#04【神曲降臨】伝説の作曲家に会ってみた! (7)
【前回までのあらすじ】
勝負は桐子の大逆転で幕を閉じた。
約束通りブラックスミスは楽曲の提供を承諾し、ヒロトの過去について語りだす。
どうしてヒロトはアオハルココロのもとを去ったのか、その謎がいま明らかに。
「やったああああああああ!」
祈るように抱きしめていたマイクを高らかに掲げ、桐子は喜びに飛び跳ねる。
「私、勝ちましたよっ!」
思わず横を見てしまったけれど、もちろんそこには誰も居ない。
居ないけれど見守っていてくれる、そんな気がしていた。
だから、この勝利は自分だけのものじゃない。
「ありがとう、河本くん……」
言葉にすれば、何かが届くか知れないと思った。
「土壇場で逆転されるとはなぁ」
少し悔しそうに言ったスミスさんは、勝負の結果に従うとばかりに武装を解除する。
「スミスさんがヒントをくれたお陰です。私が本当に一人だけだったら、絶対に勝てませんでした」
「ヒントは俺の自己満足だ。あんたの歌が俺に負けを認めさせた、それが全てだ」
「私の歌じゃないです。スミスさんが作曲したアオハルココロちゃんの歌です」
桐子の言葉にスミスさんは「分かってねえな」とつぶやく。
「音楽をやってる瞬間はなぁ、誰の持ち歌とか著作権とか、そういうのはノミの耳くそほども価値がねえんだ。歌ってるやつ、演奏してるやつが、その世界の中心だ」
「私が中心……」
スミスさんの言葉に桐子は高鳴ったままの胸を押さえる。
「さっきのあんたの歌、悪くなかったぜ」
「あ、ありがとうございます! アオハルココロちゃんの歌は大好きだから! いっぱいいっぱい練習したんです! ど、動画も公開しちゃったりしてます……」
桐子の声は尻窄みに消えていく。作曲した本人を前にして、何を言ってるんだと急に冷静になってしまったのだ。
「アオハルココロのファンってのはよーく分かった。だから、一つ教えろ」
「は、はい、私で答えられるものなら」
どんな厳しい質問が来るのかと桐子は身構える。
「どうして『エモートボム』を選んだ? 最近リリースした『アオイソラ』とか、もっと歌いやすい曲があっただろ。俺が作曲した曲で、俺に喧嘩を売りたかったのか?」
「喧嘩だなんて違います! この曲が……、辛かった時に勇気をくれたから……一歩を踏み出す時に背中を押して欲しくて選んだんです」
一人だけで頑張っている頃に、何度この曲から力をもらったか分からない。桐子にとって特別な曲の一つだった。
「おい、フリフリ、あんたにとってアオハルココロって何なんだ?」
「質問って一つじゃ」
「いいから答えろ」
「憧れです。少しでも近づきたい憧れなんです」
桐子の答えを聞いたスミスさんは汗でも拭うように顔に手を当てる。
「なるほどなぁ……それでヒロトは俺を選んだわけか……全部『灰姫レラ』のためか、クソが」
少し悔しそうな独り言とは裏腹に、スミスさんの口元には笑みが浮かんでいる。
「えっと、どういうことですか?」
「歌ってみた動画を公開してるってことはだ、ヒロトの奴はあんたがアオハルココロの曲だけは歌えることを知ってたよな」
「はい、河本くんは灰姫レラの動画を全部見たって言ってたので……」
桐子が頷くと、スミスさんは目を見開いて手を広げる。
「灰姫レラを120%活かすなら、『アオハルココロの楽曲』が必要だってことだよ。それも誰も聞いたことがない! 俺の実力じゃなくて、灰姫レラの可能性を信じてやがる……ほんと、腹が立つぜ!」
悪態をつきながらスミスさんは白い歯を見せる。
「なんだか嬉しそうですね……あっ」
思わず呟いた桐子をスミスさんはじろりと睨む。
「ヒロトの奴は昔からそうだ……はぁ、約束通り少しだけ昔話をしてやるよ。アオハルココロとヒロトに何があったのか」
ごくりと生唾を飲み込み桐子は心の準備はできていると、こくりと頷く。
「俺がヒロトと出会ったのは、あいつが3人目のVチューバーのプロジェクトを立ち上げた頃だ。だから、それ以前のことはよく知らねえ」
そう前置きをしてスミスさんは話し始める。
「ネットゲームをやってて、あいつに作曲家としてスカウトされた」
「ゲームで? 音楽ゲームとかですか?」
「ちげえ、『ファンタジーランド』っていう、モンスターをぶっ倒したりクエストしたりする普通のMMORPGだ。たまたま同じパーティを組んでて、ボイスチャット中に俺が聞いてた音楽のタイトルをヒロトの奴が尋ねた。そんなものはねえ、俺が作った曲だって答えたんだがよ、それが運の尽きだった」
純粋に懐かしいのか、スミスさんは小さく笑う。
「俄然興味を持ったヒロトは俺を作曲家にスカウトした。趣味でやってた俺は面倒くせえって断ったんだが奴は諦めなかった。しつこく勧誘してきて、とうとう俺もその気にさせられて引き受けちまった。いま名乗ってる鍛冶師ってのも、その時の職業からあいつが付けたんだ」
