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#07【調べてみた】Vチューバーの始め方 (2)

【前回までのあらすじ】

灰姫レラに届いた脅迫状?

その送り主は同じクラスの夜川さんだった!

いったいなぜ彼女がそんなものを送ったのか?

「えっと……あたし、なんか変なこと言った?」


 夜川さんが不思議そうに首をかしげている。

 その夜川さんをヒロトと香辻さんが見つめ返している。

 陽キャと陰キャ、本来なら顔を合わせないはずの月と太陽が正面からぶつかってしまった。


「確認するけど、灰姫レラちゃんにDMって言った?」


 声を抑えて聞き返すヒロトに、夜川さんの顔がパッと華やぐ。


「そっそっ、そうっ! 灰姫レラちゃんに」

「「ストップ!」」


 テンション高めの大きな声で喋りだす夜川さんを、二人は慌てて押さえる。夜川さんが悪意を持ってるとは思えないけれど、意図が分からない以上は何を言い出すか少し怖い。


「んんん?」

「えっと、えっと、ここじゃまずいから、その、あの、べ、別の場所に!」


 香辻さんがしどろもどろになりながら説明を試みると、必死さを察した夜川さんがなるほどと口元に人差し指を当てる。


「じゃあ、前に二人がデートしてたファミレス行こうか」

「デートじゃ無いから!」

「デートとは違います!」


 二人で揃って否定するのを見て、夜川さんがニシシと笑った。

 慌てふためく自分たちがからかわれているのか、夜川さんの考えも行動もまったく読めなかった。


 夜川愛美よかわ まなみ

 例え1000人の中からでもひと目で見つけられる、長髪の華やかな女の子だ。

 一言で彼女の存在を表すなら、究極の愛されキャラだろう

 究極とつけるぐらいだから、そんじょそこらの愛されキャラとは違う。生徒から好かれ、教員から信頼されているのはもちろん、売店のおばちゃんや警備員さんからも名前を覚えられるほどだ。高級なフレグランスのように、主張し過ぎずに、それでいて存在するだけで場を和ませる。もしゲームのキャラだったら味方全体にステータス強化を与えてテンションゲージをUPさせるような超強キャラだ。

 夜川さん本人は間違いなく陽キャだ。ただし凡百のウェイ系陽キャではない。学校行事の後にカラオケで集まる陽キャから、教室の隅で黙々とスマホをいじっているだけの陰キャまで全ての人間に別け隔てなく接するスーパー陽キャだ。

 当然、クラス全員が認める中心的存在だ。入学して間もない6月の体育祭でもクラスをまとめ、見事に優勝に導いていた。ちなみにヒロトは体育祭当日を、普通に休日だと思いこんでサボってしまった。


 身長は女子にしては高く170センチ近いだろう。スタイルは良いけれど、グラビアモデルというより女優系の美人だ。少しタレ目がちで、ナチュラルなメイクが大人っぽい雰囲気を醸し出している。

 当然、男子からは人気がある。容姿はもちろん、気さくで話しかけやすいところが好かれているようだ。一方で女子から嫌われているかと言うと、そんなことはない。むしろ、よく女子の相談に乗っていて頼れるお姉さん的な役割を担っていた。


 なぜこんなに夜川さんにヒロトが詳しいかと言うと、香辻さんから色々と話を聞いていたからだ。香辻さんが灰姫レラのキャラクターの参考にしていたので、彼女との雑談の中で耳にしている。

 ヒロトも何度か直接喋っているが記憶に新しいのは、香辻さんと深く知り合うきっかけにもなったVチューバーのアクリルキーホルダー落とした事件だ。オタク全開で名乗りでたヒロトを、夜川さんは笑ったりバカにしたりせずにいた。

 そんな夜川さんが、なぜ『灰姫レラって、もしかして香辻桐子さん?』なんてDMを送ってきたのか、想像がつかなかった。



 チョッキを着た可愛らしい黒猫がマスコットのファミリーレストラン『あにまーる』へ、3人は場所を移す。ドリンクバーの種類が豊富なことで、懐にゆとりがあるわけではない学生たちに重宝されている。ちなみに一番人気はファミレスにしては珍しい焼き肉定食だ。

