#08【デビュー】マナミがやってきたぞっ (5)
【前回までのあらすじ】
灰姫レラの生配信を目の前で見た夜川さん、
テンションがあがってしまい突発で生配信をすることに!
急にライブ配信を決めた夜川さんだったけれど、河本くんの準備は万端のようだ。
「サムネイルは作ってあるから、ライブ配信の設定は自分でやってみようか」
「はーい、まずは自分のチャンネルを開くんだよね」
そう言ってパソコンを操作する夜川さん。パソコンへの苦手感が薄れたのか、たどたどしさがなくなっていた。
「あれ? 画像をアップロードできないよー」
「画像のファイルサイズが大きいからだね。隣にある画像を選んでみて」
直感的に分かりずらいユーチューブの設定部分も、河本くんのサポートで夜川さんは難なく突破していく。さすが成績優秀なだけあって、桐子の三倍ぐらい物覚えがよい。
(夜川さん、すごいやる気だけど、もし失敗しちゃってトラウマになったりしたら、やめちゃうなんてことに……)
心配とともに桐子の脳裏を過るのは、自分の初回配信のことだ。視聴者数は1から5ぐらいの間を行ったり来たりしていた。誰も自分なんか見てくれていないんじゃないかと、不安でしかたがなかった。
「私、もっともっと宣伝しておきますね!」
「ありがとー、香辻さん! 灰姫レラちゃんのツイッターで告知もしてもらえるなんて最高!」
設定と格闘していた夜川さんが手を振ってくれる。
桐子はスマホでツイッターを開くと、何か気の利いた宣伝の文言はないかと頭を捻る。書いては消してを繰り返している間に、河本くんの説明も進んでいた。
「ユーチューブとOBSのビットレートの設定をあわせて……うん、オッケー。じゃあ最後にいちばん重要な《ストリームキー》の説明をしようかな」
「この数字とアルファベットがメチャクチャに並んでるやつ?」
」
「その16桁の英数字が《ストリームキー》だね。キーという名前の通り、鍵なんだ。配信チャンネルはスタジオって説明したけど、誰でも勝手に入って来たら困るよね」
「空き巣こわっ!」
「この《ストリームキー》を配信ソフト、今回ならOBSに設定してあげれば、スタジオの錠前を開けることができるわけ。設定から配信の項目を選んで設定してみようか」
夜川さんは一文字一文字確かめながら、人差し指で慎重にキーボードを押していく。
「《ストリームキー》が分かれば、誰でもチャンネルで配信できちゃうから、不用意に教えたりしたらダメだよ。配信中に設定をいじる時も画面には映らないよう注意してね」
「はーい! 知らない人はお家に入れませーん」
元気よく答えた夜川さんが、キーボードの入力を終える。配信準備が整ったようだ。
「これでもう配信はできるけど、まず非公開でテストをしてみようか。ユーチューブの設定を確認して」
「うん、非公開になってるよ。それじゃ、やってみるねー」
ポチッと配信開始ボタンを押す夜川さん。
「ちはー」
『ちはー』
「声が二重になってるー」
『声が二重になってるー』
「あるぅひー、もりの――」
『あるぅひー、もりの――』
夜川さんは設定の失敗を気にしないどころか、楽しそうに独り輪唱を始めていた。
「OBSにデスクトップ音声って項目があるよね。これはマイクの音声だけじゃなくて、パソコン上で流れている音を全部配信してるってことなんだ。だから、確認用に開いているブラウザからも音を拾ってしまう。とりあえずブラウザの方をミュートにして」
「あっ、声もBGMも普通になった。でもさ、どうやって自分の声が出てるか確認したらいいの?」
「スマホとか別の端末で見るといいよ」
そう言って河本くんは3分間クッキングみたいに準備してあったタブレットを横に置く。新人からベテランまでVチューバーがやってしまいがちなミスだから敢えて体験してもらったのだろう。
「これで準備おっけー? もう始めていい?」
夜川さんは画面を見たまま、獲物を前にした猫みたいにうずうずしている。
「うん、楽しんでね」
「頑張ってください!」
