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#08【デビュー】マナミがやってきたぞっ (2)

【前回までのあらすじ】

河本くんのアドバイスを受けた桐子はVのデザインを作り上げる。

そしてお披露目の時、

夜川さんが二人のスタジオへとやってきました。

「へ~、雰囲気いいスタジオじゃん」


 夜川さんはライトが照らし出す地下室を見回し、感嘆の声を上げる。


「秘密基地へようこそ、夜川さん」


 招き入れた河本くんは、さっそくノートパソコンの準備を始めている。

 ついにVチューバーの2Dモデルが完成したので、お披露目のために夜川さんを秘密基地へと招待したのだった。


「知らない機械がいっぱいあるのってテンション上がるねー」


 夜川さんは目に入るもの全てが気になるのか、設置されているマイクスタンドやベースステーションに顔を近づいけていた。


「その装置で身体の動き捉えて、灰姫レラの3Dを動かしたりするんです」

 桐子はほんの少しだけ自慢げに紹介する。自分と河本くんだけの特別なことを、学校の人に話せるのが嬉しかった。


「こっちがキッチンで、飲み物は自分で冷蔵庫に入れておくんです。あっ、河本くんまたシンクにコップを溜めちゃって! コーヒーの染みがつくから、ちゃんと洗わないとダメって注意しましたよね?」

「ごめんごめん、後でやっとくから……」


 河本くんはバツが悪そうに笑う。『後で』を信じて放って置くと、スタジオのコップが一つもなくなってしまうことを桐子はすでに知っている。


「『今』洗っちゃいますから!」


 放置コップが許せない桐子は、スポンジに洗剤をつけて洗い始めた。


「二人はいつもここで配信してるのー?」


 キッチンから離れた夜川さんの声が、背後から聞こえてくる。気になった桐子が泡だらけのスポンジを手にスタジオの方をちらっと見ると、夜川さんが河本くんの脇からパソコンを覗き込んでいた。


「半々ぐらいかな? 休日とか早い時間はスタジオを使うことが多いよ。香辻さん家のパソコンでも配信はしてるけどフルトラッキングは、ここじゃないと設備がないからね」

「『ふるとらっきんぐ』って?」


 夜川さんが困ったように聞き返す。

 Vチューバーをしている桐子みたいな人間からすれば馴染みのある単語だけれど、普通に専門用語だ。


「まず『トラッキング』というのは、演じる人の動きを2Dや3Dのモデルにリンクさせる事だね。例えば香辻さんがウィンクをしたら、灰姫レラがウィンクするみたいな感じで同期させる」

「口パクの方を合わせるみたいな?」

「そういうこと。口パクやまばたき、他にも簡単な動きならスマホやウェブカメラ一台でもある程度トラッキングできるけど、ダイナミックな全身運動や細かい指先の動きは精度が出ない。そこで身体に沢山のセンサーを付けたり、カメラを増やしたりして全身の動きをトラッキングするのが『フルトラッキング』。踊ったりするミュージックライブでは必須の技術だね」