 奥のテーブル席に案内された3人は、ヒロトと香辻さんが自然に並び、その対面に夜川さんが座る。ヒロトは夜川さんの様子をしっかりと見ているけれど、緊張してガチガチの香辻さんはフラフラと飛ぶコウモリみたいに目に落ち着きがなかった。

 それぞれがドリンクバーから飲み物を運んできて、ようやく会話が始まる。口火を切ったのは夜川さんだった。


「なんか、警察ドラマの取り調べみたいだねー」


 コーラをストローでぐるぐるかき回した夜川さんはわざとらしく眉間に皺を寄せて、ヒロトを見つめる。


「別に尋問するわけじゃないけど、灰姫レラのプロデューサーとして僕から聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「河本くんがプロデューサーなんだ! だったら、尋問も当然だよね~」


 楽しそうに笑う夜川さんに、ヒロトはペースを握られまいと彼女の目を見て尋ねる。


「なぜ『匿名で』DMダイレクトメールを送ったの?」

「えー、だってさ、もし別人だったら、恥ずかしいじゃん。それだったらスパムだって思ってもらった方がいいもん」


 夜川さんは悪びれた風もなくしれっと言う。


「それにしたってあの短さじゃ、香辻さんが脅迫だと勘違いしても仕方ないよね」

「ごめんごめーん、怖がらせちゃった?」

「だ、大丈夫です!」


 恐縮する香辻さんに夜川さんは、ふ~と胸を撫で下ろす。


「送ってからもっと何か言ったほうが良いかなーって悩んだんだけどさ、返事が無かったらやっぱり灰姫レラは香辻さんじゃないのかーって思ってそのままにしちゃった」

「あっ! DMを無視しててすみませんでした!」


 テーブルに額がついてしまいそうなくらい頭を下げる香辻さんに、ヒロトは必要ないと首を振る。


「目的も何もわからないあのDMに返事するほうがおかしいって」


 そう言ってヒロトがジトッと夜川さんを睨むと、彼女は思い出したと手を叩く。


「そそっ、目的! 香辻さんに相談したいことがあったの! だからDMを送ったんだったー」

「わ、私にですか?! 夜川さんが?!」


 地球がひっくり返ってもそんなことがあるはずが無さそうだと、香辻さんは半信半疑だ。


「あたし、Vチューバーやってみたい! だからさ、色々教えよ!」

「えっえええええっ! 夜川さんが?! いだっ!」


 身を乗り出す夜川さんの迫力に圧倒された香辻さんは、ウサギみたいに驚いて後ろの壁に頭をぶつけてしまう。

 後頭部を押さえて痛がる香辻さんの代わりに、ヒロトが会話を繋いでいく。


「えっと、急展開すぎて混乱してるんだけど。そもそも、夜川さんのイメージとVチューバーが繋がらない」

「河本くんが教えてくれたじゃん。Vチューバーのアオハルココロちゃんのこと」

「そういえば、少しだけ紹介したっけ」


 夜川さんは確かに「今度見てみる」と言っていたけれど、てっきり社交辞令で話を合わせてくれたのだと思っていた。


「うんうん、とりあえずググったらアオハルココロちゃんの動画がいっぱいあってさ、丁度いいやって勉強しながら聞いてたんだ。そした、ハマっちゃったー」

「ですよねっ! アオハルココロちゃんいいですよね!」


 パッと瞳を輝かせた香辻さんが、テーブルから身を乗り出す。


「歌うまいよねー」

「夜川さんは、ど、どの曲が好きですか?」


 最大限の勇気を振り絞ったのだろう香辻さんは、唇を震わせていた。


「えっとねー、そうだなー、やっぱり青春黙示録が格好良くて好きかな」

「分かりますっ! 青春黙示録、最高ですよね! 初期のオリジナル楽曲の中で、格好良さならナンバーワンだと思います! ライブ映像みました?」

「うん、みたよー。オープニングの実写の逆再生で一気に引き込まれた」

「あれって足元しか映ってないですけど、横断歩道の形から特定班が新宿だって突き止めてるんです! もしかしたら、どこかですれ違ってるかもしれないんですよ!」


 大興奮の香辻さんに、夜川さんもうんうんと笑顔になる。


「トークも面白くて」

「ですです! 定期配信での1人トークも落ち着いて好きなんですけど、コラボもコラボでいいですよね。バーチャルパンダさんとのかぶりものコラボは観てなかったら是非! あと、最近だとキモノズのお二人と音楽観について語ってる番組もよくて!」


