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#04【神曲降臨】伝説の作曲家に会ってみた! (1)

【前回までのあらすじ】


アオハルココロと対決する覚悟を決めたヒロトと桐子。

コラボ配信に向けて準備を進めていくことに。


しばし桐子視点でお送りします。

■□■□香辻桐子Part■□■□


「香辻さん、あぶない!」


 横から伸びた河本くんの手が、落ちていくおにぎりをすんでのところで空中キャッチする。


「ふぁあっ! す、すみません!」


 反射的に謝った桐子は、河本くんの気遣うような視線に気づく。


「今日はずいぶん眠そうだね。授業中もウトウトしてたみたいだけど?」


 受け取ったお昼ご飯の鮭おにぎりは、ビニールのパッケージが空きかけだ。二つ目を食べようとした途中で一瞬気を失ってしまったようだ。


「興奮とか後悔とか色々で、昨日は全然眠れませんでした……」


 灰姫レラがアオハルココロちゃんに『宣戦布告』してしまったのだ。

 また勢いでやらかしてしまったと思う半面、憧れを間近にしたワクワクが止まらない。


「眠いのに、お昼休み呼び出しちゃってごめん。午後の授業もあるし教室に戻る?」


 心配する河本くんの顔が、手にしたおにぎりと重なった。


(私、いつも一人でご飯食べてたな……)


 河本くんは初めてできた友達――なんだと思う。


(灰姫レラが勝負に負けちゃったら、また私は一人に戻っちゃうのかな……河本くん、お昼ご飯ぐらいは一緒に食べてくれるかな……)


 そんな風に考えると胸がキュッと締め付けられる。

 冷たい風が吹いた時に、誰かがすぐ横にいる心強さを知ってしまったから――。


「大丈夫です! 眠いなんて言ってられません!」


 桐子は力いっぱいにおにぎりを齧ってみせた。海苔がパリッと小気味いい音を立てた後に、上顎にくっついてしまう。


「はぐぅ、の、海苔が、口に張り付いて、むぅうう……」


 慌ててペットボトルのお茶を飲んで流し込むと、さっきまで心配そうだった河本くんが笑っていた。


「じゃあ話を続けるよ。アオハルココロからコラボ配信の詳細が届いた」

「ごくり……何をするんですか? 勝負と言ったらやっぱりゲーム対決とか?」

「パフォーマンス対決って書いてあるね」

「うぅ、ゲーム対決の方がよかったような……」


 桐子の声は重い。パフォーマンスをして盛り上げることが灰姫レラに向いてない自覚ぐらいある。


「アオハルココロはどんなゲームをやらせても上手いけど、香辻さんもゲームの腕前に自信あるの?」

「いえ、全然ないですけど、珍プレーだったらワンチャンスあるかなって……」

「そんな偶然頼みで対決にのぞむの?」

「……ダメですね。でも、パフォーマンスであのアオハルココロちゃんと戦うなんて、竹槍で爆撃機に挑むようなものですよ!」


 興奮気味に訴える桐子に対して、河本くんは緊張の欠片もなく焼きそばパンを齧る。


「そう暗くなる必要はないって。むしろ、パフォーマンス勝負なら勝ち目はある」

「私には勝ち目のかの字も見えませんけど……」

「いいかい、ステージは生き物だ。カラオケの機械採点と違って、完成度だけで観客は熱狂したりしない。想いの先に、奇跡は起こせる」


 河本くんの言葉は力強いかったけれど、桐子の心は冷えたままだった。


「奇跡って言葉はアオハルココロちゃんみたいな人じゃないと……私みたいなクソザコには重すぎます……」

「香辻さんはアオハルココロを神聖視しすぎてる。彼女は神様じゃない」

「ツイッターのフォロワーが200万人いて、動画の再生数はダブルミリオンが当たり前! 私と比べたら天界に住んでる神様です!」

「数字はあくまで数字でしかない。アオハルココロだって、きみと変わらない一人のVチューバーだよ」

「違います! 歌、ダンス、英語スピーチ、モノマネ、一人コントや芝居、どれもアオハルココロちゃんは一流です! 私が出来るのなんて、そのアオハルココロちゃんの真似ぐらいです……」


 自分で言葉にすればするほど、落ち込んでしまう。そんなことではダメだと桐子も分かっている。でも自分の気持ちがままならなかった。


「なるほどね……」


 河本くんが肩の力を抜く。


(あっ、私、また……)