 聞こえてくる河本くんの説明が若干早口になっていた。夜川さんが困っていないか桐子は少し心配だった。


「Vチューバーさんのミュージックライブすごいよねー。人間のアーティストさんとは魅せ方が違うのは、最初っから3Dだから?」

「うん、そうだね。視覚情報に凝ることできるけど、その分の手間がかかる」


 河本くんはさらっと説明けれど、時間がかかる物量戦だ。前回の灰姫レラのライブ準備でも、河本くんは寝る暇も惜しんで作業をしなければならなかった。


「ちなみに今回、夜川さんに用意したのは2Dのモデルで、主に顔を中心としたトラッキングを使うから『フェイストラッキング』って呼ばれているよ」

「そうだった! 私のVチューバーできたんだよね♪ こんなに早く完成すると思ってなかったよー」


 洗い物を追えた桐子が戻ってくると、夜川さんが嬉しそうに鼻を鳴らしていた。


「香辻さんが土日で頑張って、とても良いデザインに仕上げてくれたからね。僕も動く所が早く見たくて、一気に作業が進んだよ」

「ありがとー、香辻さん! ほんっと楽しみ~」


 テンションのあがった夜川さんが、桐子の手を握る。洗い物で冷えた手を、夜川さんの暖かさが包み込む。


「そ、そんなにハードル上げられると困ります。私は絵を書いただけで、Vチューバーとして動くようにしてくれたのは河本くんですから」


 慣れない距離の詰め方に、桐子は心臓が跳ね上がって変な半笑いになってしまっていた。


「うん、河本くんもありがとー!」


 夜川さんの笑顔に、河本くんは小さくうなずく。


「さてと、あまり勿体つけずにお披露目といこうか」


 河本くんは準備していたノートパソコンを夜川さんの方に向ける。画面にはOSの開発元であるAGアグリアース社のロゴが表示されている。


「キーを押して」

「うん」


 スペースを押すとスリープ画面が2Dモデリングソフトに切り替わる。

 現れたのはネコミミの女の子だ。少しウェーブのかかったツインテールが腰までふわっと広がっている。黒とワインレッドを基調としたテールコート風の上着は、胸元の大胆な切り込みで胸を強調している。袖なしなので二の腕と脇のサービスコンボも完備だ。夜川さんの大人っぽさをこれでもかと、桐子が詰め込んだ部分だった。

 テールコートの下はベビードール風で、ふわっとスカートの様にフリルが広がっている。ボリューム感を持たせた下半身にセクシーさと可愛らしさを両立させるために桐子はかなり苦労した。