 香辻さんのテンションがキラキラと光る星となって口から飛び出しているような早口だ。でも、夜川さんはたじろがない。


「それそれー、この前のコラボで灰姫レラちゃんを知って、面白い子だなーってまとめ動画とか10分でわかる系の動画から入ってー」

「え、あ……」


 香辻さんは自分のことになった途端、さっきまでのテンションが嘘のように真っ赤な顔で閉じた唇を震わせる。


「最初はただおもしろいなーってだけで、普通に動画みてたんだけど、ちょいちょいどっかで聞いたような話だなー、そういえば声も聞いたことあるようなーって」

「あうあうあうあうあぁぁ……」


 唇から頬へ、そして香辻さんの全身へと震えが広がっていった。


「灰姫レラちゃんって、もしかしたら香辻さんかもって思ってDMしちゃった」

「はぅぅぅぅぅ……」


 軽い悪戯をした後の子供みたいにテヘッとした顔の夜川さんを前に、香辻さんが砲弾の直撃を食らった小艇みたいに撃沈していく。


「どしたの、香辻さん? あたし、変なこと言っちゃった?」


 テンションがだだ下がりの意味が分からない夜川さんに、ヒロトがフォローを入れる。


「香辻さんは灰姫レラのキャラ作りに、夜川さんを参考にしていたんだ。それが本人バレして恥ずかしさで打ちひしがれてるとこ」

「うぅ、河本くんまで追い打ちをかけないでください」


 フォローのつもりだったけれど、香辻さんにトドメを刺してしまったようだ。復活には時間がかかりそうなので、ヒロトは話を進めることにした。


「それで、夜川さんはなんでVチューバーをやりたいと思ったの?」

「楽しそうだったからに決まってるじゃん」


 あまりにも即答。夜川さんは何でそんな質問をするのだろうかと不思議そうだ。


「変なゲームやったり、深夜にこっそり話したり、イベントに参加してリスナーさんと喋ったり! なんか楽しそうじゃーん!」

「うん、僕にもその気持は理解できるよ。そういう楽しい雰囲気にリスナーさんは惹かれるからね」

「でしょでしょー。そういうの見てて、私もVチューバーやりたくなっちゃったんだよね」

「でもさ、それってVチューバーにならなくても出来ることだよね。夜川さんは学校で友達も多いみたいだから、ゲームや会話に誘えばいいんじゃない?」

「ま、そだね。でも、なんていうか……そういう友達とはちょっと違うかな」


 迷いを見せる夜川さんに、ヒロトはもう少し深く切り込んでみることにした。


「ちやほやしてくれるファンやリスナーが欲しい?」

「あははっ、そう思っちゃうよね。でも、そういうのなら中学の頃にもうお腹いっぱい」


 夜川さんはタヌキみたいにお腹をポンポコと叩いてみせる。明け透けな言葉にヒロトの中で夜川さんの評価が変わり、同時に興味も出て来る。


「月並みな言い方だけど、Vチューバーは楽しいことばっかりじゃない。自分の世界をつくるには並大抵じゃない影の努力が必要だよ」

「だと思う」

「誰かとコラボを成立させるには関係性をつくらなくちゃならない。自分から声を掛けるのも、声を掛けてもらうのも難しい」

「それはそうだと思うけど……河本くんはあたしがVチューバーやるの嫌だったりする?」

「心構えの話をしてるんだ。自分が楽しむためにやるんだとしても、Vチューバーとして活動する以上は視聴者のことを考えないわけにはいかない。悪意のある誹謗中傷はもちろん、頭のおかしい奴が寄ってくる。はっきりと言っておくと、セクハラも酷いものだよ。匿名性を勘違いした最低の人間が言葉のナイフを向けてくる」


