#01【自己紹介】はじめまして、灰姫レラです! (1)
重くなったので1~5話まで一挙投稿します。
是非、物語が大きく動く5話まで読んで頂けると幸いです。
世はVチューバー大戦国時代!
友達が欲しい!
人気者になりたい!
とにかく目立ちたい!
一山当てて金持ちになりたい!
或いは、人気Vチューバーに憧れて。
様々な理由で人々はVチューバーを始める。
寂しいから。
楽しそうだから。
話題になっているから。
ファンアートが素敵だったから。
或いは、自分もVチューバーになりたいから。
様々な理由で人々はVチューバーに接する。
ある心理学者は、このVチューバーの爆発的大流行に対してこう言った。
「Vチューバーを始めとしたVR的なアバターは、身体性を獲得した究極のペルソナである。通常のペルソナは外部との軋轢に対応するために被るが、究極のペルソナは自らと外部をより理想に近づけるためにのみ被る。また他者が究極のペルソナに触れる時、相手を無批判に純粋なものとして受け入れる傾向が強い。これらはある種の宗教体験、神降ろしによるトランス状態、神との合一によく似ている」
そういう小難しい話はどうでもいい。
必要なのは変化だ。
知りたいのは結果だ。
個人のゲーム配信からネット番組の司会、企業製品のプロモーションまであらゆる分野にVチューバーが進出している。
人気Vチューバーの楽曲は配信ストアで数万DLされ、タイアップした通販商品は瞬く間に売り切れ、イベントでは電車の始発前から長蛇の列ができる。
彼らの主戦場である配信サイト『Vチューブ』では戦いはさらに熾烈を極める。
視聴者数、チャンネル登録者数、SNSのフォロワー数がすべて可視化され人気の指標としてランキング付けされていた。
ランキング上位のVチューバーがリアルタイム視聴数が数十万を記録し、配信の投げ銭で百万円以上を稼ぎ出す。その一方で、下位の数万人いる有象無象のVチューバーたちは視聴者数1桁は当たり前で、収益化の要件も満たせないでいた。
そんなVチューバー大戦国時代に、
夢果てた少年と夢焦がれる少女が出会う。
そういう話は始めよう。
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『ボンジュ~ル、灰姫レラです。えーっと、今回は何と何と~~第98回目の配信です!いよいよ、記念すべき100回目が目前ですよっ! えっとですね、今からもうワクワクとか、えっと、ドキドキとかしちゃってますっ!』
スマホ画面の中の少女は98回目とは思えないたどたどしい挨拶を誤魔化すように、笑みを浮かべて手を広げる。
名前の通り灰姫レラは、お姫様を意識したドレス姿のVチューバーだ。モデルにプリセットや配布モデルを使っていないが、プロの3Dモデラーの作品ではない。処理の甘さや手作り感は隠せないが、込められた愛情から本人作だろうことが伝わってくる。
瞳には拘ってモデリングしているようだが、本人の癖なのか、フェイストラッキングに難があるのかだいたい半開きだ。さらに、のっぺりとした銀色の長髪が無駄に動いて、せっかくの瞳や顔をちらちら隠してしまう。
『ちょっと夜の遅い時間になっちゃいましたね』
今は昼間だ。灰姫レラが間違っているのではなく、この動画が昨晩の配信アーカイブだからだ。
累計視聴数【16】
チャンネル登録者数【43】
デビューから半年、98本の動画を上げているVチューバーとしてはあまりにも寂しい数だった。
その理由は灰姫レラの動画を見ていれば分かる。
『なんでこんなに遅い時間になったかというと、えっと、お友達とハ、ハンバーガー屋さんに行ってきたんです』
まずはキャラ作りが無理をしている。ヴァーチャル高校に通う明るくて面白いクラスの人気者という設定だが、本人の根の暗さが滲み出ている。無理に明るく振る舞おうとしてテンションを上げているのか時折声が裏返ったりしてしまい、それがまた痛々しい。素人学芸会のグダグダな演劇を観させられているような気分になってしまう。
『そこでハンバーガーというものを初めて食べたら、それが美味しくて、あとは、えっと……そう、ポテトも! バーベキューソースというのがおすすめね。友達もとっても美味しいって言ってたの。ハンバーガーの後は――』
雑談が特別面白いわけでもない。灰姫レラはキャラクターに合わせて、時々学校であったことや友達のことを喋るけれど、作り話だと断言できるような浅いものがほとんどだ。
『あれ、えっと、なんの話をして……、そ、そうだ今日は予告どおり心理テストのアプリをしちゃいます!』
そして、コンテンツ力もない。どこかで見たことがあるような事を、誰かがやったようになぞるばかり。企画力はゼロだ。
『じゃじゃん、第一問! あなたは暗い部屋にいます。遠くの方に明かりが視えました。近づいていくと、何本のローソクがあったでしょうか? うーんと、明るく見えるぐらいだから、うーん……100本ぐらい? あ、でも、1本とか少ない数を言ったほうがいい結果になったりするのかな?』