河本くんと桐子が声援を送ると、夜川さんは笑顔で親指を立てる。
「それじゃ、いっきまーす!」
夜川さんがOBSの開始ボタンを押すと、少しのラグがあってからユーチューブの方でも配信が始まった。
裏路地を背景にナイトテールがニカッと笑っている。自己紹介動画と同じ画面構成だけれど、視聴者のコメントがリアルタイムで流れている。
「みんな見てるぅーーー?」
遊びに誘うような楽しげな呼びかけに、集まっていた200人ほどの視聴者が一斉にコメントを返していた。
「ちぃっすー、新人Vチューバーのナイトテールだよー。いきなり始めちゃったのに来てくれてありがとー」
緊張とは程遠い、まるで昼休みにサンドイッチでも片手に友達に話しかけるような親しげな口調だ。
〈待ってた!〉
〈ゲリラ助かる〉
〈こんにちはー〉
〈灰姫レラちゃんから来ました〉
ナイトテールの醸し出す気さくさに視聴者のコメントも弾んでいる。
「すごっ! ホントにみんな答えてくれてるー!」
夜川さんはパソコンの画面を指さしながら、桐子と河本くんに向かって話しかけてくる。そっちじゃないと、二人揃ってカメラの方を指さした。
「ねぇさー、あの自己紹介動画どうだった?」
上目遣いに首をかしげるナイトテール。初配信とは思えない愛らしさがにじみ出ている。
〈面白かった〉
〈適当すぎて草〉
〈可愛かった〉
〈さすがに雑すぎっしょ〉
「あはははッ、やっぱそだよね。一発撮りだったからねー」
視聴者のツッコミにナイトテールは吹き出してカラカラと笑う。
「自然体ってことで許してよ。ライブ感と勢い重視なんだよねー、って、それなら生配信でいっかー」
今度は自分で言って、自分で笑っている。作った所のない笑い声に、聞いてる方も肩の力が抜けていく。
〈初見です〉
「実はあたしもなんだー。初めて同士よろしくね」
〈こいつ雑だなw〉
「雑じゃないしー、適度にテキトーなの」
〈ホント雑〉
〈テキトーすぎw〉
「そんな雑雑いうなら。テキトーに質問タイムやっちゃうよー」
〈いきなり質問ってw〉
〈もうネタ切れ?〉
〈さすがに準備不足じゃない〉
「ネタ切れじゃないしー! さっき灰姫レラちゃんが質問に答えるのやってたじゃん。アレみてさ、面白そうだったからやることにしたの。はい、さっさと質問してよー」
〈好きな食べ物〉〈スリーサイズ〉〈歳は?〉〈どこ住んでるの?〉〈友達いる?〉〈どんな歌すき〉〈シャンプーなにつかってるの?〉
「カレー、ないしょー、16歳かな、東京のどっか、いるんじゃない? 古めのアニソンとジャズ、CMでサラサラってやってるやつ、って、シャンプーなんか聞いてどうすんの?」
〈飲む〉
〈飲む〉
〈飲む〉
〈飲む〉
〈飲む〉
「マジの本気ぃ?」
〈マジ〉
〈本当〉
〈マジ〉
〈そういう人もいる〉
〈マジ〉
「あはははっ、嘘でしょー! お腹壊しちゃうってー」
トラッキングが追いつかないほど大爆笑するナイトテール。グルシャンなんてネットの奇習は知る由もないだろう。
「あー、おもしろ。でもさー、あたしも子供のときに、シャンプー美味しそうだなって思ったことはあるよ。ママのたっかいシャンプーで、お風呂場の床をヌルヌルにしちゃって怒られたなー」
〈ママってレラちゃん?〉
「そっちじゃなくてー、リアルの方? 一緒に暮らしてるママのこと。そうそう、ママって言えば、昨日の夜なんだけどお風呂から変な声が聞こえて――」
質問から雑談へとスムーズに移っていくナイトテールを前に、桐子は感心しすぎて口をポカンと開けていた。
「夜川さん、すごい……自然と喋れてるだけじゃなくて、リスナーさんの反応に合わせられてる……」
「さすがコミュニケーション能力が高い。リアルで経験がそのまま出てるね」
自他ともに認めるコミュ力の低い二人は顔を見合わせ苦笑する。
「視聴者も200人以上増えてますね! これは大成功と言っても過言ではないのでは」
すでに400人を超えて、さらに増え続けている。
「この成功は香辻さんのお陰だよ」
「わ、私はちょっと宣伝しただけで……」