 ヒロトの言葉を夜川さんは真剣な表情で聞き続けていた。


「頑張って人を集めても、新しい刺激を発信していかないと視聴者に飽きられ、徐々に離れていく。意識しないはずだった数字が、夜川さんを苦しめるかもしれない」

「わ、私はっ!」


 耐えられないと立ち上がったのは、香辻さんだった。


「私は、Vチューバーをやってて、苦しいことも辛いこともあったけど! 楽しいことも嬉しいこともいっぱいありました! こうして素敵な出会いもありました! だから、今が人生で一番楽しいです!」


 熱弁を振るった香辻さんは、「ダメなんですか?」と問うようにヒロトを見つめる。


「あたしも……そんな風に言えるようになりたいな。ダメかな、河本くん?」


 香辻さんの勇ましい言葉に背中を押されたのか、夜川さんが言う。


「反対ってわけじゃないんだ。言い方がキツくなっちゃったね、ごめん」


 自分が悪かったとヒロトは、夜川さんに頭を下げる。


「別にいいって~。あたしは河本くんや香辻さんのことよく知らないし、二人もあたしのこと知らないんだからさ」


 そう言って夜川さんは朗らかに笑う。こういうところが男女や年齢に限らずに好かれる理由なんだろう。


「オッケー。それじゃ、夜川さんはどんなVチューバーになりたい?」

「どんなって? VチューバーはVチューバーでしょ?」


 夜川さんは首を少し傾げて黒目を上に向ける。


「参考に香辻さんなら、どう答える?」

「え、私ですか。そうですね、アオハルココロちゃんみたいになりたくて、Vチューバーを始めましたって答えます」


 ブレない答えにヒロトは頷いてから夜川さんを見る。


「夜川さんには、憧れてたり目標にしたいVチューバーさんはいる?」

「あたし、まだそんなに詳しくないから~。でも、アオハルココロちゃんとか灰姫レラちゃんみたいなのいいよねー。全部を思いっきりやってる!って感じ」

「はぅぅ……」


 恥ずかしがった香辻さんは氷が溶けて薄まったオレンジュースをストローで啜る。


「なるほど。夜川さんは、Vチューバーになってやりたいことはなに? 例えば、色んな人と仲良くしたい、歌を広めたい、人気者になりたい、お金を稼ぎたい、大舞台でスポーツ実況をしてみたい。なんでも良いんだけど、少しでも具体的に目指す方向があるなら、最初に考慮したほうがいいからね」

「んー、どうだろう? そういうのもよく分かんないなー。最初にも言ったけど、とにかく楽しいことがしたいかな。それだけじゃダメ?」

「もちろんダメってことはないよ。あくまでただの質問」

「ま、いいけど、なんでそんな面接みたいなこと聞くの? もしかして適性テスト的な?」


 意図がわからないと夜川さんは怪訝そうに眉を寄せる。


「Vチューバーには個人と企業、大きくわけて2通りのやり方があるんだ。さっき挙げてもらった二人、灰姫レラは個人Vチューバーで、アオハルココロは企業所属だね」

「それって何が違うの? お給料とか?」

「もちろんそういう面もあるけど、簡単に言ってしまえば自由度かな。個人なら自分がやりたいこと・好きなことにチャレンジできる」

「え、いいじゃん」

「でも大きなことを成し遂げるのは大変だよ。自分1人の力が及ばないことは沢山ある。企画や準備したり、協力者を探したり、Vチューバー的な活動以外のことに多くの労力を割かなくちゃならない」

「あー、そういうのは苦手かも。最初からあるものを盛り上げるのは得意なんだけどね」


 クラス行事での夜川さんを見ているのですぐに納得できた。夜川さんは自分で創り出すタイプではない。


「あとトラブルが起きた時も自分で対処しなくちゃいけない。Vチューバーの活動の多くは他者の権利と隣り合わせなところがあるから、法律的なトラブルを抱えるかも知れない」

「それは怖いねー」

「もちろん個人でも大きなことを成し遂げた人たちはいる。大勢のVチューバーを集めて、楽曲やその他の権利関係をクリアして、紅白歌合戦や大型バラエティ番組を成功させた人たちだ。尊敬すべきチャレンジャーだね」