気難しいスミスさんの懐に入り込んで、その気にさせる河本くんの姿が目に浮かぶようだ。
「河本くんって、人をのせるの上手いですよね」
「詐欺師にでもなってればよかったんだよ、アイツは」
本気混じりに言うスミスさんに、桐子は思わず声を出して笑ってしまった。
「アハハハ、でも、河本くんがネットゲームってあんまり似合わないですね」
「その時のヒロトは有名プレイヤーを、新しいVチューバーの中身に勧誘しようとしてた。俺を見つけたのはそのついで。そういう人たらしだ」
自分はそれに引っかかったとスミスさんは自嘲する。
「まあ、その後に色々あって、プロジェクトを立ち上げちゃあ潰れてを繰り返して。もういい加減に諦めるかって、6人目だ」
「ついにアオハルココロちゃんが生まれたんですね!」
テンションの高い桐子に、スミスさんは苦笑して頷く。
「アオハルココロのプロジェクトも順風満帆ってわけじゃねえ、むしろトラブル続きだった。ヒロトはもちろん、他のメンバー全員が癖の強い連中でぶつかることもあった。それでも、不思議と馬が合ったから、楽しくやれた。まさに『夢中』って言葉がピッタリだったなぁ……」
口の悪いスミスさんらしくない言葉。最高の時間を過ごしたのだろうと思うと、桐子は少し羨ましくなった。
「その甲斐あってか、アオハルココロの人気が爆発。コラボカフェやら関連商品、そして楽曲や生ライブとプロジェクトの規模は一気にでかくなっちまった」
歓迎していなかったようなスミスさんの口ぶりだ。
「金にセキュリティ、人手不足、引き抜き、襲いかかってきた問題を数え上げたらきりがねえ。プロデューサーとしてヒロトが処理していったんだが、破綻するのは目に見えてた。いや、正確に言えば、最初から破綻する作りになってた」
「最初から? そんな時限爆弾みたいな」
「少人数のチームで支えきれないことが分かってて、ヒロトは『終わり』を目指して突っ走ってたんだよ。アオハルココロの『死』という最高の形でプロジェクトを終わらせようとな」
「え、で、でも……アオハルココロちゃんは今も……」
スミスさんの言葉に、桐子はブルッと身体を震わせる。気温が数度下がってしまったかのように感じ、鳥肌が立っていた。
「メンバーの中にも、時限爆弾を抱えて崖に向かって走る列車に自分たちが乗ってるって自覚のあるやつも居たが、大抵はそうじゃなかった。あるいは気づいていても無意識に否定してた。だから、直接にヒロトがプロジェクトの終わりを口にした時、メンバーの意見が大きく割れた」
口ぶりからして、スミスさんは河本くんの意図に感づいていたようだ。
「ヒロトの暴走になんだかんだとついてきたメンバーも、今度ばかりはイかれてるって言ってたよ。それほどアオハルココロはでかい存在になってたからな」
熱狂的なファンの桐子には、アオハルココロちゃんの人気の凄さは十分以上に分かっている。何十万、何百万人という人に影響し、何十億というお金が動いたことぐらい想像がつく。
「決行はラストライブだった。そこでアオハルココロを『殺す』とヒロトは譲らなかった」
「ラストライブって……青春黙示録を発表した……インディーズ最後の……」
何度も見たライブだからセットリストだけでなく、細部の演出までしっかりと覚えている。もちろん、アオハルココロちゃんが死んでしまう演出はない。
「あのライブの最後、校舎から飛び降りたアオハルココロは消えて、プロジェクトの終了が知らされる……はずだった」
「でも、実際にはアオハルココロちゃんはファンの前に降り立って、メジャーデビューを発表した……」
現実が、目の前にあると信じていたものが崩れ去っていく。そんな目眩に似た感覚に桐子は襲われる。
「反対してたメンバーが結託して、プログラムを変えやがった」
スミスさんは言葉の端に、怒りと悔しさを滲ませる。
「あの時、校庭に降り立つアオハルココロを見たヒロトの顔は……」
その先をスミスさんは言わない。
言葉にはできないのかもしれない。
「生き残ったアオハルココロは、裏で決まっていた大手事務所に移籍。ヒロトも破格の条件で誘われたが、当然断った」
VRワールドで会ったアオハルココロちゃんが、河本くんに言っていたことが脳裏を過った。
アオハルココロちゃんは河本くんが一緒に来てくれると信じていた。だから「捨てられた」と思ったのだろう。
「そのお誘いを、スミスさんも断ったんですよね? なぜですか?」
「俺が見たかったのはアオハルココロの続きじゃねえ。あいつの……ヒロトの夢の続きだ」
スミスさんは力強く言って、遠い過去ではなく、桐子に目を向ける。
「やっぱり、スミスさんはツンデレですね!」
「うるせぇ」
厳しい態度で悪態をついても、河本くんのことを想っていてくれたのが桐子はただただ嬉しかった。
