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#03【VR】人気Vチューバーと禁断のデート?! (2)

【前回までのあらすじ】


大人気Vチューバー『アオハルココロ』とコラボ配信をすることが決まった。

しかし、桐子が緊張で喋れなくなるのは、火を見るより明らかだ。

ヒロトはどうやって緊張を克服させるのか?

 学校を出た二人は電車に乗って、繁華街へやってきた。

 下校時刻ということもあって、中学から大学まで幅広い世代の学生が街を濶歩している。

 香辻さんを連れたヒロトは中心街には向かわず、雑踏を離れていった。

 個人経営のセレクトショップや古本屋、住宅街との間で少し癖の有る店舗を横目に進み、古びた外観のビルの前で止まる。三階建てのビルで一階はカフェバーになっていた。


「ここが河本くんの家?」


 変な所に住んでいると香辻さんの不審げな視線が言っている。


「そう、三階に住んでるんだ」


 答えながらヒロトはカフェバー横の狭い階段を降りていく。壁のいたるところにポスターを剥がしたような粘着剤の後がある。


「あれ? 河本くんの家で克服のために特訓するって?」


 怪しい雰囲気を感じてか、香辻さんは少し不安そうにしている。


「特訓といえば秘密基地だよね」


 そう言ってポケットからくるっと鍵を取り出したヒロトは、ドアを開ける。

 厚手の扉の中は窓もなく、非常灯だけが入り口の辺りをぼんやりと照らしていた。


「さあ、入って。いま電気つけるから」

「う、うん……」


 おっかなびっくり扉を潜った香辻さんに構わず、ヒロトはカウンター奥の照明スイッチを入れる。


「きゃっ!」


 眩しさに驚いた香辻さんが放置してあったマイクスタンドを倒し、そのまま床に倒れてしまう。


「ごめん! 怪我とかしてない?」

「だ、大丈夫です…………ここが秘密基地?」


 ぺたんと座ったまま香辻さんは、物珍しそうに周囲を見回す。

 25坪ほどの縦長のフロア、半分はパソコンや音響機器が雑多に置かれ、もう半分は物がなくダンスでもできそうなぐらい広々としている。


「もとはライブハウスだったところを、使わせてもらってる」

「はへぇー」


 マイクスタンドを直した香辻さんは、不思議の国に迷い込んだみたいに、ケーブル類の蔦やステージ照明の果実を眺めていた。


「灰姫レラのモデルデータってクラウド上でバックアップとってたりする。いま使いたいんだけど、いいかな?」


 尋ねながらヒロトはモニタ類の電源を入れた。パソコンはつけっぱなしだったので、すぐに必要なアプリケーションを起動できる。


「あ、はい。ARでも使えるように、スマホにも入ってます」

「さすがVチューバー、用意がいい」


 ヒロトは受け取った香辻さんのスマートフォンを、パソコンに接続する。香辻さんに保存場所を聞きながら、データフォルダから灰姫レラのデータ一式をパソコンにコピーした。


「一体、何に使うんですか?」

「克服作戦は香辻さん『自身』の姿でした方がいいからね」


 そう言ってヒロトはダンボール箱を開ける。中には厳つめのヘッドギアとサンダルと黒い棒、それに直径5センチほどのプラスチックの機器と数種類の取り付けバンドが入っていた。


HMDヘッドマウントディスプレイとトラッカーですよね」

「そ、アオハルココロ克服作戦はVRを使う。ちなみに香辻さんはフルボディトラッキングの経験はある?」

「ないです! HMDも初めてです! 憧れてはいたんですけど、場所を取るし設定とか難しそうで諦めてました!」


 答える香辻さんの声が期待に弾んでいる。

 フルボディトラッキング、通称フルトラは身体にトラッカーと呼ばれるセンサーをつけて、全身の動きを3Dモデルと連動させる技術だ。モーションキャプチャと言い換えたほうが一般には通じやすいかもしれない。

