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#02【拡散希望】灰姫レラ、ちょっとだけキャラ変えてみた (6)

【前回までのあらすじ】

『灰姫レラ』の振り返り配信が始まった。

普段より多い視聴者に緊張する桐子!

でも、やりきるしかない!

「まず一本目の振り返りはこれ、#13のホラーゲーム配信です!」


 桐子の言葉に合わせて、河本くんがPCを操作し過去の動画を表示する。

 実際の配信画面の中では、灰姫レラの隣にウィンドウが現れて、そこに動画が再生された。


『はい、それではクロック・オブ・フィアーの配信を始めるよー』


 過去動画の灰姫レラは始まりを宣言するけれど、肝心のゲーム画面には何も映っていない。


『あ、あれ? なんで配信画面が真暗? ……ちょ、ちょっと待ってて! すぐ直すから!』


 慌てた灰姫レラは視聴者を放置したまま、ああでもないこうでもないと設定の調整を始めてしまう。


「初のコンシューマゲーム配信だったんですけど、最初から設定のトラブルでぐだってしまいました」


 即座に〈さっきもだろwww〉というツッコミをコメントで貰ってしまう。


「ほんと、全然成長してないですね」


 コメントに答えて桐子が苦笑すると、過去の灰姫レラが示し合わせたかのように文句を言い始める。


『なんでなの? こっちでは見えてるんだけど、配信の方に映ってなくて……だ、だれか分かる人いませんか?』

「この時の視聴者0人なのに、誰に聞いてるんでしょうね」


 桐子の自虐に今のコメント欄の方は〈0人!〉や〈www〉で埋まる。


「最初の20分ぐらいずっとこの調子なので、さすがに早送りしますね」


 河本くんがシークバーを動かし、ゲーム画面が映ったところで止める。


『はぁ~、やっと直った…………』

「この時の私、完全に配信が終わった気になってますね」


 桐子のツッコミが聞こえたかのように、過去の灰姫レラがハッとして顔を上げる。


『これで終わりじゃないから! ちょっとグダっちゃったけど、改めてゲームを始めていくよー!」


 スタートを押し、OPムービーが流れる。

 老婆のしゃがれた声が響き、寝台が映し出されていた。白い布をかけられた妊婦を、白衣の人物たちが囲んでいる。一見は手術のようだがそうではない。彼らが手にしているのは医療用のメスではなく、古びた短剣と銀の杯だった。


『えー、このゲームは、えっと、なんとかっていう有名なゲームの賞をとって、えっと、そのセールで買っちゃいました! マルチエンディングがなんか凄いとかで、トゥルーエンドを目指しちゃいます!』

