#01【自己紹介】はじめまして、灰姫レラです! (3)
翌日、ヒロトが登校すると香辻さんはすでに教室で待ち構えていた。例のVチューバーのスマホケースをこれ見よがしに机に置いて伏している。その姿はFPSで獲物がやってくるのを静かに待つような凛々しささえ感じる。
ヒロトが席に着くと、気配に気づいた香辻さんが突っ伏したままちらりとこちらの様子を伺っている。ヒロトは野生動物を撮影するカメラマンのように、気づかないふりをして教科書の準備を始める。
香辻さんはヒロトが筆記用具とノート類を取り出す様子を、つぶさに観察されていた。
その期待に応えるようにヒロトはリュックから、とっておきの一枚を取り出す。
「んっ!」
香辻さんからの圧が高まる。それまで昼寝していた野良猫が猫缶を発見したかのような殺気だ。
ヒロトが取り出したのは一枚のクリアファイルだった。清楚な黒髪の女の子キャラクターがプリントされ、狂気を孕んだ文言が並んでいる。
エッチなクリアファイル並みに普段使いを躊躇うデザインだが、ヒロトはそれを右側から見えるように机の上に置いた。
「んんん!」
香辻さんは机に突っ伏したまま腕を噛んで呻いていた。Vチューバーのグッズであることに気づいたようだ。
ひとしきり悶絶し終わったところで、香辻さんは呼吸を整える。それからスマホを鞄にしまい、別のアイテムを取り出した。
5センチほどのアクリルキーホルダーだ。一見何の変哲もないVチューバーのキャラグッズに見えるが、ヒロトはその価値を知っていた。
(アオハルココロの不思議の国のアリスコスチューム限定アクキーだと?! シークレットイベント参加者だけが購入できたアレをもっているとは……)
ヒロトは衝撃に椅子からわずかに腰を浮かす。世界に300個しかないレアアイテムにまさか出会えると思っていなかったからだ。
(これは僕も本気にならないといけないな)
久方ぶりに自尊心を刺激されヒロトの心が踊った。リュックの奥に突っ込んだ手で取り出したのは、同じくアクリルキーホルダーだ。
勇気いっぱいの青い魔法少女と、そのサポート役の緑髪の少女のコンビが手を取り合っている。夕日に照らされる双輪の百合のごとく尊いキーホルダーだ。
(同じ学校という設定を活かした一対のコラボキーホルダー!)
クリアファイルと交換でヒロトはキーホルダーを右手でかざす。
「えっ?! 色……違い?」
香辻さんの零した吐息のような声に、ヒロトのテンションが上がる。
(やはり気づいた。初版は再販とはご学友の衣装の色が違うことに!)
次は君の番だというヒロトの視線に、香辻さんは力強く鞄に手を入れるとカードバインダーを取り出した。パラパラとめくり、バインダーの半ばほどで止めると、一枚のキラカードを引き抜く。
(それはダサTシリーズのシークレットのアオハルココロ・エルフVer!)
アオハルココロが渋谷で初めて行ったコラボカフェで、いちごのショートケーキを頼んだお客さんだけが確率で当たった激レアカードだ。転売対策で事前告知が無かったため、入手できた人は少ない。
レベルの高さに息を呑んだヒロトは、伏しめがちに顎を触る。
(現地でしか入手できないアイテムなら僕だって!)
ヒロトもデュエリストの如く手帳を開くと、キラカードを取り出す。二本の指で挟んだカードをこれ見よがしに、動かし表裏を香辻さんに見せびらかせる。
(どうだ、女神とお姉さんのプレミアム両面カード! 池袋の書店イベントで抽選でしかゲットできなかった逸品だ)
カードを目にした香辻さんは、物欲しそうに口を開けている。
「……ハッ!」
このままでは負けると思ったのか、それとも垂れそうなよだれを我慢するためか、また自分の手の甲を噛む。まるでヴァンパイアが喉の渇きを耐えているかのような表情だ。
苦悶する香辻さんは鞄から小さな包装を取り出した。
(それは! アオハルココロのお手紙コーナーで「引きこもりのストレスから胃を守る薬が欲しい」という話から奇跡のコラボに発展した胃薬!)
日常から生活の中にVチューバーと共にあるという香辻さんの覚悟を感じたヒロトの目が熱くなる。
涙を誤魔化そうと、ヒロトはポケットから取り出した目薬をさす。秋を告げる鈴虫のような清涼感が、熱くなっていた目に心地よかった。
「それ……別コラボ……!」
思惑通り香辻さんは気づいたようだ。一日中スマホやPCで動画画面を見ているヒロトに目薬は必需品。当然、多少割高でもVチューバーコラボの商品を使うのが筋というものだ。
ヒロトが「なかなかやるな」と笑みを浮かべると、香辻さんも「あなたこそ」とでも言いたげに口元に笑みを浮かべる。
『実弾』の撃ち合いに、ヒロトは心躍っていた。なにも期待していなかった学校に、クラスメイトに、まさか自分が興味を持つとは思っていなかった。
(次の反撃は何だ?)
期待の視線の先で香辻さんが動く。
しかし、ここでチャイムが鳴ってしう。
「はーい、着席」
担任の近藤先生がやってきて水入りだ。
ヒロトも香辻さんも、急いで自慢のアイテムをしまうと、何事もなかったかのように黒板の方を向く。
戦場の昂奮も痕跡も、全ては最初から無かったかのように消え去った。
授業中も香辻さんはこちらの様子をチラチラと窺っていた。
機会を狙うスナイパーのような雰囲気は、勝負はまだ着いてないと雄弁に語っている。
ヒロトも無論そのつもりだ。一人のVチューバー好きとして、挑まれた勝負から尻尾を巻いて逃げるなんてできない。
二人とも臨戦態勢だが、授業中は動けない。先日のヒロトの失敗を二人とも繰り返すつもりはない。ただでさえ短い休み時間も、体育や移動教室を挟んだりで消費してしまう。
決着は昼休みだ。
言葉を交わさずとも二人には分かっていた。
(開幕はインパクトが重要。となると限定ボイスの再生という手が……いや、下手に目立つと香辻さんに迷惑がかかる。ここはサイン入り限定缶バッチで――)
何も知らないクラスメイトたちが漫然と授業を受けている中で、ヒロトは、そして香辻さんもだろう牙を爪を研いでいた。