灰姫レラの魅力、それは――。
「おーい、河本。もう授業始まってんぞ」
「授業?」
無粋な呼びかけにヒロトは顔を上げる。思わず飛び出た不機嫌そうな声に担任の近藤先生が眉をひそめていた。
「さっさとスマホをしまえ」
「あ、はいっ!」
高校生としての仮面を被り直したヒロトが、スマホを仕舞おうとするが、慌てた拍子にイヤホンがすぽんと勢いよく抜けてしまう。
『第三問! あなたは友人の家に招待されました。出てきた食事は何ですか? これはやっぱり、カレーかな? あ、ちょっと捻ってハッシュドビーフ!』
見ていた動画が大音量で再生され、教室の空気が凍りつく。
「……なんだそれは?」
呆れ気味の近藤先生の態度に、ヒロトは分かってないなと小さく首を振る。
「『灰姫レラ』、都内の進学校に通っている設定のお姫様系Vチューバーです。ランキング9481位。正直、泡沫と言われるようなVチューバーですが、光るものがあると思います」
「光るものねえ……ネットの中の他人より、まずは自分を磨いて光らせるのが先じゃないか? そのための学校と授業だ」
近藤先生は胡散臭げにスマホの中で喋り続ける灰姫レラを見る。
「先生、自分が光るだけが正しい生き方じゃありません。他人を輝かせたり、他人の輝きに憧れたりも立派な生き方です」
ヒロトの反論に近藤先生は大人の余裕でも見せるようにため息をつく。
「高校一年生の若者がそんなに枯れていてどうする。そういう台詞は、俺みたいに夢破れたおっさんになってからにしろ」
「僕は枯れているつもりはないです。むしろ、灰姫レラの動画からエネルギーをもらって熱くなれます。彼女の『何者かになりたい!』という強い情熱は素晴らしい。そうだ、先生も一緒に見ませんか? 国語の授業として、この灰姫レラの動画を見ましょう。おすすめは#41のお絵かき配信です。彼女のコアの部分が見れて」
「もういい、河本。とにかくだ、授業中はスマホをしまっておけ」
嬉々として動画を紹介し始めたヒロトに、近藤先生は付き合いきれないと諸手を挙げて降参した。
クラスメイトたちは一連のやり取りが終わると、自分の正気を確認するように隣の席同士でこそこそと話していた。担任の近藤先生をやり込めたヒロトを讃えたり笑ったりするわけではなく、ただ奇異の目を向け、それこそ理解できない宇宙人が紛れ込んでいるかのように警戒しているようだ。
「それじゃ、授業を始めるぞ。前回の続きで72ページから」
「うぐっ……うっ……ひっ……」
近藤先生が教科書を開いて、ざわめきが静まりかけたところで、今度は一人の女生徒が突然、胸を押さえて苦しがりだした。
「どうした、香辻?」
ヒロトの隣の席の香辻桐子だった。
身長が低く幼い顔立ちなので中学生ぐらいに見える。黒いセミロングヘアにヘアピン、授業中はいつも猫背気味な印象で、誰かと喋っているところを見たことがない。休み時間もいつもスマホを見ているか、本を読んでいる。まともに会話したシーンが思い出せないので、性格が暗いのかどうかは分からない。ただ、人との関わりを避けているような雰囲気はあった。
「だ、大丈夫です……」
香辻さんは控えめに言って目を伏せるが、とても大丈夫そうには見えない。
「いや、香辻、顔が真っ赤だぞ。それに震えてないか?」
「あ、え……」
そんなまさかという表情をしている香辻さんだが、彼女の小柄な肉体は意志に反するかのようにピクピク震えている。
「無理するな。保健委員、香辻を保健室へ連れて行ってやれ」
「は~~い」
斜め前の席の夜川愛美が元気よく手を上げる。
大人っぽい美人で愛想もよくクラスの中心に咲く大輪の薔薇のような存在だ。誰にも分け隔てなく接する気さくさがあり、ヒロトがまともに会話をしたことのある数少ないクラスメイトだ。
「いこっか、香辻さん」
「……」
「ツラいのに無理しちゃダメだよ」
「……はい」
香辻さんは観念したように頷き、夜川さんの手を取る。慈愛の女神のような夜川さんに優しく言われて断りきれる人間は存在しないだろう。
夜川さんに手を引かれて教室から出ていく香辻さんを、男子女子問わず羨望の眼差しで見送る。
しかし、ヒロトだけは違った。
(中学生みたいな香辻さんと大人っぽい夜川さんが並ぶと絵になる演出だな。意識的にしろ無意識にしろ、大したもんだな)
そんな風に考えていた。
その日は香辻さんは教室に戻ってくることなく早退してしまった。
トラブルがあっても、ヒロト自身の学校生活は変わらない。
授業が終わればすぐに帰宅する。部活や委員会活動なんて無駄以外の何物でもない。
学校からの帰りもSNSやVチューバーの関連ニュースをチェックして、家に戻ってからは宿題を片付けたり作業しながら動画を見て、食事と風呂を済ませたら、深夜の配信を見ながら寝落ちする。
そうやって毎日が回っていく。
自分がすべきことが分かっているから、行動はシンプルだ。
そこに学校生活なんて無駄が入り込む余地はない。
どうせ、自分と同じモノを見ている人はいないのだから。
――そう思っていた。