「その説明じゃゲームの情報が一ミリも入って来ないから!」


 過去の自分のたどたどしい解説に、桐子は悶死しそうになりながらツッコム。

 OPムービーの中では女が怪しげな儀式の生贄にされ、画面いっぱいに血が飛び散った。


『ひゃあっ! いい忘れちゃったけど、ホラーゲームだから! 血とかグロとか出るかもしれないから、苦手な人は目を閉じて声だけ聞いててね』

「その警告、一番最初にしないとダメだからっ!」

『えっと、後は……と、とにかく、すっごい怖いってネットに書いてあったから! ダイジョブ!』

「すでに聞くに耐えないほど大丈夫じゃないです……」


 話すことが早々に尽きてしまったのか、過去の灰姫レラはOPムービーの最後の方はもう無言になってしまう。


「完全に木偶状態なので、動画を先に進めちゃいます」

 台本通り河本くんが指定の秒数まで動画を早送り、さらに操作方法の確認でまごまごしてるチュートリアルをすっ飛ばす。

「ようやく本編です。見ていきましょう」


 桐子は緊張に乾いた喉に、無理やり唾液を飲み込む。

 河本くんの指示で、ここから先の動画は見直していない。

 そして、細かい台本もない。

 『アドリブ』と『生のリアクション』で戦わなければならないのだ。

 プレイヤーの分身である白いスーツ姿の女性が、薄暗い廃病院を進んでいく。明かりは手にした懐中電だけだ。


『あ……あ………………わ、わたし、怖いの大丈夫だから! 遊園地のお化け屋敷とか!』

「謎に強がってますね。たぶん無理やり明るくして誤魔化そうとしてるんだと思います……」


 灰姫レラの操作がおぼつかない上に、さらに恐怖心が加味され、プレイヤーキャラの動きは壊れたロボットのようにぎこちない。


『あ、テーブルの上になにかある!』


 倒れた椅子や割れたガラスが散乱する休憩室のテーブルの上で、アイテムを示す光りの点があった。


『武器だといいなー』

「脳天気なことを言ってますが、声が完全に震えてますね」


 指摘する桐子自身の声も若干震えている。配信の緊張だけでなく、このゲームがプレイ動画だけでも十分怖いからだ。


『銃がいいですよねー』


 プレイヤーキャラがテーブルの上に手を伸ばし――。

 突然天井が崩れ、赤黒い臓物の塊が、生々しい音と共に落ちてきた。


『ぎゃぁああああああああああ!』

「ぎゃぁああああああああああ!」


 過去と現在、二人の悲鳴が完全にシンクロする。


「そうです! こいつ! 完全に忘れてました!」

『いやぁああ! 食べられる!! バケモノが! ぎゃああ、こっちこないでぇえええ!』


 パニックになった灰姫レラがむちゃくちゃにプレイヤーキャラを動かす。

 逃げ出したい一心でボタンを押しっぱなしにでもしているのか、遊園地のコーヒーカップを3倍速にしたみたいにゲーム画面がぐるぐると回り続ける。


「ひぃっ! 酔う! 酔っちゃうから! ううっ、気持ち悪い! 落ち着いて、私ぃ! 画面どうにかしてぇええ!」

『もうだめぇえええええ! いやいやいやぁああああ!』

「もう死んで! 死んで終わって!」


 桐子の願いが届いたのかプレイヤーキャラが肉塊に飲み込まれ、ゲームオーバーの文字が表示される。


「ふぅ……やっと死んでくれた」

『はぁはぁ………………もう、いや……』

「『もう、いや』はこっちの台詞です!」


 お腹いっぱいだと怒る桐子だったが、灰姫レラは無情にもリトライボタンを押す。