 香辻さんが灰姫レラの配信で使っていたのは、パソコンのカメラを利用したフェイストラッキングで、表情と肩から上の動きだけをモデルと連動させていた。


「それじゃ、軽く説明するね」

「よろしくお願いします!」

「そんなに意気込まなくても、難しくないから大丈夫。フェイストラッキングと大きく変わるわけじゃないから、すぐに慣れるよ」


 ヒロトはまず5センチほどの黒い機器を4つ、装着用のマジックバンドと合わせて香辻さんに渡す。


「このトラッカーを両肘と両膝につけて」

「はい……!」


 壊してしまわないように香辻さんは慎重にトラッカーを、マジックテープのバンドで巻いていく。


「靴はこのトラッカー付きのサンダルを使って、腰の部分はこの長いベルトのやつを巻いて」

「こ、こうですか?」


 香辻さんは脱いだローファーを揃えてからサンダルに履き替える。


「腰のトラッカーは背中側ね」

「あ、はい」


 そそくさとトラッカーの位置を直そうとする香辻さん。無理やりベルトを動かしたせいで、スカートが巻き込まれてしまう。


「ここで良いですか?」


 背中を見せようと香辻さんがくるりと半回転、めくれたスカートから見せてはいけない白いパンツが露わになっていた。


「か、香辻さん! お、お尻がっ!」

「お尻? ベルトはもっと上ですか?」


 さらにスカートが捲れて、パンツと肌の境目まで達してしまう。


「パ、パンツだよ! パンツが見えちゃってるから!」

「へ?……ひゃぁあっ!」


 驚きの悲鳴を上げた香辻さんは慌てて振り返ると、スカートの裾を引っ張る。


「す、すみません……お見苦しいものを」


 もじもじとスカートを押さえながら香辻さんは、恥ずかしそうに頭を下げる。


「いえ、こちらこそ…………じゃ、じゃなくて! 次はこれっ!」


 ヒロトは内心の動揺を誤魔化そうと、HMDを取り出す。


「これ、どうやって着けるんですか? 変なことして壊れちゃったりしませんか?」


 ガラス細工か爆弾のように思っているのか香辻さんは、HMDをなかなか受け取ってくれない。


「簡単だから、大丈夫」

「私、昔からヘッドホンとかよく壊しちゃうから……さ、最初だけ、河本くんが着けて……くれませんか?」


 申し訳なさそうに自分の人差し指をちょんちょんと合わせていた香辻さんが上目遣いにヒロトを見る。


「え、あ、別にいいけど……」

「ありがとうございます!」


 香辻さんは不安が吹き飛んだとパッと明るい笑みを見せる。それから煮るなり焼くなり好きにしろとばかりに目を閉じた。


「それじゃ、着けるよ」


 ヒロトはHMDを手に、香辻さんの背後に回り込む。香辻さんが小柄なおかげで、二人とも立ったままだ。


「お願いします!」


 香辻さんの頭にHMDをはめていく。肩越しに覗き込むような形になってしまい、彼女の身長には不釣り合いなほど大きな胸元がヒロトの目に飛び込んできてしまう。


(お、おっきい?! これ、普通に歩いてたら足元が見えないんじゃ?!)


 未知の世界を覗いたばかりに、ヒロトは自分を見失い動きが止まってしまう。


「河本くん、どうかしましたか? 髪の毛が引っかかちゃいました?」

「えっ! あっ! なんでもない! それより、痛くない?」


 慌てて取り繕ったヒロトは、頭の締めつけを調整する。


「大丈夫です。ちょっと重さで、変な感じがしますけど」


 ヒロトが手を離すと、香辻さんはヘッドマウントディスプレイを乗せた頭をフラフラ左右に動かした。


「前面カメラの映像はちゃんと見えてる?」

「はい、手を振ってるのが分かります」


 確認しようとヒロトが振った手に、香辻さんはきぐるみショーみたいに両手で振り返してくる。マスコットっぽいなと思いつつ、その可愛らしい左右の手に先端が輪になった黒い棒を渡す。