「へー、それで企業Vチューバーはどうなの?」

「きちんとした企業って前置きで話すよ。企業所属のメリットはバックアップがあることだね。宣伝やイベント、そして同僚がいることかな。特に同僚の存在は大きいよ。企業やグループに固定ファンがいるから、最初から動画や配信を見てくれる人が期待できる。同じ所属ならコラボがしやすい。自分からガンガン行くのが苦手な人でも注目してもらえる」


「いいことづくめだね!」

「基本はね。その分、企業に所属するにはハードルがある。企業のタレントだから出来ないことも多いし、さらに言っちゃえば自分の都合とは関係なくVチューバーを続けられなくなる可能性もある。逆に辞めたくても辞められないとかもね」

「うんうん、タレントは世知辛いね~」

 夜川さんは訳知り顔で頷く。


「それでも、Vチューバーとして生活したかったり、あるいはチャンネル登録者数10万人、ライブ開催なんてことを目指すなら。企業所属をオススメするね」

「個人でやってる河本くんが企業をオススメするのは、ちょっと意外です」


 香辻さんはキツネに化かされたみたいに不思議そうだ。


「Vチューバーを続ける上での一番の問題はモチベーションだからね。個人で長期間、それもコンスタントに活動を続けるのは本当に大変なことだよ」

「灰姫レラちゃんの半年で動画100本以上ってやっぱすごいんだねー」

「うん、同じ目標を立てたとしたら、99%の人は途中で折れると思うよ。だから凄いんだ」


 ヒロトと夜川さんの会話に香辻さんは恐縮した様子で俯き、小さな声で「そんなことないです」と漏らす。


「あたしは飽きたら辞めちゃえばいいかなーって思ってるから、個人でゆる~くVチューバーやる感じがいいな」

「うん、分かった。個人なら無理に続ける必要はないからね」


 個人勢から企業所属になったり、またその逆もあるけれど夜川さんに必要のない説明だろうと省くことにした。


「次に決めなくちゃいけないのはVチューバーをするための手法だね。一番手軽な方法は、スマホ向けに提供されているVチューバーになれるアプリを使う方法」


 ヒロトは自分のスマホにインストールしてあるアプリを起動し、表示された3Dモデルを弄ってみせる。


「こうやってパラメーターを増減させれば顔や体型が変わって、服を変えたり小物で装飾したり、ゲームみたいに3Dのキャラを簡単につくることができるんだ。オリジナリティに欠けるって言ったりする人もいるけれど、それはその人の想像力が足りないだけ。細かく設定すればオリジナリティは十分だせるよ」

「へー、メイクアプリっぽいね。あはっ、こうするとカエルっぽーい!」


 スマホを渡すと、夜川さんは実際にアプリを触ってキャラクターを動かして遊び始める。


「衣装や小物が簡単に変えられるのもメリットだね。バージョンアップが入れば新しい要素も追加される。ワンメイクだとモデル自体の変化やコスプレは難しいからね」

「ファッションが楽しめるのはいいね~」


 表示されているモデルにメイド服や制服を着せて夜川さんは盛り上がる。


「ただ注意しなければいけないのは、こういうアプリは配信プラットフォームと提携している場合が多いんだ。そこは調べて、実際に配信している人を見て確認しておいたほうがいいかな」

「配信する場所でなにか違うの?」

「システムとか色々あるけれど、一番は場の雰囲気かな。アイドル志向だったり、音楽系の人が集まってたり、雑談がメインだったり、ゲームに特化してたり、あるいは視聴者同士の繋がりが強かったりと千差万別。あまり言及する人は少ないけれど、配信する人とプラットフォームの相性ってとても重要だから、色々と見てみるのは大切だよ」


 ヒロトの説明に香辻さんが頷いて、説明を付け足す。


「複数のプラットフォームを使い分けているVチューバーさんもいますよね。違う場所だと新鮮に思えたり。あとは規約で配信や収益NGのものもありますからね」

「そういう規約とか面倒くさいねー。3DのVチューバーアプリがそうなら、あの2Dのイラストっぽい動くやつだったら、もっと簡単にできたりしないの?」


 夜川さんの質問にヒロトは苦笑する。一般人の感覚からすれば、いかにもコンピューターな3Dより、イラストそのままにみえる2Dの方が簡単に思えてしまうのだろう。


「2Dが3Dより簡単なんてことは無いし、その逆もね。ただ2Dは3D以上に千差万別かな。Vチューバーに明確な定義はないから、極端な話をすればまったく動かない1枚のイラストを配信画面に貼り付けてるだけでも良いし、格闘ゲーム並に秒間60フレームに対応してフルでアニメーションしたっていい」