 呆れられてしまったのかと桐子が自己嫌悪に片足を突っ込む。


「アオハルココロだって、最初から全部上手く出来たわけじゃないんだ」


 そう言いながらスマホを操作した河本くんは、画面を差し出す。真っ暗な画面だけれど、真ん中の三角形で動画だと分かった。


「これは?」

「アオハルココロを一番最初に撮った動画。未編集バージョン」


 河本くんのタップで動画の再生が始まる。


「初めて……アオハルココロちゃんの……」

 とんでもないお宝映像に、桐子はいちファンとして身を乗り出していた。



『あー、あー、聞こえてるー?』


 黒い画面にアオハルココロちゃんの声だけが響く。


『こっちのイヤモニは快調だけど、映像が……あっ、映った!』


 真っ白いなにもない空間にアオハルココロちゃんの初代3Dモデルが表示される。先日、河本くんが使っていたのと同じものだけれど違和感があった。

 朗らかな笑顔もなく、磔刑に処されたかのように両腕を水平に伸ばして微動だにしない。


『トラッカーの設定がうまくいってないのかな? ちょっと待ってて』


「あ、この声って河本くんですか?」


 桐子の問いかけに、小さな頷きが返ってくる。

 映像の中ではしばらくグダグダと技術的なやりとりが続き――。


『あ、動いた……って、今度はピクピクしてるんだけど!』


 ようやく動き出したと思ったら、今度はアバターが痙攣していた。


『アハハハ、なにこれ! アハハハハッ! 面白すぎ!』


 大笑いするアオハルココロをよそに、『おっかしいなー』と困っている声が聞こえて来る。

 痙攣は10秒ほどで止まった。


『あ、直っちゃったー』


 アオハルココロちゃんは少し残念そうに言いながら、アバターの手足を動かして見せた。


『ふー、それじゃあアオハルココロの記念すべきデビュー動画の収録を始めるよ』

『はーい、オッケー……』


 明るく手を上げるアオハルココロちゃんだったけれど、心なしか声が緊張しているように思えた。


『それじゃあ5・4・3・2・1……!』

『…………えっ? もういいの? 挨拶、挨拶……なんて何て言うんだっけ? あ、そうだ、初めましてユーチューバーの、アオ、アオハルココロです!』


 最初で躓いてしまったアオハルココロちゃんは、そのままズルズルと挨拶の言葉を失敗してしまう。

 それはただのNGシーンというには、桐子にとって衝撃的な光景だった。


(うそ……滑舌完璧なアオハルココロちゃんが……失敗なんて……)


 瞬き一つも惜しいと、動画から目が離せなくなってしまう。


『もう1回最初から』

『はーい……』


 少し落ち込んだ声で答えたアオハルココロちゃんは、深呼吸するともう一度笑顔を作り直した。


『3・2・1……!』

『はじれまして……アオハルココロです、って、噛んじゃった……』

『あと頭の台詞忘れてるよ。もう1回。3・2・1……!』

『こんにちは! みんな見えてるー? はじめましてVチューバーのアオハルココロです! やったーー! 噛まずに言えた! これでいいんだよね!』


 ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶアオハルココちゃん。最高に愛らしいけれど、過去動画の河本くんの反応はよくない。