「宣伝もそうだけど、ナイトテールのビジュアルが良かったから見に来てくれたんだ。セクシーさと天然系なところが夜川さん自身ともマッチしているから、人気が出るかもね」
「恐縮です……で、でも夜川さん自身が魅力的だから、デザインもお二方に褒めて貰えるようなものができたんです」
配信の成功が桐子のお陰だと河本くんに褒められたのが嬉しすぎて、桐子は照れた顔を制服の袖で隠す。
「幸先いいとしても、ナイトテールがどんなVチューバーになっていくのかは夜川さん次第だけどね」
二人がそんな会話をしている間も、夜川さんはナイトテールとしての初配信に熱中し、心から楽しんでいるようだった。
1時間の予定だったナイトテールの配信は90分を越えていた。桐子が時間の心配をし始めた矢先だ、夜川さんのスマホが古いアニソンアレンジの着信音を奏でた。
「あ、ママだ……やっば! もうこんな時間じゃん! そろそろ配信終わるねー」
〈もう終わり?〉
〈あと30分だけ〉
〈耐久して伝説残そう〉
初配信とは思えないほど雑談が盛り上がっていたので、コメント欄が惜しむ声で埋め尽くされる。
「また配信するからその時ねー。みんな、今日はたのしかったよ」
〈楽しかった!〉
〈次いつ?〉
〈明日もおねがい!〉
〈あと少しだけー〉
「アハハッ、まったねー」
そう言って画面に向かって手を振る夜川さんだったが、何を思い出したのかハッとした表情でシリアスな顔になる。
「大切なことを忘れてた……! チャンネル登録とツイッターフォローよろしくねー。あと評価だっけ? それもねー」
そして、最後はニカッと笑顔でナイトテールは配信をしめる。
配信ページはオフラインになったけれど、20人ほどの視聴者が残ってまだ足りないと感想を言い合っていた。
「ふ~~~……ものすっっっごい楽しかった!」
満足気に顔をあげる夜川さん。その額にはマラソンを完走した後のように玉の汗がいくつも輝いていた。
「そういえば、何人ぐらい見てた?」
「最高で600人ぐらいかな?」
即座に答える河本くんに続いて、桐子が力いっぱい頷く
「大成功ですよ! 私もウカウカしていられません!」
「そう? さっきの灰姫レラちゃんの配信は1000人ぐらい見てたし、アオハルココロちゃんだといつでも5万人以上見てるよねー」
「私はともかく、アオハルココロちゃんはレベルが違い過ぎます!
比べたらバチが当たっちゃいますよ!」
「大げさだよー」
恐れ多いと震える桐子が面白いのか、夜川さんは気にせず笑っていた。
それを横で見ていた河本くんが、パソコンの時計を指差す。
「夜川さん、時間は大丈夫?」
「あ、そうだった! 早く帰らないと! 急なお願いだったのに、パソコンとか色々ありがとねー」
「そのパソコンは配信用に貸すよ」
「えっ! ホントに! 河本くん太っ腹ぁー!」
「使ってないやつだからね。ナイトテールが配信に使ってくれた方が嬉しいよ」
「何から何まであんがとねー。二人には絶対に恩返しするから、期待しててね!」
一体どんな恩返しをしてくれるのか、桐子は嬉しさもありつつ、夜川さんの行動が予想できない不安が少しだけあった。
「著作権についての注意事項なんかもまとめてあるから、目を通しておいてね」
「うん」
「あと文化祭とかテストを疎かにしないように」
「わかってるってー。河本くん、注意ばっかりしてると、パパみたいだよー。っと、そろそろホントに帰らないと、じゃねーばいばーい」
早口で一方的にまくしたてた夜川さんは、荷物を抱えたまま地下スタジオの扉を器用に肘で開けて出ていった。
「「はぁ……」」
河本くんと桐子のため息が重なる。
地下スタジオには嵐の去った静けさと、体温を含んだような香水のほのかな匂いが残っていた。
ナイトテールの初の生配信は大成功!
協力した桐子とヒロトも大満足の結果だった。
#08はここまで
次回から#09となり、物語が大きく動き出します。
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