記憶の物語
デストピアでの、ボーイアンドガールミートおっさんです。一応前の作品の登場人物を使ってますが、この作品単体でも楽しめるようになってます。評価、感想くれると作者が喜びます。
――死ぬより怖いのは、忘れられること――
オンボロバイクが、騒音と共に、がれきの街を進んでいた。
バイクを駆るのは、サイズの大きいコートに身を包み、顔の半分以上をゴーグルで隠した少年、リョウ。
その後ろには、鮮やかな赤色のコートを着た女の子、ニィ。
目を離すと人が消えてしまうようになった世界を、リョウとニィは何処までも進んでいく。
といっても、それは昼間の間のこと。夜はきっちり休息をとるべし、というのが、消えたリョウの父親の口癖だった。
「別に、それに従うわけじゃないけど、夜はライトが必要な分、バッテリー食うのは事実だしな」
「せつやくはだいじだよ」
夕方頃に、今日の野営地を定めてバイクを止めたリョウは、ニィと2人で晩ご飯を取っていた。
今日のメニューは携帯食料。味は悪いが栄養のバランスは完璧だ。なにより、食料がこれしかないのだから、これを食べるしかない。
「だいぶ食料や水も減ってきたな・・・・・・」
「おにいちゃん、おおぐいだから」
「突然増えた食い扶持の分だよ!」
「おにいちゃんがわたしをおもちかえりしたんじゃない」
「お持ち帰りとか言うなよ、人聞きの悪い」
「おにいちゃん、ろりこんだもんね」
「ほんっとに口の減らないガキだよ、ニィは」
リョウはイライラと一緒に、携帯食料を飲み込む。
それで食事を終えたリョウは、今度は寝床の確保に移った。
といっても、バイクに括り付けてある鞄から寝袋を取り出すだけなのだが。
「なあ、ニィ。本当に寝袋いらないのか? 俺、一応毛布もあるから、気にしないで良いんだぞ?」
ニィは笑って首を振った。
「いいの! わたしにはこれがあるから」
そうして、ニィは自分の来ている真っ赤なコートを叩く。コートは確かに厚手ではあるが、寝具とするには心許なそうだ。
ニィには何度も寝袋を譲ろうとしているのだが、ニィの方が頑としてそれを受け取ろうとしない。リョウはほとほと困り果てていた。
「なあ、ニィ――」
「おにいちゃん、あれなに?」
尚もニィに言い募ろうとしたとき、ニィがリョウの後ろを指さした。
リョウがその方向を見ると、1つの光点が動いていた。
「あれは・・・・・・ニィ、隠れろ!」
リョウは慌てて寝袋をニィに向けて投げると、それを被ってがれきの影に隠れるようにサインする。ニィは素直にそれに従った。
ニィが隠れたのを見届けると、リョウは腰のベルトからナイフを引き抜き、右手に持つ。左手には、懐中電灯を持って、指でそのスイッチを入れた。
人類の多くが死んでしまったこの世界で、夜に見える光点の正体は、大体二種類だ。
同じ人間の生き残りか、壊れないで残っている自動機械か。そして、遭遇する確率は自動機械の方が格段に高い。
自動機械の多くは人型で、今も単純な命令を守り続けている。すなわち、人間を殺すことだ。自動機械に狙われたら、普通の人間ではひとたまりもない。
そして、リョウは普通の人間なのである。
「ここで終わりとか、冗談じゃねえぞ・・・・・・」
リョウは小さく呟く。やっと道連れができて、楽しい旅になりそうなのだ。こんなところで死ぬわけにはいかないし、死んでやる気もサラサラなかった。
「自動機械なら、左胸にコアがある。それを壊せばいい。コアを壊せばいいんだ・・・・・・」
リョウは自分に言い聞かせるように、口の中で何度もそう言いながら、腰だめにナイフを構える。ライトは真正面より少し上を照らすように。その辺りに、自動機械の胸はある。
光点が近づいてくる。同時に、シルエットもうっすら見えてきた。人型、リョウより少し大きい。
「いくぞ!」
リョウは小さく、しかし鋭く気合いを入れた。同時に、地面を蹴って一歩踏み出そうとして――
「そこにいるのは誰だ!」
突然聞こえた人の声に驚いて、思いっきり前にこけた。
「うわっと!」
「うわっ! 何だ、君は!」
ゴロゴロと転がったリョウを辛うじて避けた人影は、自分の持っていたライトでリョウを照らす。同時に、リョウも人影を下から照らし返した。
「え?」
ライトの光で照らされたのは、無精ひげの生えた男の顔だった。
「そうか、その歳で旅をしているのか」
「ひげのおじちゃんもたびびと?」
「ゴロウさんの話、是非聞きたいです」
男は、ゴロウと名乗った。少し前までのリョウと同じく、一人旅をしているらしい。
リョウはニィを呼び寄せると、ゴロウのライターで火を点けて、3人でたき火を囲んだ。
「おじちゃん! これなにー?」
ニィは火を見たことがないようで、さっきからはしゃいでいる。
リョウは慌てて諫めた。
