンの前に戻る。21時を2分ほど過ぎていたが、目的の配信はまだ始まらない。


(事前告知だと21時だったけど、いつもどおり遅れてるのか)


 ヒロトは気にせず食事を始める。

 固まっているサバの身を箸先でほぐして、柔らかな豆腐に乗せると一緒に口へと運ぶ。滑らかな豆腐の舌触りから、ひと噛みするとサバの旨味が口の中にじゅわっと広がる。サバ缶の濃厚な味付けと豆腐のさっぱりと大豆の甘み、この2つをポン酢のスッキリとした酸味が繋げる。胡麻と刻み海苔の風味がいいアクセントになっている。

 二口目はほんの少しのワサビを乗せる。旨味とともにツンとした辛味が目と鼻を抜け、これも美味い。疲れていたヒロトの頭を覚醒させる。

 三口目を運ぼうとしたところで、サブモニタで開いていたVチューブの待機ページに動きがあった。


『ボンジュ~ル、灰姫レラでーすっ! いつも配信を見てくれてありがとう! みんなのおかげでついに99回まで来たよ!』


 画面の中で灰姫レラが嬉しそうに両手を振る。いつもより心なしかテンションが高いような気がする。


『記念すべき100回目の配信は、色々と楽しい企画を考えてるから楽しみにしててねっ!』


 胸に手を当てて自信を見せる灰姫レラだったが、意気込みに反してコメントはそれほど盛り上がっていない。〈がんばってー〉と〈たのしみw〉というコメントが2つばかり流れるだけだ。とはいえ視聴者数が20人なので、コメント率『だけ』なら悪くない。


『というわけで、えっと、今日はファンタジー・ランドのレベル上げをしながら雑談配信するよ!』


 そう言いながら灰姫レラはMMORPGを立ち上げる。ムービーをスキップすると、3Dの手帳が開いてメニュー画面が表示される。彼女の雑談配信の定番お供なので、ヒロトや常連視聴者におなじみの画面だった。

 ログインした後は、中世っぽい町中に立ったキャラクターを操作して、適当なクエストを受注する。ちなみにこの間、灰姫レラは無言だった。


『それじゃあ、今日はデイリーになってる【ゴブリンの巣穴を駆除せよ】っていうクエストを回していくよー。一緒にプレイしてくれる人がいたら、合言葉を使って合流してね!』


 配信画面の下に表示される合言葉はいつもの【7890】だった。名前やキャラクターに掛けた数字にすればいいと思うけれど、ゲーム配信の初回に使った、キーボード上の数字を順番に押しただけの数字を彼女は愛用している。パスワードも似たような数字を使っているんじゃないかとこちらが心配になるほど、灰姫レラはアカウント管理が雑だ。


『えっとー……参加者は今はいないみたいかな? じ、時間が悪いからね』


 21時と言えばネットゲームのゴールデンタイムだろう。今までも視聴者が参加したことはほとんどない。


『ワタシは出発しちゃうけど、途中参加も大歓迎だよ!』


 灰姫レラは挫けず呼びかけると、一人でフィールドに向かう。

 彼女が操る弓使いは、道中に出現する敵を倒しながら街道を進んでいく。


『そろそろ春アニメも終盤になってきたけど、みんなはどの作品が好きだった?』


 鉄板のアニメネタの呼びかけに、コメントにパラパラと作品名が上がる。あまりアニメを見ないヒロトでも知っている話題作が多かった。


『ワタシはねー。偶像のアマテラスとマギサマキアかな。偶アマはロボのアクションがスカッとしてて気持ちいいよね。マギサマキアの方は――』


 これぞ、ザ・雑談という内容の話にプラスして単調なレベル上げだ。画面を見ていなくても良いだろうと、ヒロトはお茶を持ってきて食事を再開する。


『マギサマキアは、アオハルココロちゃんが宣伝大使を務めてるんだから当然の人気だよね! もうすぐ最終回だけど、どうなっちゃうんだろう? やっぱり、パートナーとの絆が――』


 ヒロトはそのアニメを見ていなかった。灰姫レラは上機嫌に語っているけれど補足説明のようなものが無いので、内容はさっぱりだ。ただ、彼女の楽しそうな雰囲気だけはよく伝わってきた。