「これがVR用のコントローラー、トラッカーも兼ねてるから落とさないように気をつけてね」

「魔法のステッキみたいですね! はぴふりはぴふりシャラララ~ン★」


 香辻さんは上機嫌にコントローラーを振り回す。手からすっぽ抜けそうで危なっかしい。


「ストラップ付いてるから、手首に通しとこっか」

「あ、はい」

「うん、オッケー。それじゃ、そっちのマットが敷いてある方に移動して」

「はい……、おっとと……カメラ越しはちょっと変な感じしますね……下を見ても胸がほとんど見えないのは新鮮です」

「そ、そうなんだ……」


 反応に困る感想だけれど、肩越しに見た香辻さんのたわわな胸元を思い出して、心の中でだけ大きく頷いた。

 マットは一辺が5メートルの正方形で、対角線で二対の三脚が向かい合っている。


「この二本の棒がトラッカーを認識してるベースステーション。マットの上がだいたいの有効範囲だから、注意してね」


「結構、広いですね~」


 香辻さんは感覚を確かめるようにマットの上を歩き回る。

 ヒロトの方はパソコンを使って、灰姫レラのデータの微調整やVRに必要な設定をちゃちゃっと済ませていく。


「香辻さん身長は?」

「153センチですけど? もしかして身長制限があるんですか?」

「初めてならVR用に、現実とアバターのデータを合わせておいたほうが3D酔いし辛いと思って」

「それなら、体重は49キロで、スリーサイズは101の」

「ちょっ! 身長だけで十分だから!」


 慌てて止めるヒロトだったが、しっかりと香辻さん胸元を再確認して、頭の中では。


(ひゃっ、ひゃくぅ?! ひゃくって? アレって、ひゃくぅう?!)


 と同じ言葉がずっとリフレインしていた。


「河本くん?」

「な、なんでもないから、ダイジョウブ! それより、こっちのモニターにVR用の灰姫レラを出すから確認しよう」


 アプリケーションを操作して大型モニタに、バーチャル校庭とそこに立っている灰姫レラを表示する。


「ちょっと、動いてみて」

「はい……ふぁあっ! 凄いです! 歩いてます!」


 香辻さんが大げさに手を振って大股で歩くと、モニタの中の灰姫レラも同じようにバーチャル校庭を歩く。


「すごい! すごい! おんなじ動き! これは楽しいですね!」


 リズミカルにステップを踏んだり、その場でくるりと回ったり、ジャンプしたりと、家電量販店でビデオカメラを前にした子供のように香辻さんは感動し喜んでいた。


「うん、問題なく動いてるね」

「パンチ! キィック!」


 そう言って足を振り上げる香辻さん。またパンツが見えてしまったけれど、本人はまるで気づいていない。

 また指摘するのも変に思われそうなの、ヒロトは見ないように心がけた。


「……あれ? そういえば足のボーンがしっかり入ってる? 肩と手の動きもいいような……」


 ボーンというのは3Dモデルの骨格で、動きの基本となる部分だ。


「動かしやすいように、ちょっと弄ったから」

「こんなにしっくり動いてるのに、ちょっと? えっ、早すぎません? 私なんて、灰姫レラの上半身と表情の設定だけでも、めちゃくちゃ時間かかったのに?!」

「一から設定したわけじゃないし、微調整もしてないから、軽く歩いたりするぐらいまでね。無理なポーズすると、たぶん関節周りが変な風に干渉しちゃうよ」

「それでも凄い! プロみたいです!」


 香辻さんの尊敬の目線(カメラ越し)が、気恥ずかしくてヒロトはパソコンの方を向く。


「今度は『灰姫レラの視界』をHMDの方に映すから」


 ヒロトはアプリケーションを操作して、香辻さんが見ているHMD映像を、灰姫レラが見ている風景に切り替える。


「あ、画面が変わりました! ふぉっ?! 前に学校があります! ここ校庭でよね! すごいです! さっきまで地下室にいたのに、空に太陽があって! 瞬間移動しちゃったみたいです!


