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#09【コラボ】番組収録に参加してみた! (3)

【前回までのあらすじ】

配信をズル休みしてしまった桐子。

モヤモヤを抱えたまま出演するネット番組の日がやってくる。

そこで桐子たちを待っているのは――。

 土日の休みを挟んで、テストの結果が帰ってきた。

 テスト勉強に力を入れただけあって、どの科目も一学期より点数が取れていた。配信を休んで、河本くんにも勉強を教えてもらっていて、それで成績まで下がっていたら立つ瀬がない。顔向けできないどころか、出家して詫びようと考えていた所だったので、一安心だ。

 勉強を頑張っていたことを知っていた河本くんと夜川さんも、桐子のテストの結果を喜んでいた。と言っても、二人とも桐子より高い点数をとっている。テスト期間中どころか、本番の深夜まで配信していたはずの夜川さんの方が……。


(元々の成績からして違うから。ちゃんと勉強を続けてればいつかは……)


 学校の勉強も頑張って、Vチューバーとして配信も頑張る。器用に2つのことが出来るのか、自信は無かった。

 けれど、特別頭が良いわけでもないし、特技があるわけでもない。そんな自分は、とにかくやるしかないんだ。

 配信をズル休みしたのだって、テスト最終日だけだ。あの日は特別に疲れていたから配信が出来なかったけれど、次の日からは毎日の配信を続けている。新しいゲームを始めて、視聴数の伸びは悪いけれど、きっと大丈夫だ。


 《日常》を取り戻したように思っていても、時間はまたたく間に過ぎ去っていく。

 自分だけが止まっているような感覚が拭い去れないまま、ネット番組の出演日がやってきた。河本くんが出演交渉やスケジュール管理をばっちりしてくれていたので、前日に送られてきた台本に目を通すぐらいしか桐子の仕事は無かった。


 当日、河本くんと夜川さん、そして桐子の三人は学校が終わってから直接、半蔵門にある撮影スタジオへと電車で向かった。

 帰宅ラッシュの車内に身を押し込めた三人だったが、2駅と進むうちに夜川さんの姿が見えなくなっていた。満員電車の圧力で反対側のドアまで流されてしまったようだ。

 身長の低い桐子は手すりにしがみついていた。いつもなら、他の乗客に押しつぶされたり鞄がぶつかったりと散々な目に合うのだけれど、今日は違った。

 横にいる河本くんがボディガードのように、鞄や乗客の圧力から桐子の小さな身体を守ってくれていた。


「あの、ありがとうございます」

「どうしたの?」


 桐子の小さなつぶやきに、見下ろす河本くんの眉が訝しむように動く。


「最近、河本くんのお世話になりっぱなしで……、あ、最近というかずっとなんですけど……今も」


 こうして話している間も河本くんは、桐子に迫っていたアタッシュケースを手で軽く押し返していた。


「それは僕の方だよ。香辻さんにはいくら感謝しても、したりない」

「いえ、私の方こそ! 迷惑ばかりかけてて……」


 灰姫レラだけの話ではない。ナイトテールの事や勉強を見てもらったり、河本くんを頼り切ってしまっている。


「迷惑だなんて、僕は一度でも思ったことはないよ。香辻さんと一緒だと――」

『間もなく麹町、ホームドアにご注意下さい。出口は右側です』


 河本くんの言葉を遮ったアナウンスに続いて、電車がプラットフォームに停車する。言葉の続きが気になったけれど、目的地だから急いで降りなければならない。

 降車する乗客たちの流れに逆らわず、桐子は車外へと押し出されていった。


「あ、二人ともいたいたー。どこの階段から行けばいいか分かる?」


 先に降りていた夜川さんが、まるで遭難者のように両手を大きく降っている。


「スタジオはこっちだね」


 合流した河本くんが先頭に立って歩き出す。案内板やスマホを見なくても迷わなそうな足取りだ。桐子も安心して、その後についていく。


「あたし、方向音痴だからさー。迷子になったら見つけて、手を引っ張ってね♪」

「その手に持ってるスマホを使おうよ」


 呆れる河本くんに夜川さんは分かってないなと人差し指を降る。


「ムリムリ、筋金入りの方向音痴を分かってないよねー。地図があっても、明後日の方向に爆進してから道が違うって気づくんだから」


 自信満々に言って胸を張る夜川さんに、河本くんが仕方ないなと笑っている。


(『一緒だと』……その後に河本くんはなんて言おうとしてたのかな)


 いつの間にか並んで歩いている二人に、桐子は後ろから声をかけるのを躊躇ってしまう。

 スタジオがあるビルまでは、迷わず着けたはずなのに、何キロも歩いたかのように足が熱を持っていた。

 ビルは9階建てで、外観はオフィスビルにしか見えない。桐子が使わせてもらっている河本くんの秘密基地スタジオとは雰囲気が全然違うので驚いた。

 受付ではバッチリと化粧をした綺麗なお姉さんが三人を出迎えた。桐子一人なら声をかけるまでに10分はかかるシチュエーションだ。


「『五月女さん家の』の番宣番組にきた、河本です」

「はい、3名様うかがっております。こちらに記入しましたら入館証をつけてお入り下さい」


 三人は受け取った用紙に記入し、入館証を首から下げると奥のエレベーターホールへ進む。


「今回のスタジオは5階だね」


 到着したエレベーターに、スタッフだろう男性たちと一緒に乗り込む。無言の圧迫感とエレベーターが動き出した加速度に、鳩尾のあたりがムズムズして緊張感が高まってきた。


(私、なんでここにいるんだろう?)


