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クライム・ディベート・サークル  作者: 和田 よしひさ
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クライム・ディベート・サークル 第四章『赤いジャージ』

第四章『赤いジャージ』


三件目の殺人事件の起こったその日、僕は雄介のあの時見せた表情が再びフラッシュバックしてきて中々眠りに付くことが出来なかった。

翌日目を覚ますと、朝登校時間、ギリギリの時間だった。


携帯には雄介から何度も着信があったが、最後にはメールで『先に学校に行ってるぞ』という連絡が入っていた。

僕は急いで学校指定のブレザーに着替えて家を出た。学校までは自転車で30分程だ、僕の通学区では徒歩で通学する距離だったが四の五の言っていられない、自転車で登校しても間に合うか微妙な時間帯だった。

こんな日に限って赤信号が続く、結果学校まで数メートルというところで放送室から朝の登校時間終了の合図である挨拶の放送が聞こえた。

ああ、遅刻した……

校門の前にはいつもの白いジャージを着た体育教師が腕組みをしながら待ち構えていた。

『※この日はいつもと違って赤いジャージ』いつもなら沢山の生徒が登校する時間帯に来ているからそれに紛れて見つからずに中に入ることも出来たが、今日は生徒の姿は一人として見当たらない。

僕の容姿と遅刻の事もあり、これはこってりと絞られるぞと考えると憂鬱な気分になり、今日はこのまま帰ってしまいたい気分になる。

しかし、そうもいかないのでここは我慢して彼のお叱りを受けようと校門前まで行き、「すいません、寝坊で遅刻をしました。一年三組の坂東和樹です」と告げると。

生徒指導の白ジャージは「ああ…… 次からは気を付けるように、早く学校に入りなさい……」

僕は驚いた。遅刻に自転車登校、それに地毛ではあるが金髪である生徒を子の正義感の強い白ジャージが見逃すわけがないと考えていたからだ。

実際彼は入学当初の僕が正常な時間に登校していたのにも関わらず長々と説教をし、一限目のチャイムが鳴っても関係ないという感じで叱り続けた過去があった。

そんな彼が今日に限って僕をすんなりと校内に入れたことに逆に不信感を覚えたが、その采配のおかげで何とか担任教師が教室で朝礼を行う前に教室に入ることが出来た。

息を切らして自分の席に着く僕の前に雄介が来て声を掛ける。

「全く、何度も連絡したんだぞ。遅刻なんてムギらしくないじゃないか」

「ごめんよ雄介、昨日は何だか寝つきが悪くて……」

「昼飯おごりで勘弁してやる、それにしても運が良かったな、ムギが登校してくる姿を見かけたがすんなり入れたようじゃないか、それに今日は職員室で教師たちが集会を開いているらしいから、どのクラスも一限目は自習になったらしいぞ」

「なんだ、それならこんなに急いでくる必要も無かったのか」

「まあよかったじゃないか、結果的には遅刻にならずに済んだんだから」

僕たちがそんな話をしている脇で、生徒たちが今朝の職員集会について物議を醸している。。

「やっぱり殺人事件の事じゃないの?」

「絶対そうだよ、こんなに立て続けに起こるなんておかしいもの」

「犯人まだ捕まってないんだよな、こえー」

流石に自分たちの住む街で立て続けに殺人事件が連続で起こっていることに不安を抱えた彼らは、学校でその話をするようになっていた。

「今朝の職員集会の理由は他の生徒たちが話しているように、この街で立て続けに起こっている殺人事件の事で十中八九間違いないと俺も思ってる。恐らく二限目の初めに朝礼が行われて、担任から注意喚起が行われると思う。まあ、対策なんていっても登下校時に出来るだけ一人での行動を避けるようにする事ぐらいだと思うけどな」

実際二限目の初めには朝礼が行われ、雄介が言ったように殺人事件についての注意とその対策法が告げられた。内容もやはり出来るだけ一人での行動を避けるようにとのことだった。

僕はその朝礼の時間、ぼんやりと窓の外を見ていると白ジャージ、もとい今日に限って赤ジャージの車が校門から出ていくのが見えた。


昼休み、僕と雄介はいつも通り屋上で昼食をとる、その日は僕から話を切り出した。

「気がかりな事件があるんだ、雄介」

「なんだ?ムギから事件の話を振ってくるなんて、初めてじゃないか」

雄介は驚いた様子もなくそう答えた。むしろその顔は嬉しそうに微笑んでいる。

「実は生徒指導の白ジャージが今日は遅刻した僕に対して無関心だったんだ、それにいつもの彼のトレードマークである白いジャージが赤いジャージに変わっていた。二限目の初めに彼は帰宅したようだし…… これについて雄介はどう考える?」

雄介は鞄から氷砂糖を取り出し、一つ口に放り込んだ。

「今日、彼がムギに対して無関心だったのは今朝の職員集会があったから急いでいた。それでは説明不足な気がするな。二限目の初めに車に乗って校門を出たのならば何か彼にとって重要な問題が今朝、もしくはそれ以前から起こっていてそれに対して考え込んでいたと俺なら考える」

「うん、そうなんだ、白ジャージは生徒指導に対して情熱を持って取り組んでいるように思えるし、この学校では彼が適任だと僕も思う。だからこそ今朝、遅刻した僕に注意をしなかったことに対して疑問が残ったんだ」

「それだけ仕事熱心な男が、仕事を放り出してもしなければいけなかったこと…… 人間、自分自身の事は後回しに出来ることが多いが、他人の事となればそうはいかない、そしてそれがもし家族であったなら尚更そうはいかないだろう」