『そのアクション可愛いけど、挨拶は最後までいおうか。あと、画面に入り込んでくるタイミングがちょっと遅いかな、それと『見えてるー?』の後に一呼吸入れよう』

『うっ……はーい……』

『それじゃあもう一度』


 その後もアオハルココは失敗を続け何度もリテイクを重ねていく。


『できなーーいーーー』

『大丈夫、きみなら出来る。さあ、もう一度』


 弱気になったアオハルココロちゃんが降参だとお手上げしても、過去動画の河本くんは妥協を許さなかった。


 そして20回目にしてようやく。


『こんにちは! みんな見えてるー? はじめましてVチューバーのアオハルココロです!』


 ペコリとお辞儀をして。


『煌めく青春を胸に抱いて、あなたの心に想いを届ける! 永遠のセブンティーン、アイドルやってます!』


 くるりと回転して衣装を見せた後に両手を大きく広げて。


『歌やダンス、ゲーム実況、いろんなことにいっぱい挑戦して、皆を笑顔にしていきたいです! 応援よろしくおねがいします! ………………』


 アオハルココロちゃんは大きく手を振り続ける。


『はい、オープニング挨拶オッケーです』


 河本くんの合図でアオハルココロちゃんはようやく腕を下げる。


『はぁはぁ……これで大丈夫? わたし、ちゃんとアオハルココロになれてた?』


 成功の興奮とリテイクの疲弊でアオハルココロちゃんは肩で息をしながら、不安そうにカメラを見る。


『うん、いままさにアオハルココロが生まれたよ』

『やった!』


 笑顔で安堵するアオハルココロちゃんだったけれど、動画は終わらない。


『次は本編の撮影いくよ』

『はーーい!』


 周回を終えたレーシングカーがもう一度走り出すみたいに、アオハルココロちゃんは無理やりテンションを上げて返事をした。



 動画はまだ続いているけれど、河本くんはそこで停止ボタンを押す。


「一本目の動画からずいぶん難産だったよ」


 停止した動画の再生時間はまだ5時間以上も残っていた。


「でも、アオハルココロちゃん楽しそうでした。羨ましいぐらい……」


 桐子にも理由は分からなかったけれど、最後に余計な一言付け加えてしまった。


「楽しいだけじゃない。喧嘩もいっぱいした」


 そう言って、河本くんは次の動画を再生した。




『ちょっとヒロト! それ本気で言ってるの!』


 いきなり響いたのは、アオハルココロちゃんの大きな声だった。配信でするような演技ではなく、苛立たしさを直球でぶつける怒声だ。


(本気で怒ってる?! あのアオハルココロちゃんが?!)


 もちろん桐子は、そんな声をだすアオハルココロちゃんなんて知らなかった。


『本気だよ。演出とステージのオブジェクトは、こう変えた方が絶対に盛り上がるからね』


 画面外から聞こえてくるあっけらかんとした声は、どうやら河本くんのようだ。


『時計見えてるの? ライブ配信まであと5分しかないのに! VR会場にはもうお客さんが集まってる。いつ準備が終わるかも分からないのに待たせるつもり?』


『そうだぞ河本。いい思いつきだけど、今からじゃ、時間が足りない』


 アオハルココロちゃんの後に別の男性の声が続く。どうやら他のメンバーも河本くんの提案に否定的なようだ。


『1分だって待たせない。ライブ配信をしながら準備する。モデルとエフェクトの準備はできてるから、これをリアルタイムでステージパフォーマンスに組み込んで行けば良い、と言うかもうすでに一部はやってる』

