ほのぼの戦記
「華ってやっぱり、変わってるよね」
前の席にいる親友、千香ちゃんがそんなことを言った。視線の先には、私が読んでいる兵法書『孫子』。すでに何度も読み返しているけれど、何度読み返しても新しい発見があり面白い。
そう。私、秋月華は大の兵書好きである。
*
ここは桜宮高校。ごくごく平凡な高校で、とくべつ偏差値が高いわけでも無い。もちろん、とくべつ低いわけでも無いので不良がいっぱいいるなんてこともない。そんな高校に通う私も特別なことなんてなにひとつ無い。変わっていると周りから言われることがあるとすれば、兵法書を持ち歩いていることぐらいだ。
「変わってないよ。ちょーっと、『孫子』とか『三略』とか好きなぐらいで」
「それ、なに?」
「兵法書」
「あんたは、どっかと戦争でもするの?」
そんなわけないと私は首を横に振る。
「なにか起きたとき、これらを駆使するの!」
「やっぱり、どこかと戦う気じゃん」
半ばあきれながら千香ちゃんが言ったとき、先生が教室に入ってきていつのようにホームルームが進む。
「あー、それから再来週にはテストだから、しっかり勉強してくるように」
すっかり忘れていた私は、絶望の色を浮かべる。ホームルームが終わると、私は千香ちゃんに声をかけた。
「忘れてたよ~。千香ちゃんはもう勉強してたりする?」
「まっさかぁ。するわけないじゃん」
「だよねー……」
答えながら私は心に渦巻く不安を隠しきれない。こういうときこそ、『孫子』の力を借りようと本をひらく。
「なにか役に立つ言葉があるの?」
「孫子には、『用兵の法は、その来たらざるを恃むこと無く、吾れの以て待つ有ることを恃むなり』とある。つまり、山を張ったりしないで勉強すれば、大丈夫なはず!」
「おう、頑張れ~」
それから私は、必死にがんばった。がんばったはずだった……。
そしてテスト当日。
「あれ、華。今日は教室に来るのはやいな」
「ふふ、『凡そ先に戦地におりて敵を待つ者佚し、後れて戦地におりて戦いに赴く者は労す』だからね」
「とにかく、気合い入ってんだな」
と、千香ちゃんはつぶやいた。いざ、試験がはじまると。
(あれ? これ確か教科書に載ってたけれど、なんだっけ)
頭が真っ白になってしまったのだった。
数日後。先生に呼ばれて追試を受けることになったのは言うまでもない。
(兵法書は好きでも、運用はまだまだ出来ないね……)
私は、心の中でこっそりつぶやいていた。