「家族…… もし不幸があったりしたり、危篤状態にある家族がいたとかかい?」

「いや、それならば朝から学校を休むだろうし、誰かが亡くなったという考えは排除しよう。逆に良い事があって彼は学校を急いで飛び出した」

「ジャージの色がいつもと違うということは、家で洗濯が疎かになっているという可能性がある、つまり家族に何かしら問題が生じたと考えるならば、彼の奥さんに何かがあったのだと思う。そして急いで彼が向かった先は恐らく病院だろう」

「奥さんが妊娠していて、今日陣痛が来た…… それで朝からソワソワして気が気じゃなかったのか、確かにそれなら説明は付く」

「だが不可解な部分があるんだ」

「何だい雄介?完璧な推理だと思ったけどね」

「いや、赤ん坊なんて、旦那が行ったところで関係なく勝手に生まれてしまうものじゃないのか?例えそれが切迫した状態であっても、医者が何とか対処するだけで彼には何も手出しは出来ないと考えるのだが……」

相変わらず人の心理について考える事が苦手なんだなと思い、僕は少し苦笑してしまった。

「雄介、家族が増えるのは人生においてのビッグイベントだ、それが初産であれば尚更どうしていいものかわからないものだと思う。自分が何かできなくても、病室に入って奥さんの手を握ることぐらいは出来る。そうすれば初めての出産に不安を感じている奥さんの精神的安定に繋がるんじゃないかな、僕にも年の離れた小学生の妹がいるけど彼女が生まれるときは父さんと一生懸命お母さんの事を応援していた事を覚えているよ」

「ふむ、一見不合理な事のように思えるが、精神的支柱になれるのならば無駄な事ではないのか」

「赤ちゃん、奥さんに似るといいね」

僕は笑いながら、そう言った。

「確かに、白ジャージに似たら無骨な赤ちゃんが生まれてしまうからな」

「最初からそんなに似てる訳ではないと思うけど……」

僕たちは顔を見合わせながら笑った。

普段はめんどくさい存在としか認識していなかった、彼の人間らしい行動は今までの不条理な指導を打ち消してしまうほどに愛しいと感じた。

人間は新しい事が自分の身に起きるたびに、自分の事を知っていく。

きっと彼は自分にも他人にも厳しい存在であったが、これから子育てという課題を抱えて、生徒が何故非行に走ったり、擦れたりしてしまうのか身をもって体験していくことになるんだろう。

まだ高校一年生で、そんなに先の事を想像できない僕やほとんどの生徒たちはぼんやりと生活しているものが多数だと思う。それは雄介にも言えることだと思う。自分がどんなことが好きで熱意をもっていて、そんな自分がこれから先の人生で何が出来るか深く考える必要がある時期が必ず来るだろう。今の僕たちにはこの同好会が全てだった。

雄介との談義は居心地が良いし、楽しいとも思っている。

だけどこの時間さえきっと終わる時がくるんだろうなあ、なんて考えながら僕は雲一つない空をボーっと見つめていた。

休み時間終了のチャイムが鳴り響く、僕たちはいつものように静かに教室まで帰っていった。

この時は、あんな凄惨な事件が起こるとも知らずにただ、微笑ましい気持ちに包まれながら。


翌日登校すると、いつものように校門に立っている白ジャージ、僕と目が合ってこちらに近づいてくる。また注意をされるのだろうか。

彼は口を開くとこう言った。

「すまなかったな坂東、お前のその髪の毛の事、地毛とは知りながらも注意をしないと他の生徒に示しがつかないと思い毎朝嫌な気分をさせた」

そう謝罪の言葉を口にした。

その顔は実に爽やかで、今なら何でも許せるといった表情をしていた。

「先生も無事に子供、生まれて何よりでしたね」

僕がそう言うと。

「何でそんな事知っているんだ?」と聞かれたが僕は何も答えずに笑った。そして下駄箱に向かい、後ろ姿で白ジャージに手を振った。

教室に入ると、雄介が小坂と楽しそうに話している姿が見えた。

僕の姿を確認するとこちらに近づいてくる雄介。

「今、小坂から聞いたんだが白ジャージの子供、どうやら女の子らしいぞ。色んな生徒が性格が丸くなったと噂してる」

「確かに僕も今朝は金髪のことは勘違いだったと謝られたしね」

こんなにもすぐ人間性が変わってしまうほど、子供が出来ると言うのは大きな重大な事なのだと改めて思い知らされた。

「それにしても雄介が僕以外の生徒と話しているのは珍しいね、何か心境の変化があったのかい?」

「ああ、俺は小坂と付き合うことにしたんだ。ムギがいつも言うように人間関係や心理とは奥が深い、人と付き合ってみることで俺自身の視野を広げてみたいと考えた結果だ」

「その考え方はいかにも雄介らしいね、小坂さんの事気に入ったのかい?」

「頭の悪い子ではないとは思っているし、好きかどうかはまだわからないが、決して嫌いでもない。ただ俺はきっと……」

そこで雄介は言葉を詰まらせた。

僕は雄介が僕とのディベートを繰り返すことで、きっと人の本質を知りたいと思ったのだと解釈した。

「もっと、知りたいと思ったんだろ?人の心の事を」

「多分、それが正しい答えなんだろうな」

日々は少しずつ変化を続ける、どうかこの変化が僕たちにとって幸福な未来への懸け橋になりますように、そう願った。


しかし、この日から1週間後の深夜、僕のその想いを否定するように新たな殺人事件が起きた。

白いジャージが真っ赤に染まる程、数か所を刺されて死亡していたその遺体は、僕たちの良く知るあの生徒指導の『剣持聡』だった。


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