 心臓の鼓動が周りに聞こえていないか心配になる。

 エレベーターから出ると簡素な看板に『五月女さん家の番宣ネット番組』と書かれていて、『控室』と『スタジオ』の矢印が左右を指している。


「まずは控室だって受付のお姉さん言ってたよねー」


 堂々と通路の真ん中を歩く夜川さんの後ろで、桐子は壁に沿っておっかなびっくり進んでいくと、会議室のプレートの下に控室の張り紙がしてあった。


「ちわっ、失礼しまーす!」


 夜川さんは元気よく声を掛けながら、開け放たれたままのドアから普通に入っていく。


「失礼します」


 一度止まって挨拶をした河本くんに続いて桐子だ。短く呼吸を整えてから、控室へと足を踏み入れた。


「し、失礼しますっっ!」


 桐子は深々と下げた頭を上げる。

 室内には長テーブルが並んでいて、鞄やリュックなど荷物が無秩序に置かれている。テーブルの一つには、差し入れと書かれた札があり、軽食と飲み物が並んでいた。

 控室には20人ほどがすでに集まっている。スマホを見たり、台本を読んだり、談笑したりと思い思いに過ごしている。大半は10代から20代の女性だけれど、男性も6人ほどいる。今回の番組出演者は10人なので、他はスタッフやマネージャーだろう。


「こんにちは!」


 近くにいた黒髪セミロングの女の子が、キラキラとした笑顔で声をかけてくる。歳は桐子と同じか少し上ぐらいだけれど、放っているオーラが只者ではない。


「ハイランダープロダクション所属ライバーの姫神クシナです! 今日はよろしくおねがいします」


 クシナさんの挨拶は軽い会釈なのに、まるでダンスのワンポーズのようにキレがある。浴びせられるプレッシャーに桐子は早くも逃げ出したなってしまう。


(うぅ、お腹いたくなってきた……)


 鞄を抱きしめる桐子の前で、夜川さんは嬉しそうにクシナさんと握手を交わしていた。


「ナイトテールだよー。やっと会えたね、クッシー!」

「わたしも会えるのを楽しみにしてた。ふふっ、初めて会った気がしない」


 まるで10年来の親友のように、二人は揃って笑い合う。それから、問いかけるように河本くんと桐子の方を見る。


「僕は付き添いの河本で、こっちがライバーの」

「かつ、じゃなくて、灰姫レラです! あの、今日はよろしくおねがいします!」


 圧倒されていた桐子は、記憶を取り戻したかのような反応から慌てて頭を下げる。

 クシナさんが率先して挨拶をしてくれたお陰で、他の人達も次々に挨拶の声をあげた。


「クシナと同じハイプロ所属の白山タマヨ。よろしく」


 猫背気味の女の子がローテンションで名乗る。特徴的な声はもちろん、三白眼なところがライバーの姿とそっくりだ。

 個性派として人気のタマヨさんは、作曲やイラストも手がけている。そのマルチな才能を、同じ絵を描く者の端くれとして桐子も尊敬していた。


「こんにちは、ワタシは富士企画の――」


 二人に続いて他の女性たちも挨拶をしてくれた。

 そして出演者が一通り終わると、他のスタッフさんの番だった。


「ハイプロのマネージャー雛木です。河本さんもマネージャーを?」


 名刺を取り出した女性が、制服姿の河本くんを物珍しそうに見る。


「そんなところです」


 平然と答えた河本くんは、手慣れた様子で名刺を交換する。河本くんが落ち着いているのに対して、女性の方が手間取っているぐらいだ。


「うちはもう一人いるんですけど……今は席を外してて」


 女性は言いづらそうに控室の入り口を見る。


「これからリハーサルですよね」

「はい。スタジオの準備待ちをしてるんですけど、ちょっと遅れてるみたいですね」


 女性は左手の腕時計に心配げに触れる。


「そうですか、ライバーが多いとどうしても機材のチェックが――」


 河本くんは女性マネージャーと話しを始めてしまう。

 挨拶も終わり手持ち無沙汰になった桐子は、次にどうしたらいいか分からなかった。


(夜川さんは……)


 心細くなった桐子が陽キャオーラを探すと、夜川さんはクシナさんとはまた別のライバーさんと仲良さそうに喋っている。

 リハーサル前の高揚感と雑談が控室に満ちているけれど、桐子の周りは温度が下がってしまったかのように誰もいない。無視されているわけでもないのに、所在がなかった。


(こういう空気は慣れてるから……)


