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クライム・ディベート・サークル  作者: 和田 よしひさ
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クライム・ディベート・サークル 第二章『ゴミを漁る生徒』

前回投稿したクライム・ディベート・サークルの二話目になります。


第二章『ゴミを持ち帰る生徒』

昼休み、僕達は屋上に作られた自分たちだけの部室で昼食をとっていた、部室と言ってもタープの下に公園から盗んできたボロボロのベンチだけだったが、それでも僕たちの部活の体制に影響は無かった。

中学校に入学してから繰り返されてきた僕等の活動の記録が屋上の床に、沢山記されている。

雄介と雑談をしながら昼食を食べ終わった後、まだ休み時間には余裕があったので、二人で体育館脇にある自動販売機まで飲み物を買いに行った。

その間に、ゴミ捨て場の前を通ることになるのだが、その日、僕達と同じ一年生の男子生徒がそこで必死にゴミを漁っている場面を目撃した。

周囲は不思議な光景に視線を集めたが、関わり合いになるのを遠慮したいがために無関心を通しているようにも思えた。


僕たちの学校では当番制でゴミ捨てをする決まりがあった。

その男子生徒はどうやらすぐに自分の探し物の入ったゴミ袋を発見したようで、コンビニの袋に包まれたそれを抱えると、急いでその場から走り去っていった。

彼が持っている袋からは、走って内容物が揺れるたびにカンキンカンキンという缶と瓶がぶつかり合うような音が聞こえた。

僕等が缶コーヒーを買って屋上に戻ると、雄介が開口一番にこう言った。

「何故あんな不合理な事をするんだろうな?」

不合理、これは雄介の口癖であり僕は毎日のようにこのセリフを聞かされていた。

「今回はどんなことが気がかりだったんだい雄介?」

雄介はスクールバッグから氷砂糖を取り出し一つ口に放り込んだ。

「ああ、今さっきゴミを漁る生徒がいただろ? それで少し考えたんだが、彼が持ち帰ったビニール袋からは明らかに中身のない缶や瓶の音がしていた。大事なプリントや私物を間違って捨ててしまったならまだゴミを漁る理由に足るのだが、何故わざわざゴミ山からゴミを掘り出すのかには疑問が残った」

僕もさっきの男子生徒の事を思い返す。

「確かにおかしいよね、分別が出来ていなかっただけであんなに焦ったりはしないだろうし、間違っていたとしても持ち帰るのには違和感がある。例えばゴミ捨て場にある他の空き缶、空き瓶のゴミ袋に入れちゃえばいいだけなのに」

「理由を考えるのは簡単だ、あの生徒が持ち帰ったビニール袋の中身は学生にとってバレてはいけない物、隠しておきたい事実がある代物だったんだ」 

「学生にとってバレちゃいけない物って?」

「つまり、あのビニール袋の中網は『酒』の空き缶だ。どこかの部活動が部室で飲酒をしていて、当番制でゴミ捨てをしていた後輩が、間違って酒の空き缶を学校のゴミ捨て場に一緒に捨ててしまったんだ。それに気づいた」先輩は激昂してあの生徒をゴミの回収に向かわせたというわけだ、おそらく上下関係の厳しい運動部の生徒だろうな」

「ああ、それであんなに焦っていたんだね」

考えてみれば、男子生徒の様子は尋常じゃなかった。誰かに脅されているようにも感じ取れた。

「俺はそれが不可解だと言いたいんだ。例え酒の空き缶が入ったゴミ袋を発見されたところで、他のクラスの空き缶や空き瓶もゴミ捨て場にあるのだから、部活動の特定なんかできないだろう? 警察の介入があって全校生徒の指紋でも取らない限り不可能なんだ。しかし学校側もわざわざそこまでして学校の評価を下げるような行為をしたくはないだろうから、大げさに言っても全校集会が行われて、注意を受けるくらいだろう」

僕もその見解はもっともだと思った。学校の評判を下げるようなことをわざわざ学校側からすることも無いだろう。

「雄介、でもそれだけの推理が出来ているのに何故、犯人の心理までは解き明かせないんだい? 僕は彼が『焦っている』と言ったし、雄介は『先輩生徒に激昂された』とまで言ってるじゃないか」

雄介は屋上の床にメモを取り始めた。僕の心理見解が始まると何時も決まってそうするのだ。

「うん、俺には人の心理や動機までは解らない、だからムギの見解を聞かせてほしいんだ」

わかった、と言いながら僕は残っていた缶コーヒーを飲みほした。

「雄介の言う通り先輩に怒られたあの男子生徒はひどく焦っていた。それと同時に先輩の方も冷静さを欠いていて、雄介のような考察まで行きつかず、すぐに後輩生徒をゴミの回収に行かせたんだ」