「どんなにヒロトの性格が歪んでいようと、プロデューサーとしてのあいつはマジモンの魔法使いだ。そのプロデュースについてこれない無能の方がふるい落とされたってだけの話だ」
当然だと笑うスミスさんに、桐子は少し引っかかりを覚えた。
「ふるい……あれ? ということはです……もしかして、私、テストされてたんですか……」
「フリフリな脳みそでようやく理解できたか?」
「私をイジメて悦に入りたいだけのドSなのかと思ってました」
「バカか! テストするつもりがなきゃ、俺になーーんのメリットもない破格の条件つけねえよ。あんな、甘い採点で合格させてやったんだから、俺の慈悲深さをフリフリの脳みそに刻みつけておけよ」
「は、はい! 肝に銘じておきます!」
スミスさんは呆れながら桐子の眼前に指を突きつける。
「それで、あんたはアオハルココロに『勝つ覚悟』はあるのかい?」
「覚悟?! まるで勝つ前提みたいな」
「『もし勝ったら』なんて甘い話じゃねえんだ。俺とヒロトが組む以上は、何が何でも灰姫レラを勝たせるってことだ。『こんなはずじゃなかった』なんて寝言は、これから先は一切許されねえ」
血判状を突きつける浪士のようにスミスさんは迫る。
その気迫に怖気づくぐらいなら、最初から桐子はこの場に立っていない。
「覚悟します。私、アオハルココロちゃんに勝ちたいです! 河本くんはアオハルココロちゃんのプロデューサーに戻ったほうが、成功とか幸せとか手に入るのかも知れない。だけど、私は河本くんと一緒にVチューバーを続けたいんです! わがままだけどっ!」
「悪くない答えだ。わがままの一つでもなきゃ、覚悟は通せねえからな」
スミスさんはニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。
「だがな、言葉だけじゃ何とも言える。覚悟は行動で示してもらうぜ」
「何だってしてみせます!」
「へー、いいのか? 今から最上級の羞恥プレイをしてもらうことになるんだぜ」
「へっ? えっちなことですか?!」
思わず自分の胸を押さえる桐子だったが、VR空間のスミスさんに伝わるはずもない。
「あんたには歌詞を書いてもらう。俺はそれに合わせて曲をつける」
「わ、私が作詞ってことですか?!」
予想していなかった『羞恥プレイ』に驚き、桐子の声は裏返っていた。
「詞なんて書いたことないです! せっかくのスミスさんの楽曲に、ご迷惑をおかけしてしまいます!」
「がたがた言うんじゃねえ! 3日だ。72時間以内に納得できる詞を作って持ってこい!」
「3日?! 初心者には短すぎませんか?」
「それとだ、ヒロトの奴に手助けを求めるのもなしだ」
「私一人で?! 国語の成績は河本くんのほうがいいんですよ!」
「知るか! やれる、やれねえ、じゃねえっ! アオハルココロに勝つために、あんたがやるんだよ。さあ、これ以上のおしゃべりは無しだぜ。次に会う時は、詩が完成した時だ。じゃあな」
一方的に言い放ったスミスさんの身体が、光の粒子となって消えていく。
「待ってください! せめて作詞のやり方だけでも教えてくださーーい!」
追いすがる桐子の前で、スミスさんは『アッカンベー』のモーションの残像を残し、完全にログアウトしてしまった。
「はぁぁぁぁぁ…………」
盛大なため息をついて桐子は肩を落とす。
「私が作詞なんて……」
何から手を付けたらいいのかさっぱり過ぎて、プレッシャーを感じる以前の問題だった。
「とりあえずネットで調べて……と、その前に何か飲み物を」
机に置いたマグカップはとっくに空になっていた。
マグカップを手にして部屋のドアに近づく。閉めたはずのドアに少しだけ隙間が出来ていた。
不審に思って、そっとドアを押し開けると――。
「紅葉、なにしてるの?」
寝間着姿の妹が廊下に座り込み、猫のノラちゃんを抱いていた。不自然に身を乗り出していて、まるで部屋のドアにでも耳を当てていたような――。
「お姉ちゃん、合唱部に入ったの?」
さっきの歌をおもいっきり妹に聞かれてしまっていた。
「ち、違うから!」
姉としての最後の矜持を失うわけにはいかないと、桐子は精一杯強気に言って、大股で階段を降りていく。
(部屋に鍵がつけられないか、お母さんに頼んでみよう……)
そして、次に歌う時は頭から毛布を被って防音に気をつけようと、桐子は心に固く誓った。
ブラックスミスから楽曲提供の約束を取り付けた桐子だったが、作詞が条件だった。
桐子は一体どんな詞を書き上げるのか?
次回から#05に突入。
アオハルココロとの対決を前にしばしヒロト視点で、お送りしていきます。
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