『無茶苦茶だ……下手すりゃVR会場が参加者のアバターごと落ちるぞ』

『大丈夫、僕はシステムを知り尽くしてるからね』


 河本くんの言葉に他のメンバーたちから呆れ気味の嘆息が聞こえてくる。


『ダンスはどうするの? ステージの形が変わるなら動きも変えなくちゃならないでしょ!』


 ただ一人アオハルココロちゃんだけが食い下がるけれど、河本くんの返答は単純だ。


『HMD上に全て指示を出す。スミスが』

『え、なんで俺が?』


 冗談じゃないとメンバーが困惑しているけれど、河本くんは指示を変えない。


『さあ、早く動いて』

『ヒロト! 無茶だって言ってるでしょ!』


 河本くんの自分勝手な態度に、アオハルココロちゃんが完全にキレる。VR空間内のカメラを掴み、怒った自分の顔を大映しにした。


『こんな行き当たりばったり絶対に成功しない! ステージがめちゃくちゃになっちゃう!』


 アオハルココロちゃんの叫びに、収録スタジオが静まり返った。

 ライブ直前とは思えない重苦しい空気を破ったのは、河本くんの声だった。


『無茶、無理、無謀……そんな言葉はアオハルココロの前じゃ意味をなさない。きみなら、アオハルココロなら絶対にできる!』


 絶対の自信と最高の信頼が詰まった河本くんの声に、アオハルココロちゃんの動きが止まる。

 キッと釣り上がっていた眉がもとに戻り、口元に笑みが浮かぶ。


『ほんと……ヒロトはずるい。そんなこと言われたら、やるしかないじゃん』


 アオハルココロちゃんが覚悟を決めると、他のメンバーたちからはもう文句の声は聞こえない。


『記念すべきファーストライブ、観客全員に最高のアオハルココロを見てもらおう!』


 河本くんの言葉にアオハルココロちゃんが力強く頷く。


『みんな、いっくよーーー!』

『おぉおおおおお!』


 メンバーたちの掛け声でメイクング動画はちょうど終わりを迎えた。


 その後に何が起こったのか、実際のライブを見ていた桐子は知っていた。


「ファーストライブって!? もしかして『校庭のすみっこ』ですか!?」


 アオハルココロが一躍人気Vチューバーになった伝説のライブステージだ。再生回数は1000万回を突破していて、インディーズ最後のライブに次ぐ人気動画。


「世間じゃ、大成功だなんて言われてるけど、裏側は大混乱のぐちゃぐちゃ。そんな中でメンバー全員が最大限に力を発揮した」

「……」


 続けて再生されたライブ映像を桐子は食い入る様に見つめる。

 それこそ何十回も見たライブ映像だけど、今はまったく別のステージに見えてきた。


「ここ、ちょっとダンスをミスってるんだよね。カメラも追いついてないし」


 関係者のオーディオコメンタリー付きは、アオハルココロちゃんのファンなら誰もが羨む特典だろう。

 三曲目が終わったところで、河本くんは動画を止めて桐子に問いかける。


「奇跡は成し遂げられると思わない?」


 桐子は爪が食い込むほど手を握りしめる。


「分かりません……でも、戦ってみたいです」


 普段の桐子なら言えない分不相応なことを声に出してしまうほど、河本くんが語るアオハルココロちゃんとライブの裏側は刺激的なものだった。


「うん、いい感想だ。自分の脚でステージに立ったことのある人間なら、戦意を掻き立てられずにいられないよね」


 河本くんは満足そうに言って、スマホをポケットに仕舞う。

 話が終わりそうになったところで、桐子は慌てて気になったことを口にする。


「あの、一つ質問してもいいですか?」

「なにかな?」

「……こんなに信頼しあっていて、素晴らしいチームワークで困難も乗り越えたのに、なんで河本くんはアオハルココロちゃんから離れてしまったんですか?」


 良い思い出のはずがないけれど、灰姫レラとして桐子は聞いておかなければと思った。


「理由は……ありたいていに言えば方向性の違いかな」

「その言葉、便利すぎませんか?」

「ハハッ、もう少し言うなら、僕が行きたい場所と他のみんなが行きたい場所が違った……それなら、僕は離れたほうが良いと思った。その方がアオハルココロのためになるってね」

「そんな……私が言うのも変ですけど、河本くんはアオハルココロちゃんに必要だったんじゃないですか?」


 胸の奥の苦しさから目を背けて、桐子はその言葉を口にした。


「実際、アオハルココロは僕が去ってからVチューバーランキングのトップをとった。そして、五神の一人に数えられるようになった」

「でも! それは、インディーズで積み上げたライブやいくつもの伝説があったから……」

「だとしても、今見えてる結果が全てだよ。上手くいっている限り、世は全てこともなしってね」


 河本くんは吹っ切れていると示すように戯けてみせる。


(でも、このメイキング動画や3Dモデルも残してるし、あの『秘密基地』だって普段から使ってるみたいだった……)


 桐子には、河本くんがまだアオハルココロちゃんのことを想っているんじゃないかと思えてしかたがなかった。


「未練はないんですか?」

「外にいる方が楽しめることもある。それでいいじゃないか」


 直球で聞く桐子に、河本くんははぐらかすように言う。


「質問は一つだったよね」

「でも……」

「アオハルココロは僕たちの敵だ。圧倒的な力を前に叩き伏せられ、絶望の中で心折れようとも、倒すべき敵なんだよ」


 河本くんは心底楽しそうに笑った。

 まるで、それが自分の生きている意味であるかのように。


「……私は河本くんを信じます」


 信じていいんですよね、とは聞けなかった。


「ありがとう、香辻さん」

「でも、どうやって戦うんですか?」


 アオハルココロちゃんの裏側を知って勇気をもらったけれど、同時に彼女の強大さがさらに分かってしまった。


「そのために今日はある人物に会いに行こうとおもう。放課後に時間があるなら、香辻さんも一緒に行く?」

「はい! もちろんです!」


 桐子の返事を待っていたかのように、昼休み終了のチャイムが鳴る。


 デザートに楽しみにとっておいた、どら焼きを食べる時間はもうなかった。

アオハルココロとの戦いに必要な人物とは?

次回、ヒロトの過去が暴かれる(かも?)

お楽しみに!


『お気に入り』や『いいね』『感想』等ありましたら是非お願いします!


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