 香辻さんの昂奮はヒロトにも覚えがあった。

 体験していない人に説明するのは難しいけれど、同じ360度のVR空間でも、ただの平面モニターと、自分の動きと同期するHMDでは完全に別物だ。


「こんなこともできるよ」


 香辻さんの初々しい反応が嬉しくて、ヒロトはバーチャル校庭にドラゴンを『召喚』する。


「ひゃああっ! ドラゴンです! こ、こっちに! 食べらちゃうぅう!」


 VR空間で灰姫レラが突き出した手から光線がほとばしり、ドラゴンを塵へと消し飛ばす。

 ちなみに、現実では怯えた香辻さんがへっぴり腰で、コントローラーを突き出しているだけだ。


「やった! 私がドラゴンやっつけちゃいました! これは、楽しすぎますっ!」


 興奮した香辻さんはRPGの勝利ポーズみたいにぴょんぴょん飛び跳ねる。現実では大きな胸がこれでもかと揺れているけれど、バーチャル校庭の灰姫レラの胸は微動だにしない。


「視界と身体に異常はない?」

「はい、大丈夫です」

「目や頭が痛いとかあったら絶対にすぐ言ってね」

「分かりました」


 最初は何ともなくてもHMDを使っているうちに問題が出る場合もある。身体に異常が出たら、即時中止が鉄則だ。


「あと3D酔いも言って。急に吐きそうになったら、バケツがマットの横にあるから、そこで」

「私、三半規管には自信があります! 妹がフィギュアスケーターですから!」


 自信満々に言った香辻さんは、その場でくるくると回ってみせる。


「このように何回転しても……あっ」


 調子に乗って速度を上げたところでバランスを崩しそうになる香辻さんだったが、なんとか踏ん張って転倒だけは避けた。


「キャメルスピンです」

「……うん、トラッキングも上手くいってる」


 言葉に困ったヒロトが無理やりひねり出した感想に、香辻さんは恥ずかしそうに姿勢を正した。


「VRワールドに行ったことはある?」

「普通のモニタでVチューバーさんのイベントなら時々行きます。普通のワールドはあんまり……その、コミュ障全開で誰とも話せなくて……」


 昔を思い出したのだろう香辻さんが寂しそうに言う。

 『VRワールド』とは、自分のアバターで参加できるVR空間のことだ。小さいものはマンションの一室から、広大なものはそれこそ惑星サイズまである。ワールドごとに参加者の傾向がある程度決まっていて、おしゃべりをするだけのワールドや現実には無い壮大な建物や風景を観光するワールド、他には車に乗ってレースをしたり、MMORPGのように冒険を繰り広げたりできる場所もある。

 香辻さんが言ったように、Vチューバーがイベントやライブを開いたりすることもある。


「オッケー。それじゃ適当なワールドに繋げるね。そこそこ人が居て、広さもある……シンジュクエリアでいいか」


 誰でも利用できるパブリックなワールドの一つを選択して接続する。


「旅の扉みたいのが出てきました!」


 モニタの中では校庭にいた灰姫レラが扉が飲み込まれ、中世風の街並みに放り出された。


「あ、ここ知ってます! フィーオさんの配信でみたことあります!」


 テンション高めでいった香辻さんは、VR空間内で時計塔を指差す。


「HMDだと雰囲気がだいぶ違いますね!」

「それじゃ僕もそっちに行くね」

「そっち?」


 ヒロトは首をかしげる香辻さんの横に移動する。

 頭にはHMDを被り、その手にはコントローラーを握っていた。


「VRの中で会おうか」


 別のアカウントでVRワールドにヒロトはログインを完了させる。

 すぐ目の前には、灰姫レラの後ろ姿があった。


「河本くん? もう、こっちにいるんですか?」

「うん、香辻さんのすぐ後ろ」


 ヒロトは笑いを堪えながら答える。


「河本くんはどんな姿で………………」


 振り向いた灰姫レラ(香辻さん)はあんぐりと口を開けて、動きを止め――。


「きゃぁあああああああああああああ!」


 悲鳴を上げて後ずさった灰姫レラは、それでも驚きが足りないと石畳の地面に尻餅をつく。


「はじめまして、灰姫レラちゃん」

「な、な、なんでアオハルココロちゃんがいるんですか!?」


 幽霊でも見たとばかりに灰姫レラはヒロトを指をさす。

 驚くのも当然だ。


 ヒロトが受肉した(身にまとった)のは、正真正銘本物の『アオハルココロ』のアバターだ。

 おまけにボイスチェンジャーも使って、女性の声に変えている。


「これから灰姫レラちゃんにはわたし、アオハルココロとデートをしてもらいます」

緊張克服のための試練は

アオハルココロ(バ美肉ヒロト)とのデート!?

果たして、桐子はこの試練を乗り越えられるのか?


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