「どんな方法にもそれぞれの良さがありますよね!」


 胸を張る香辻さんの言葉にヒロトも頷く。


「2Dでデビューして3D化が一つの目標や成功の証という流行りがあるけれど、それにこだわる必要は一切ないからね。自分の活動に合ってるのが一番だよ」

「そっかー。ねっ、2Dのイラストって、あたしが描いても動かせたりする?」

「専用ソフトできちんと設定ができればね」

「じゃあさ! こんな感じでー、女の子を……」


 鞄から数学のノートを取り出した夜川さんは、まっさらなページにさらさらとペンを走らせる。

 集中しているので、ヒロトと香辻さんで三人分の飲み物を新しくドリンクバーから汲んでくることにした。

 そして、10分ほど一心不乱に描き続け――。


「どうこれっ!」


 自信満々の夜川さんは、破れんばかりの勢いでノートをテーブルの中央に広げた。


「えっと……」


 感想に困った香辻さんがこちらを見るので、ヒロトは仕方なく聞くことにした。


「羊頭のバケモノ?」

「ちっっがーーーう! 誰がどうみても、可愛いネコミミの女の子じゃん!」


 夜川さんは心外だとムスッと口を尖らせる。しかし、どう見ても深淵からこちらを窺っているバケモノだし、それだけが描かれたノートがテーブルに広げられている様子は邪神を呼び出す儀式の途中のようだった。


「……夜川さんは画伯系だね」

「画伯って言わないでよーー! そんな風に言うなら河本くんも描いて!」


 押し付けられたペンをヒロトは思わず握ってしまう。


「絵は得意じゃないんだけど……」

「フフフッ、あたしを馬鹿にしたんだから、河本くんも恥ずかしいの見せてよね!」


 なぜか勝ち誇る夜川さんと、なぜかハラハラしている香辻さんに見られながらはヒロトはそれっぽく女の子を描いていった。

「これでいいかな」

 最後に瞳にハイライトを入れて完成だ。


「うっ、普通にネコミミの女の子じゃん。リアルっぽいっていうか、外国っぽいけど……もっと、こう棒人間みたいの描くと思ってたのに……」


 期待はずれだと打ちひしがれる夜川さんに、人を呪わば穴二つとヒロトは追い打ちをかける。


「一応3Dモデリングの勉強をしているからね」

「えーーー、ずるい! もしかして、灰姫レラの身体って河本くんが作ったの?」

「灰姫レラをいちから作ったのは香辻さんだよ。僕は3Dモデルに少し手を加えさせてもらっただけで」


 ヒロトが説明すると、香辻さんがちょっと待ったと手を突き出す。


「少しじゃないです! 完全にアバター2.0です! 別物ってぐらいバージョンアップしてもらってますから! 河本くんの3D技術、本当に凄いんです!」

「香辻さんのオリジナルがあってこそだよ。灰姫レラのデザインは僕じゃ生まれないものだ」


 そういった創造性が自分にないことにヒロトは自覚的だった。


「ってことは、香辻さんも絵が上手いだよねー。描いて描いて!」

「えっ、あ、はい……」


 押し付けられたペンとノートに困惑しながらも、香辻さんは絵を描き始める。

 香辻さんはペン先までしっかりと意識して一本一本の線を丁寧に引いていく。ヒロトや夜川さんがさっさとせっかちにペンを動かしていたのとは違った。

 香辻さんの真剣な眼差しに引き込まれるように、ヒロトも夜川さんも口をつぐみ焦らずに完成を待った。


「……ふぅ、こ、これでどうでしょうか」


 不安そうにペンを置く香辻さん。

 ノートの上には現れたのは、はにかんだ笑顔のネコミミの女の子だ。


「かっわいい! 河本くんの100倍可愛い!」

「僕と比べなくていいから。でも本当に素敵だね。特にこの笑顔がいいと思う」

「ありがとうございます……っ」


 夜川さんとヒロトの言葉に、香辻さんは恐縮した様子だけれど、小さな身体を縮こめながら嬉しさを噛み締めている。もし彼女がイヌなら伏せの姿勢で、これでもかと尻尾を振っていそうだ。