ガリガリと屋上に僕の発した言葉が刻まれていく。

「確かに当人たちが何も行動を起こさずに黙っていれば、大げさになっても全校集会での注意が学校側には関の山だろう。ならば回収する現場を見られた方が不審に思われるはずだ。もし教師がその場面を目撃していたとしたら、部活動の停止や飲酒をしていた生徒達の停学とか、本人たちにとってもっと重い処罰が下る可能性が高いからね」

「そうだろうとも、だから不合理だと言ったんだ」

 僕は空になった缶コーヒーの殻を雄介に向かって転がした。

「この事件は関わっていた人物全員が焦っていたということが重要なんだ。激昂した先輩に対して恐怖を覚えた後輩は、その場では学校側や教師の事など考える程頭が回らなかった。目の前にいる先輩の方が彼にとっては遥かに怖かったんだ」

「ただの生徒である先輩がか? 処罰については何の権限もないだろう?」

 転がってくる空き缶を拾い上げる雄介。

「生徒だからこその私刑を恐れたのさ、後輩は焦った『どうしよう、どうしよう』と、この事実が他の部員にも知れ渡ったら、この部活動に自分の居場所はなくなってしまうかもしれない。それどころかこれがきっかけでいじめの対象に成り得ることを危惧したんだ」

「いじめ…… か……」

雄介は頭が良く、人に無頓着な事で周囲から浮いていることが多かった。中学校に入ってからはなんでもあけすけに言ってしまう性格を生意気に思ったのか、先輩生徒に絡まれている事も何度かあった。この時言葉に詰まった雄介に僕は彼の人間らしさを見出していた。普段、人間には興味が無いと言っている彼も暴力を振るわれれば痛いし、無視され続ければ辛いのだ。この時の僕は彼の浮かない顔にそんな感情を汲み取った気になっていた。

「話を続けるね。確かに部活動の事を考えたら、何もしないで飲酒の事を知らん振りする事が最も合理的な方法だったんだけど、あの時後輩が恐れたのは、目の前にいる先輩の怒りの眼だった。だから信頼を取り戻すために急いであのゴミ捨て場に戻り、酒の空き缶を回収して先輩の元へと持ち帰った。怒りを鎮めることが彼にとってはその場で一番大切な事だったんだよ」

「危険を犯してもか?」

「うん、全校集会が行われて何もお咎めなしだったとしても、彼はこの学校生活で犯人捜しをするような周囲の目を気にして、日々を怯えながら過ごすしかないだろうからね」

雄介は記したメモの最後にQEDと付け足して、僕と隣り合わせのベンチに座った。

「そんなもんか、俺にはやっぱり理解できないな。恐れることがあるならば、最初から何もしなければ傷つかずに済むのにな」

「人間は悪い事って言われると、やりたくなる節があるんだよ雄介。現に僕達だって勝手に屋上を占拠してるじゃないか」

僕と雄介は顔を見合わせながら笑った。

「確かに」


僕達はその日の考察を終え、帰路に付いた。

「誰にでも隠したいことや、後ろめたい事があるんだな、今日の話し合いでわかったよ」

雄介は僕の一歩前を歩きながら、振り向きもせず後ろ姿でそう語った。

「ムギにもそういうのがあるのか?」

「そうだな、僕はもう学校で不当な評価を受けているから出来るだけ生活態度には気を付けているし、家族との関係も良好だ。今のところ隠している事は思いつかないかな…… そういう雄介はどうなんだい?」

「俺は他人にはあまり本当の自分を知って欲しくない、昔から理解されない事の方が多かったからかもな、それでもムギ…… お前だけは俺の事を理解してほしいと思ってる。例えどんなことが起きようとだ」

今度は振り向いて真剣な顔でそう言う雄介に僕は少し違和感を感じたが、その時はその違和感の正体を知ることは出来なかった。

「うん、できるだけ努力するよ」

雄介はありがとうと言って、再び背を向けた。

僕達はそれぞれの家に帰る為、帰路の途中で別れた。

僕は空を見上げて、雄介にも何か深い悩みがあるんだろうか、なんてことを考えていた。そして友達としてはそれを相談してほしいとも感じ、心に靄がかかったような気持ちになった。



その数日後、朝のニュースでは再びこの街で起きた殺人事件が報道されていた。

被害者は背後から後頭部を鈍器のようなもので殴られて死亡。

遺体の傍には割れて中身が飛び散ったビール瓶の残骸が残されていた。

被害者の名前は『鵜飼健介』という五十代の男性だった。


お楽しみいただけましたでしょうか。

第三章~第五章までの想定で書いていますので、続けて読んでいただけたら嬉しいです。

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