 対処方法は知っている。


「ちょっとお手洗いへ」


 ギリギリ河本くんに聞こえるぐらいの小さな声で言って、桐子は控室を出ていった。

 他人の声から遠ざかり、誰もいない廊下を歩くと速まっていた呼吸が少し落ち着く。このまま廊下に居たほうが楽だけれど、ぷらぷら歩いているのは不審者すぎるので、本当にトイレへ行くことにした。

 女子トイレの洗面台は大理石製で、ピカピカに磨き上げられている。一面の鏡を前にメイク直しもできるように広く作られていた。


「ふぅ……」


 一息ついて指先だけ水で濡らしていると。


「うっえぇええええ、うぅ……うぶぅ……うぇえええ……」


 無理やり吐いているような苦しそうな声が個室から聞こえてきた。


「だ、大丈夫ですかっ!」


 思わず声をかける桐子だったが、中から返事がない。二日酔いやではなく急病ではという不安に、頭の中がぷちパニックになる。


「い、い、生きて下さい! すぐに誰か呼んできます!」

「大丈夫ぅ……うっ」


 駆け出そうとする桐子を止めるように、個室の扉が開く。

 中から出てきのはショートカットの女性だ。20代半ばぐらいだろうか、ジーンズにシャツというラフな格好、髪の毛が若干乱れていて疲れた印象がある。


「顔色悪いですけど……」


 大丈夫そうに見えないので心配する桐子だったが、女性は平気だと首を振る。


「緊張で少しもどしちゃっただけ……落ち着けば大丈夫だから」


 よろよろと洗面台に向かった女性は、桐子を気にせず口をすすぐ。このまま無視はできないと桐子が見守っていると、落ち着いた女性はポケットをまさぐり、しまったという顔をする。控室にハンカチを忘れてしまったようだ。


「あっ、あの! よかったらどうぞ」


 左右のポケットに手を突っ込んだ桐子は、ひっくり返すようにしてハンカチとティッシュを取り出した。


「ありがとう、灰姫レラちゃん」


 女性はティッシュの方をとって、手と口を拭く。


「えっ、なんで名前わかったんですか!?」


 身分証を指さす女性に、桐子はアッと口が開けっ放しになってしまう。


「でも声聞いて、そうなんじゃないかって思ってた。動画みて知ってたから」

「ありがとうございます! えっと、お名前は……」

「三ツ星サギリ、知ってる?」


 笑顔を作ってサギリさんは名乗った。


「もちろん知ってます! 夢幻プラネットの歌ってみた動画すっごい好きです!」


 ハイプロからデビューして7ヶ月ほどになるVチューバーさんだ。他のネット番組や大型コラボに参加していたりと、ハイプロの6期生として積極的に売出し中だけれど、知名度はクシナさんやタマヨさんと比べると今ひとつだろう。

 灰姫レラとはデビュー時期が近いこともあり、勝手に仲間意識を持ってサギリさんの配信を参考にしていた。

 配信内ではぶっきらぼうな強気系のキャラだけれど、いまの彼女にその面影はない。


「見てくれたんだ。私みたいにパッとしないライバーでも」


 サギリさんが見せた嬉しいような悲しいような笑みに、桐子は胸が締め付けられる。


「パッとしないだなんて! とっても素敵な歌声です!」

「歌ウマ系のVチューバーなんて他にいくらでもいる……だから、なにかでもっと目立たないと、うっ……」


 胃の辺りを押さえたサギリさんは、もう弱気は出さないと耐えるように顔をしかめた。


「あの無理しない方が……体調が悪いならやっぱり休んで」


 残っていたハンカチを差し出す桐子の手を、サギリはやんわりと押し返す。


「心配してくれるのは有り難いけど、今日は総合プロデューサーの社長が見に来るの。だから、絶対に結果を出さないといけない」


 サギリは悲壮な覚悟を滲ませ、ティッシュをゴミ箱に捨てる。


「すみません、事情も知らずに余計なことを言って」


 最近、桐子自身が感じているモヤモヤが脳裏によぎって顔に力が入ってしまう。

 そんな心の内が伝わったのか、サギリは小さく咳払いをする。


「ごめんね、リハーサル前に変なとこを見せちゃって! でも、もう本当に大丈夫だから! チャンスなんだし、良い番組にしよっ!」


 強がって笑みを見せるサギリに、桐子もいま作れるだけの笑みで力強く頷く。


「はい! 私もいい番組にできるように頑張りますっ!」


 顔を見合わせ笑った二人は、揃って女子トイレを出て控室に戻っていく。


(頑張らなくっちゃ……負けないように)


 桐子はまだ濡れている手をハンカチごとギュッと握りしめる。

 湧き上がる感情に名前をつけようとはしなかった。

新しいライバーとの出会い。

物語は第2シーズンのプロローグへと近づいていきます。


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