 その後、肉塊チャレンジを繰り返すこと5回、やっとクリアする。


『ふぅ……、ま、まあこんなものよね。ワタシ、ゲームが得意だから!』

「完全に害悪動画です……殺傷能力が高すぎです!」


 序盤での苦戦を勢いで誤魔化す灰姫レラと、5ラウンドを戦いグロッキーな桐子、二人の温度差は広がるばかりだ。


『じゃんじゃん行くわよ!』

「耐えてみせます……っ!」


 二人の戦いなんて知らずに、プレイヤーキャラは恐ろしい廃病院を進まされていった。

 廃病院の探索は困難を極めた。

 主に灰姫レラのゲームの腕前が理由だ。

 出会う敵には負け続け、罠にはことごとく引っかかる。


『ぎゃあああああ!』

「ひぃやああああ!」


 悲鳴とリトライの嵐だった。


 それでもなんとかチャプターの終盤に差し掛かる。

 地下の実験施設を物陰に隠れながら進んでいく。

 何かを閉じ込めるかのように厳重に閉じられた扉を開くと、広い部屋に出た。

 中央には寝台があり、事件現場のようにシートで覆われている。シートはこんもりと盛り上がり、見るからに怪しい。


『これ、調べないとダメ……かな?』

「ダメに決まってます」


 ゲーム動画に集中するあまり、シンクロした桐子は過去の動画と会話を始めていた。

 ムービーシーンに切り替わり、プレイヤーキャラはためらいがちにシートを剥がす。

 粘つく赤い液体が糸を引き現れたのは、腹を切り裂かれた死体だった。


『ひぎゃぁああああああ!』

「ふぎゃぁああああああ!」


 さらに寝台が倒れその下から、死体を煮詰めたようなヌラヌラしたピンクの肉塊が飛び出してきた。


『きだないの来たアアッ!!!』

「そういうのやめてって言ってるでしょ!!!」


 恐怖にキレながら逃げ出す灰姫レラ。全力で戻っていくが、部屋の扉が閉まっていた。


『あ、アイテムぅ』

「早く使って!」


 キー操作をミスりながらも、なんとかカードキーを使う。

 錆と血の跡のついた金属の扉が重々しい音を立てて開いた。


『はぁはぁ……』

「よかった。早く――」


 安堵を影が切り裂く。

 後ろにいたはずのピンクの化物が目の前で蠢いていた。


『ぎゃあああああああああ!』

「ぎゃあぁあああああああ!」


 プレイヤーキャラは無抵抗のまま化物に飲み込まれ、無残にも溶かされながら死んでしまった。


「もうだめぇええ! 無理です! 怖いの無理! おしまいです! 怖いのはこれ以上、おしまいっ!」


 ぶんぶん手を振りまわしてギブアップする桐子に、河本くんは左手で笑い声を耐えながら、右手でマウスを操作して過去動画を終了させた。


「はぁはぁ……もう二度とこのゲームはやりません!」


 高らかに宣言する桐子に、すかさずコメント欄でツッコミが入る。


〈次の#14でさっそくプレイしてるぞw〉

〈ほんとだ〉

〈懲りてないwww〉


「あっ、うぅ……」


 過去の配信内容を完全に忘れていた桐子は恥ずかしさにコメント欄を直視できない。

 逸した視線の先で河本くんは親指を立てている。さらにキーボードで【掴みは良好だよ!】と桐子にだけ見えるようにテキストをタイプした。


「複雑な心境です……あっ」


 思わず声に出して答えてしまった桐子だったが、ちょうど配信に向かって語りかけたようになっていた。


(危なかった! あれ? でも、秘密にしなくてもいいのかな? って、そこまで河本くんに迷惑はかけられません!)