『って結果になるんじゃないかな? あっ! 結果といえば!』


 何かを思い出した灰姫レラがそうだと手を叩く。


『上半期で活躍したVチューバー10人の結果が出たよね! 私は惜しくも入れなかったけど』

(ランキング9481位じゃ、そもそも選考にすら入ってないだろうな)

『アオハルココロちゃん、人気投票で1位おめでとう! 本当に本当に嬉しい! ワタシ、ココロちゃんがデビューしてからずっとずっと応援してきたから、発表の瞬間に……本気で泣いちゃった』


 感動を思い出して何か込み上がってきたのか、灰姫レラは少し言葉を詰まらせる。


『ふふふ、ワタシね、デビューしてすぐの頃のファンディング限定アクキー持ってるんだよ!』


 ちなみにこの自慢を灰姫レラは配信上ですでに10回以上している。


『大事なアクキーなんだけど、今日は学校に持っていって落としちゃったの』

(へー、アクキーを落とし……ん?)


 豆腐とサバの破片を摘んでいたヒロトの箸が止まる。


『それをクラスメイトが拾ってくれたんだけど、ワタシ、自分から手を挙げられなくて……べ、べつにクラスメイトにVチューバー好きが知られるのが嫌だったり、他人と話すのが怖かったわけじゃないからね! お、おっきな声を出すのが、れ、レディとして恥ずかしかっただけだからね!』

(んん?)


 灰姫レラの謎の言い訳に、聞いているヒロトの方が緊張し始める。


『そんなワタシに代わって、隣の席の人がアクキーを受け取ってくれたんです! そして、放課後にこっそり返してくれました!』

(んんんんん?)


 ウキウキした様子の灰姫レラは、自分の設定を忘れてしまったかのか口調がブレている。

 目を閉じて声だけに集中すると、あの人の声によく似ている気がしてきた。


『隣の席の人って、とっても面白いんです。授業中にVチューバーの動画を見ているのが先生に見つかって、その怒られてる最中に、堂々とその魅力を力説するような人なんです!』

(んんんんんんんんんんんんんんんんんん?)


『しかもっ! その時、見てたのがなんと偶然にも灰姫レラだったんです!』


 よほど嬉しかったのか、灰姫レラは大げさに両手を振り回して喜ぶ。

 傍観者だったはずが突如ステージに上げられたヒロトは、困惑と気恥ずかしさに呼吸が速くなる。


『リアルで初めて見つけたんです、灰姫レラのことを知ってる人……しかもちょっと褒めてくれてて……とても嬉しかった』


 大切な想い出を噛みしめるように灰姫レラは頷く。

 灰姫レラが今まで配信で見せたことのない一面に、全18人の視聴者が盛り上がる。


〈おめでとう!〉〈良かったね!〉〈何かの運命じゃない?〉

『みんな……うん、ありがとう!』


 珍しく流れの速いコメント欄に嬉しそうな灰姫レラ。

 しかし、最後に流れてきた1つのコメントに、動きがピタリと止まる。


〈そのクラスメイトも、この配信見てるんじゃない?〉

『………………あっ』


 意味を理解するまでたっぷり3秒かけた灰姫レラが震える。


『そ、そんなこと……ど、どうすれば……?!』


 フェイストラッキングがバグってしまったかのように、灰姫レラの表情がコロコロと不安定に変わる。

 もちろんゲームどころではない。ゴブリンにタコ殴りにされたキャラクターは死んで、街まで戻されてしまっていた。


『まずいです、まずいです、まずいです! わ、私のことが……うっ……』


 灰姫レラが胸を押さえてうつむくが、コメントは止まらない。


〈大丈夫だよ〉〈さすがに見てないでしょw〉〈身バレおつでーす〉


 不安を煽るコメントが流れたところで灰姫レラがもう耐えられないと手を伸ばす。


『きょ、今日の配信はここまで! アーカイブも残しません!』


 灰姫レラは異論反論は許さないと一方的に言い放ち、プツッと配信を切ってしまった。

 後にはサムネイル画像の灰姫レラだけが残される。ネタにされるその微妙な表情が、今は泣いているように見えた。


「もう遅いよ、香辻さん……」


 見てしまった記憶は消せない。

 どうしたものかとヒロトは頭を抱えた。

ここから物語が動き出します。

次の投稿は2~3日以内にできるようにがんばります。


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あとシナリオ・小説等のお仕事を切実に募集中です!


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