 ロンググローブには肉球のデザインが入っていて、ヒールブーツも猫の後ろ足っぽい柄だ。

 その子は、白雪姫のように目を閉じ運命の人を待っている。


「ど、どうでしょうか?」


 桐子が緊張しながら夜川さんの顔を覗くと、彼女は目を丸くしたまま固まってしまっていた。


「ダメなとこあったら言ってください! 全部だったら全部描き直しますから!」


 心配になった桐子の呼びかけに、夜川さんは魂を呼び戻されたようにハッとする。


「すっっっごいよ香辻さん! カッコいいし! カワイイし! セクシーだし! ダメなところなんて一つもないから!」


 遊園地でマスコットに握手されたみたいな夜川さんの嬉しがりように、桐子はむしろ不安になってしまう。


「ほ、本当に?」

「本当だって! すっごい気に入った! この子を産んでくれてありがとね、香辻さん!」


 夜川さんはもう我慢できないと、桐子を抱きしめる。身長差のせいで不格好なハグだったけれど、タオルみたいに柔らかい香りが桐子の不安を拭い去ってくれた。


「よかったぁ……」


 安堵してへたり込みそうになる桐子のお尻に椅子が滑り込んできた。河本くんがさり気なく、キャスター付きの椅子を持ってきてくれたのだ。

 呆けている桐子の横で、夜川さんはVの身体を見て嬉しそうにニヤニヤしていた。


「でもちょっと意外だったなー」

「へっ?」

「香辻さんがこういうエッチっぽいの描くのが」


 イラストの大きく開いた胸元を指さす夜川さんに、桐子は真っ赤になって説明する。


「エ、エッチっぽいというか! 夜川さんって雰囲気が大人びてるから、セクシーさ多めの方が合うかもって思って……偏見でしたか?」

「フフッ、香辻さんに大人っぽい言ってもらえて嬉しい」


 突然のすまし顔で夜川さんは桐子の顎を指先でクイッとあげる。ふざけているのだと分かっても、免疫のない桐子は風邪にかかったように顔が火照って鼓動も速くなってしまう。


「はぅぅ……からかわないで下さい~」


 ヘロヘロになった桐子の横では、河本くんが口に手を当てて笑いを堪えていた。

 そんな風に桐子を動揺させた当の夜川さんは、もうすっかり自分のしたことを忘れてしまったのか、パソコンの画面に目を向けている。


「あっ! このブローチって……もしかして灰姫レラちゃんの王冠と同じデザイン?」

「は、はい! そうです!」

「お揃いだー。こういうのいいよね」


 夜川さんの嬉しそうな笑みに、桐子も自然と相好を崩す。ちらりと横を見ると、河本くんも良かったねと微笑んでいた。

 『繋がりを感じるもの』という河本くんの提案をどうやってデザインにするか悩んだけれど、その言葉が無ければここまでの一体感を感じることも出来なかったかもしれない。

 感謝を伝えようと、桐子は河本くんに向かって大きく頷いた。


「さっそくこの子を動かしてみようか。方法はいくつかあるけど、まずは基本になるPCから配信や動画の撮影をする方法から」


 そう言いながら、河本くんは用意してあったウェブカメラをノートパソコンに繋ぐ。リズミカルな音がして、パソコンがカメラを認識した。


「ここに座って、カメラの方を見て」

「うん」


 少し緊張した様子の夜川さんが丸椅子に腰を下ろすと、河本くんがカメラの向きを調整して、トラッキングソフトのスタートボタンをクリックする。

 画面の中のネコミミの女の子が、パチリと目を開ける。


「起きたー!」


 夜川さんが喜んで手をたたくと、ネコミミの女の子も嬉しそうに目を輝かせ口を大きく開ける。


「この子、驚いてる!」

「左右に動いてみて」

「うん、みぎ~、ひだり~、うえした~。あはっ、ツインテすっごい動いてる! あ、表情も結構変わるんだね!」


 揺れるツインテールを面白がった夜川さんは、自分の尻尾とじゃれる猫みたいに首を振ってケラケラと笑っていた。


「これがフェイストラッキング。夜川さんのまばたきや口パクを認識して動いてるんだ」

「アパパパパパ、結構正確だねー」


 口をパクパク、目をパチパチさせて夜川さんは動きを確かめる。


「いくつか表情を登録するから、僕の言うとおりの顔をして」

「うん、わかったー」

「まずは笑い顔から」

「ピース!」

「手は下げてね」


 夜川さんはニカッと笑いながら、スススッとピースサインを下げる。まぶたや口角などの認識した表情に合わせて、河本くんがパラメータを調整し表情を合わせていく。


「あっ! 尻尾がハートマークになった!」


 それまで背後で揺れているだけだったネコしっぽが先端がくにゃりと曲がりハートの形を作り出す。


「分かりやすいでしょ? はい、次は怒った顔」

「ムーーーー!」


 額に皺を寄せると夜川さん。それに合わせ河本くんはネコミミを尖らせ、立てた尻尾をボワッと太らせる。


「驚き」

「ひゃーーー!」

「悲しい」

「百円落としちゃったー……」


 くるくる変わる夜川さんの表情を、河本くんが一つずつ丁寧に2Dモデルの身体に落とし込んでいく。

 協力する夜川さんも真剣だ。仕方がないとはいえ、ここまで河本くんと桐子に任せっきりだったけれど、こうして最後の仕上げを手伝えるのが嬉しいのだろう。


(……私も初めて動いた時、すっごく興奮したな)


 夜川さんを見ていた桐子も『灰姫レラ』になった時のことを思い出して少し目頭が熱くなる。

 言うことを聞いてくれない3Dソフト、悪夢のように崩壊する顔面、ハチャメチャに荒ぶる手足やスカート……。そういった初歩からなんとか踏み出しても、モデリングは思うように可愛くならない。それでも諦めず賽の河原の石積みのように何度も繰り返し、ようやく理想の30%ぐらいのモデルが出来上がった。表情は1つだけで、ドレスもずっと簡素だった。

 そんなモデルでも、自分の動きに合わせて『灰姫レラ』が動いたときは感極まって泣いてしまった。


(今の灰姫レラのモデルは、河本くんに何度もアップデートしてもらって理想の90%以上かな)


 不満なんてあるはずはないけれど、不安なら少しだけあった。自分はそこまでしてもらう価値がある人間なのか、河本くんほどの知識や経験を『灰姫レラ』が独占していいのか――。


「よし、これで全部だよ」


 桐子が物思いに耽っている間に、河本くんと夜川さんの調整が終わっていた。


「わー、さっきより動きにメリハリがあるー!」


 夜川さんは表情筋を限界まで使って、設定が終わったばかりの表情を色々と試している。彼女が驚く通り、河本くんの調整でモデルの動きからぎこちなさが抜け、代わりに夜川さんの魂が宿ったように生き生きとしていた。