 Vチューバーの配信で、関係者が声だけで登場することもなくはない。だけれど、何の紹介もない状態では視聴者が混乱するだろうし、河本くんだって困ってしまうだろう。


「楽しいホラーゲーム回はこれぐらいにして、次の動画を振り返ります。#41、唯一のお絵かき配信回です!」


 桐子の締めの言葉に合わせて、河本くんが動画を指定の場所から再生しはじめる。


『さっそくお絵かきちしゃうよ~。お題をじゃんじゃん言ってね!』


 過去動画の灰姫レラは起動したお絵かきソフトのキャンバスに【お題募集中】と書く。


『…………………………………………なんでもいいよー』


 1分待っても〈パンダ〉と〈エロいの〉の2つだけしか答えがなかった。


「私の配信コメント欄って、投稿数は少ないのにやたらと極端ですね」

『まずはパンダさん描きまーす。まずは、こういう風にまん丸なお耳が2つ、あってと♪』


 上機嫌に鼻歌を歌う灰姫レラはさらさらと淀みなく線を引いていく。

 コメント欄では〈意外に上手い?〉や〈もしかして別人?〉等の驚きの声を届けているが、絵を描くことに集中している灰姫レラは気づかない。


「コメントでカンニングを疑われてますけど、何も見ないで私が描いてますからね!」


 流石に心外だと、桐子はコメントと河本くんに念を押す。


『ん~♪ ふわふわのおてて♪ あれ、パンダの尻尾の色って黒だっけ? ま、いいや♪』

「ここ、黒く塗っちゃってるけど、後で調べたらパンダの尻尾は白でした」


 誰も気にしていない細かい情報だけれど訂正しなければ気が済まない桐子だった。

 そうしてる間にも、パンダがナイフとフォークで笹に向かう絵が描き上がっていった。


『笹食ってる場合じゃない,っと♪ 完成! どうなかなかでしょ!』

「調子に乗っちゃってる感が恥ずかし過ぎです! で、でも、配信で一発描きなら、頑張ったほうだと……思います!」


 自信満々な灰姫レラが痛々しくて、桐子は慌ててフォローを入れた。


〈普通に上手いけど〉

〈笹ってw〉

〈ちゃんとパンダに見えるよ〉

〈下手すぎwww〉

〈笹www〉


 現在のコメント欄は割と好意的だけれど、散見する否定的な意見の方ばかりが気になってしまう。


(気にしちゃダメだから……)


 黙ってしまった桐子の代わりに、過去動画の灰姫レラが間を繋いでくれる。


『じゃあ次は~……ユニコーンね♪ 乙女なワタシにピッタリ!』


 淀みなくペンを動かし、ユニコーンを描く灰姫レラ。眉毛がバチバチに長い宝塚系の馬を描いて、そこにトレードマークの角を付け加えて、口元に人参を添えた。

 仕上げになぜ人参を食べている絵にしたのかは思い出せない。


「あ、えっと……ユニコーンって人参食べるんでしょうか?」


 桐子の見当はずれのツッコミに、コメント欄から〈馬だし……〉〈好きなのは乙女だけど……〉等々の視聴者が苦笑している雰囲気がはっきりと伝わってくる。


「と、とにかく、絵を描くのって楽しいですよね!」


 楽しんでいる過去の灰姫レラに負けまいと、桐子は崩れかかった自分を立て直す。


『次のお題は、っと……〈Vチューバー〉ね! じゃあ、アオハルココロちゃん描いちゃうから! 期待してね!』

「これは本当に自信あったんです!」


 今までの鼻歌交じりのサラサラ描きとは違い、灰姫レラは無言でペンを走らせる。高層ビルの鉄骨でも渡るような真剣さと集中で、一本一本の線を引いていた。


「アオハルココロちゃんは一番練習しました。ずっと昔ですけど、彼女の配信で紹介されたこともあるんです」


 まだアオハルココロちゃんがインディーズで活動していた頃に一度だけ、本当に運良く配信の中で紹介して貰った。


「私の人生で唯一、他の人に話せる自慢です」


 桐子がしみじみと懐かしんでいる間に、灰姫レラはイラストを完成させていく。


『このセーラー服の薔薇っぽいリボンがポイント! 実はワタシのドレスの柄はこの薔薇を真似たの!』

「お、オマージュです! パクリじゃないですよ!」


 完成したのは初期モデルのアオハルココロちゃんが、両手を広げて微笑んでる上半身のイラストだ。


『可愛いでしょ! アオハルココロちゃんってやっぱり最高!』

「最近はあまりしてくれないけど、この抱き締めたくなる決めポーズが大好きなんです」


 二人が声を揃えてアオハルココロちゃんを褒める。その想いが伝わったのかコメント欄も好意的な感想ばかりだ。

 それがきっかけだったのか、河本くんが動く。テキスト入力で桐子だけに見えるカンペを表示する。


【イラストレーターイラスト志望だったとか? 絵が上手い理由をみんなに話して】


 楽しみに熱くなっていた全身が、寒風が吹き付けたかのように総毛立ち震える。


「私が絵を描ける理由……」


 桐子がずっと避け続けていた現実。

 できれば触れたくない、膿んだ傷跡――。


(……でも、新しい灰姫レラになるためには……話していかないと、ちょっとずつでも……)


 決心を決めた桐子は張り付いていた唇を開く。


「中学の頃、私……その、ちょっと、学校に行っていない時期があったんです」

隠しておきたい過去に触れる桐子。

配信は無事に終われるのか?

次で本当に#02は完結予定です。


『お気に入り』や『いいね』『感想』等ありましたら是非お願いします!


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