「あたし、この娘にする!」


 そう言って夜川さんはクマが鮭を捕まえるみたいにノートを掲げる。お風呂場で最高のアイディアが思いつたアルキメデスのように今にも走り出しそうな勢いだ。


「えっ? え?! ええええええええ!!」

「香辻さんに描いてもらったこの娘でVチューバーやる! ダメかな?」

「ダメってことは……で、でも、色も何もついてないし……」

「自分で塗る!」


 任せろとばかりにガッツポーズをする夜川さん。


「いや、夜川さんが自分で塗るのはやめた方が……」


 あの画伯絵を見た後では、原形すらなくなる予感しかなかった。


「せっかく香辻さんが描いてくれたんだもん。それにこれなら灰姫レラちゃんとお揃いだもんね~」


 夜川さんはもう誰にも返さないとばかりにノートを抱えようとするが。


「このイラストは待って下さい!」


 真っ赤な顔した香辻さんが止めようとノートの端を引っ張った。


「香辻さんがそんなに嫌なら……」

「い、嫌じゃないです! 私、もっとちゃんと描きます! 夜川さんが魂になるVチューバー、私に描かせて下さい!」


 決意を口にした香辻さんは、初めて夜川さんの目を自分から真っ直ぐと見つめる。


「ホントに! ありがとーー! 香辻さん大好き!」


 子供みたいに嬉しがる夜川さんを尻目に、ヒロトは肘でちょんちょんと香辻さんの腕を突く。


「請け負っちゃって大丈夫? 分かってると思うけど大変だよ」

「そこはがんばります! 喜んでもらえて嬉しいですし、灰姫レラに姉妹ができるのって……えへへ」


 噛み締めた嬉しさが香辻さんの唇の端から漏れていた。


(同じママを持つVチューバーができるのが嬉しいんだろうな。僕やスミスは裏方だから……)


 Vチューバーにとって同じキャラクターデザイナーから生まれた兄弟や姉妹は特別な存在だ。たとえ所属が違ったとしても、同じバーチャルな世界に居るというだけで嬉しいと聞いたことがある。


「分かった、香辻さんがそう言うなら、僕も協力するよ」


 灰姫レラの経験としてとても良いと思った。どんな結果になったとしても、経験が糧になることは間違いない。


「河本くんも! やったー! 二人とも本当にありがとうね! そうだ、今日はあたしがおごっちゃうよー! ほら、メニューみて! このグラタンとか、ハンバーグとか、パフェもいいよね~」


 テンションがあがった夜川さんは、席に置いてあったメニューを次々に開いてテーブルをいっぱいにして、コールボタンを押した。


「さあ、選んで選んで!」


 そう急かされているうちに店員さんが来てしまい、


「ご注文はいかがしますか?」

「それじゃー、マルゲリータピザとパンチェッタカルボナーラと山盛りフライドポテトに唐揚げと季節の野菜エビサラダにハンバーグとラザニア、それとミックスベリーのパンケーキ、あとはピーナッツクリームサンドもっ!」

「夜川さんストップ! そんなに食べられないって!」

「へいきへいき~、3人もいるんだし! 店員さん、それと最後にソフトクリームあんみつとババロアも!」

 止めるヒロトを強引に押し切った夜川さん。

「これは……決戦ですね」

 静かに覚悟を決めた香辻さんがまるで剣豪宮本武蔵のようにフォークとナイフを手にした。


 届いた料理は隣の席のテーブルまで埋め尽くすことになり、3人は死闘を繰り広げることになったのだが、それが誰かの口から語られることはないだろう。

Vチューバーを始めたいという夜川さんのために、

キャラクターをデザインすることになった香辻さん。

果たして上手くいくのでしょうか?


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