「特に尻尾の動きが可愛いよねー」

「尻尾の表現は香辻さんのアイディアで、表情と合わせた差分の作成も頑張ってくれたんだ」

「素敵なしっぽをありがとー、香辻さん!」


 突然、話を振られた桐子は物思いの海から引き上げられる。


「あ、えっと、こちらこそです」


 戸惑う桐子に河本くんが小さく笑う。


「スマホ単独でも配信できるようにデータを入れて設定しとこうか。忘れないうちに」

「うん、そだねー。お願いします」


 夜川さんはロックを解除してスマホを河本くんに手渡す。アンディ・ウォーホルみたいなポップなアイスクリームと英字のおしゃれなスマホケースだった。ちなみに桐子のスマホケースは地味な茶色の手帳型だ。女子力の違いが著しい。


「そうだ香辻さん、この子の名前ってなに?」

「え、まだ無いですけど……」

「マダナイちゃん?」

「いえ、夜川さんが決めるものかなって」


 それが当然だと思っていたけれど、夜川さんの見解は違うようだ。


「香辻さんが名前つけてよー」

「そんな、恐れ多いです! 私が夜川さんが活動していく名前を決めるなんて!」


 ぶんぶんと首を横にふる桐子だったが、夜川さんは逃さないと肩をガッツリと掴む。


「あたし、ネーミングセンスゼロなんだもん!!」

「私だってセンスないですから!」

「でもキャラクターを作った人のことを、ママっていうんでしょ?」

「たしかにそういう風習はありますけど」

「ママに付けて欲しいな~。ねっ、ねっ、お願いー」


 夜川さんは甘えた声を出して桐子に甘えてくる。身長の高い夜川さんが軽く体重をかけてくるのは、まるで人間に育てられたライオンが飼育員さんにじゃれついてくるような迫力と可愛らしさがある。

 そんなプレッシャーに桐子が耐えられるはずもない。


「わ、分かりました! 名付け親もします! だから、離して~」

「やった! ママ、ありがとー」


 さらに激しく抱きしめられてしまう。


「えっと……ネコミミの女の子だから名前に猫をいれるとか、あっ、でもそういうVさんはもう沢山いますし……夜川さんはこの子のどこが気に入りました?」

「全部!」

「一つだけでお願いします。特徴を1つだけあげるとしたら」

「えー、そうだねー、うーん、一つだけって難しいけど……しっぽかな? ネコっぽいとこだし、いっぱい動いて可愛いと思う」

「なら、『しっぽちゃん』とか……これはさすがに無いですね。『ネコマタさん』はもうすでにいらっしゃるし……」

「頑張ってー、香辻さん!」


 フレーフレーと応援する夜川さんの横で桐子は頭をひねる。


「名前に大人っぽさとかセクシーさも欲しいですし……うー、何かヒントを……」


 困った桐子はスマホの設定を続けている河本くんをちらりと見る。


「そうだね、英語やカタカナを使うのはどうかな? 例えばバットマンとかキャットウーマンとか、キャラクター性に直結しているね」

「アメコミヒーローってシンプルだけどいいよねー。名は体を表すみたいな」


 河本くんのアドバイスに夜川さんもうんうんと頷いている。


「尻尾……英語でテールかな……。夜川さんから……夜だからナイト……あわせてナイトテールとか……?」

「それいいじゃん! 決定!」


 なんとなく呟いた桐子の一言に、夜川さんはまるで油田が出たみたいな勢いで親指を立てる。


「ええっ?! そんな簡単に決めちゃっていいんですか?!」

「ナイトテールって、音の響きがいいじゃん。かっこいいし、かわいいし、セクシーな見た目にもあってるねー」


 もうこれ以外は考えられないと上機嫌な夜川さんだけれど、心配な桐子は河本くんにも尋ねる。


「本当にいいのでしょうか?」

「キャッチーで良いと思うよ。それに夜川さんが気に入ってるのが一番じゃない」


 河本くんのちょっと無責任な言葉に、夜川さんも力いっぱい頷く。


「もう決めちゃったもん。この子の名前はナイトテール。よろしくねー」


 そういって夜川さんがニカッと笑う。


 画面の中の『ナイトテール』も挨拶するように笑みを浮かべ、ハートマークに曲げた尻尾を揺らしていた。

Vチューバー『ナイトテール』誕生!

とはいえ、まだまだやることはあるわけで――。


次回は自己紹介動画を撮ったりします。


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