クライム・ディベート・サークル 最終章『ラインを越えてしまった彼』
最終章
事件の翌日は日曜日だったが、学校では生徒を集合させての全校集会が行われ、校長から白ジャージの訃報が告げられた。
会場はざわつき、彼を慕っていた野球部の部員は幾人か涙しているようだった。
厳しいがその厳しさは生徒を想う結果であり、普段追い回されている不良生徒もウザったいとは思いながらも、真剣に対応してくれる大人の存在は、一つの大きな心の支えになっていた事だろう。
僕自身も、彼の事を嫌いだと考えたことは無かった。
子供が生まれたばかりで、不条理な事件に巻き込まれ死んだ彼の事は誰にとっても、とても悲しい出来事だった。
その日は全校集会が終了次第、すぐに帰宅を命じられた。心配する生徒の親たちが迎えに来ていて、校庭は車でいっぱいになっている。この光景が異常な事態をさらに刻銘に僕たちの心に突き刺さる。
僕と雄介は校長の言葉を無視して帰宅せずに、屋上にいた。
「ついに身内に被害者が出てしまったな…… しかも証拠品が多いにも関わらず警察はまだ犯人を特定できていないようだ」
雄介はそういうと氷砂糖を口に入れた。
僕はひどくショックを受けると同時に激昂していた。幸せの絶頂であった人間が、こうも簡単に命を落としていいものなのか、しかも勝手な他人の都合で。
どんな人間でも基本的に死刑にでもならなければ、その命を奪われる事はあってはならない、彼は正義感が強く時に優しく痛みのわかる人間だった。そんな真っ当な人間の幸せな未来を奪う権利が誰にあるだろうか。
ベンチに座りうなだれ、拳を握りしめる。彼の家族の心境を考えると涙が出そうだった。
そんな僕を横目に雄介は淡々といつも通り推理を始める。
「ムギ、今までの4件の殺人事件の内容を覚えているか?」
僕は口を開かない、雄介はそのまま話を続けた。
「一件目は遺体の傍に置手紙内容は『この女は嫌な女です』と書かれていた」
「二件目は酒の瓶で殴り殺された遺体」
「三件目はザイルによって、首吊りをした青年」
「そして四件目は刺殺された体育教師」
「この四件の事件の犯人は俺たちの身近な人物だ、どれも俺達CDSが解いた学内の事件に類似している、ムギ、お前はこの活動の事を誰かに喋ったりしていないか?」
僕は無言で首を横に振る。
「俺もだ、一切事件の事は口外していない、にも関わらずここまで起きた事件は全て俺達が見て来たものを真似て意図的に起こしたものだとしか考えられない」
「ムギはこの事件の動機は何だと思う?」
僕は重い口を開けて喋り始めた、僕が犯人の動機を解明しない限りはこの事件は留まることを知らない、そう考えたからだ。
「まず、犯人は雄介が言った通り僕たちのこの同好会の情報を持っている人物だと思う、じゃないとここまで立て続けに酷似した事件を起こせる訳が無い。でも、僕も雄介もこの同好会の事は口外していないと言った。僕なら犯人の動機はこう考える、犯人は特定の人物に向けて殺人事件を通してメッセージを送っていると」
雄介が屋上の床にチョークを使ってまたメモを始める。
「どうしてメッセージを送る必要があったんだ?」
「恐らく犯人は、極めて冷静な人間で何かをキッカケに人間の心理に興味を持ったんだ。ニュースを見た人間の反応、自分の住む街で殺人事件が立て続けに起きたらどんな混乱が起きるのか、それに対してどう対応をするのか」
「極めて不合理的だな、だったら何故殺人事件なんだ?他のもっと日常的な悪戯でもよかったんじゃないのか?」
「不合理的じゃないよ、殺人事件なら必ずニュースになる。多くの人の反応を見たい犯人にとっては非常に効率的だ。そして犯人は特定の人物にもちゃんと自分が犯人だとわかるようにメッセージを込めたと言っただろ」
「ほう、ムギが心理以外に犯行解決に意見をするのは珍しいな」
「もうとぼけないでくれ雄介」
雄介は表情を変えずに僕と対峙するようにメモを取るのを辞め、立ち上がりこちらに身体を向けた。
「どういうことだムギ?」
「学校で起きた事件の事を全て知っているのは僕たちしかいない。その上でこの連続殺人が同じような状況を造り出して証拠を残している事で、犯人は僕か雄介に限られるんだ」
小雨が降ってきて今まで取ってきた事件のメモが溶けて、洗い流されていく。
「それならムギが犯人だと言うこともあり得るじゃないか、お前は人間観察が得意だ。いつもの事件のその先を見てみたくなったんじゃないのか?」
「殺人犯は僕じゃない、僕は『特定の人物』のほうに当てはまる。犯人は類似した事件の他にもちゃんと僕にもわかるようにメッセージを届けていた」
「『幸島加奈子』『鵜飼健介』『鈴木 新』『剣持聡』殺された人物の苗字の頭文字を一つずつあわせていくと雄介、君の名前になるんだよ」
二人の間を静かに風が吹き抜けた。
「…… だとしたら犯行動機はどうした」
「多分、君の犯行動機は」
「自分の事をもっと知りたかった」
雄介は不敵に笑い、「証明終了だな」というと鞄を肩に下げて帰宅の準備を始めた。
僕は雄介の肩を掴み振り向かせると全力でその頬を殴る。
雄介はその場に座り込んだ。
「これが答えだ雄介、君は超えてはいけないラインを越えてしまったんだよ」
雄介は頬を摩りながら立ち上がり、合鍵を僕に投げて渡してくる。
「ありがとうムギ、答えがわかったよ。その鍵はもう俺が使うことは二度とないだろうから、お前にやる」
そういうと今度こそ、屋上の扉を開けその姿を消した。
翌日のニュースで連続殺人の犯人が捕まったという報道が流れた。
犯人は十五歳の少年で昨日未明、自分がすべての事件を起こしたと自首してきたという。
頭から警官のスーツがかけられその顔は見えない、少年はゆっくりと警官に連れられパトカーの中に連れ込まれて行った。
犯人の動機は黙秘されているが、一言だけ「やっと少し自分の事がわかった」と笑って答えたという。
我等は引かれたレールの上を歩く。それしか許されないから、仕方なく歩く。
休憩の号令が掛かる。
疲労困憊だから、その場で立ち竦む。
再び下知が下り、まだ癒し切れていない身体に鞭を打って進む。
荒廃した街に空風が吹きすさぶ。
転がってくる新聞紙に載っている日付は今日の物とは限らずに、我等の焦慮を煽る。
レールから外れた者の流儀を嗤う。自らの至当を押し付けて、彼らを必死に否定する。
そうでなければ、我等の意味とは何なのか。
批正しなければならない、再びこちらに戻るようにと。
しかし彼等は自らの生き様に拘う。
我等の帰順する様を見て、憐れむでもなくただ座視している。
幸か不幸か、彼は見つけることが出来たのだろう。
自らの意味を……
そんな彼らを渇仰しながらも、表面では否定する。そして我等は今日も。
引かれたレールの上を歩く、それしか許されないから、仕方なく歩く。
自分の意味を見つけた彼は行ってしまった。
我々とは相反する所へ。
その速度に追いつけず、立ち竦む。
再び下知が下り、まだ癒し切れていない身体に鞭を打って進む。
荒廃した街に空風が吹きすさぶ。
彼の姿はもう見えない。
これで前5部終了になります。
読んで下さった方ありがとうございます。
これからも新しいジャンルに挑戦し続けていきたいと思いますので、応援よろしくお願いします。