「落ち着け、ニィ。いいか、火は便利なものだけど、危ないものでもあるんだ。絶対触るんじゃないぞ!」
「つまんないー!」
「痛い思いするのはニィなんだぞ!」
「おにいちゃんのけち。いいもん、おじちゃんのとこいくもん」
ニィはテトテトとゴロウの方へ向かい、彼のあぐらをかいた足の上に座る。
「コラ、ニィ! ゴロウさんに迷惑だろ!」
「おじちゃん、めいわく?」
ニィはチラリとゴロウに顔を向け、問う。ゴロウは豪快に笑った。
「はっはっは、迷惑なもんか! ニィちゃんは可愛いなあ」
「・・・・・・すいません、ゴロウさん」
「気にするなって。ニィちゃん取っちゃって悪いな」
「いえ、別に。全然気にしてませんし」
ゴロウはわざとらしく言う。
「そうか? お兄ちゃん的には気にしそうなところだと思うんだけどなぁ――?」
「ングッ! 気にしてませんから!」
「おにいちゃんはわたしのことなんてどうでもいいのね!」
「そ、そういうわけじゃ・・・・・・。そうだ! ゴロウさんは、どのくらいの間旅してるんですか?」
リョウは話題の転換を試みる。ゴロウは相変わらずニヤニヤしていたが、これに乗ってくれた。
「リョウ君よりは長いだろうなあ。確か俺が三十の時からだから、もう十数年くらいかな」
「そんなに!」
「おじちゃん、としより!」
ニィは楽しそうに騒いだ。リョウも自然、笑顔になる。
「俺も、最初は1人じゃなかった。女房と一緒だったんだ」
「奥さん・・・・・・ですか・・・・・・」
ゴロウの話を聞いて、リョウの声が低くなる。一緒に旅に出たのに、今はそばにいないということは、旅の途中で、何らかの理由で別れたということだ。
あるいは、それは今生の別れであるのかもしれない。
「あいつは器量よしでな。何事も計画的で、行き当たりばったりの俺を助けてくれたよ。どのくらい命の危機を救われたか分からない」
「・・・・・・・・・・・・」
「でも、俺は、あいつの最後を見てやれなかった。いや、見られなかったから死んだというか・・・・・・まあその・・・・・・消えたんだよ・・・・・・」
「それは・・・・・・」
人の消失自体は、この世界では珍しいことではない。この時代に生きる大概の人間が、身近な人の消失を経験している。事実、リョウも父を、少し目を離した隙に失っているし、ニィも母親が消失したと言っていた。
しかしそれは、残された人間にとってなんの救いにもならない。死体という、わかりやすい死の象徴すら残らない分、身近な人間の消失による心の痛みは、はけ口を見いだせず、当人の中でいつまでも渦巻くのだ。
今も、故人を思い出しているはずのゴロウは、それでも笑顔を見せた。
「いいんだよ、気にしないでくれ。妻はここに生きているんだ」
ドン、とゴロウは自分の胸を叩く。
「生きている?」
「おじちゃんどういうこと?」
リョウとニィが問う。ゴロウは、胸に手を当てたまま答えた。
「たとえ人が死んじまったり、消えてちまったりしても、生きて覚えてる人がいれば、そいつは生き続けるんだ。生きている人間の、心の中にな。俺はそう信じてる」
「心の・・・・・・中に・・・・・・」
「そうだ。きれいごとだって思うかもしれないが、これは本当のことだ。俺の胸の中には、いつも俺のあいつが生きていて、きついとき、諦めそうになったときに、励ましてくれる。こんな世界で今日まで生きてこられた理由がそれよ」
「・・・・・・・・・・・・」
リョウは怪訝そうな顔をする。ゴロウはそれを見て笑った。
「はっはっは。信じられねえって顔だな。まあ、おいおい分かっていけばいい。もちろん、誰かが死なない、消えないのが一番だけどな」
「・・・・・・そうですね」
「おじちゃん、つよいね」
「つよい? ニィちゃんはおかしなこと言うなあ」
ゴロウは笑ったが、その笑い方は、さっきまでの豪快なものではなかった。過ぎ去った何かを思い出しているような、静かで、泣いているような、そんな笑い方だった。
リョウはゆっくり目を伏せる。そうして、自分も、心の奥底にいるかもしれない父の姿を探すのだった。
明け方、リョウを眠りの世界から引っ張り出したのは、聞き慣れた爆音だった。リョウは寝ぼけ眼でそれを聞いている。
「はっ!」
突然、リョウの思考の歯車が噛み合った。同時に、違和感を覚える。どうして、自分が運転しているわけでもないのに、自分のバイクの音がするのか――
リョウは慌てて起き上がると、音のする方へ向かう。
そこには、バイクに跨がるゴロウの姿があった。荷台には、リョウの旅の物資が入った鞄が括り付けられたままだ。
「どういうことです、ゴロウさん!」
リョウには何が起きているか分かっていた。それでも、リョウは聞く。相手に、自分の考えを否定して欲しいから。
リョウの声を聞いて、ようやくその存在に気がついたらしいゴロウは、バイクのエンジンを止める。
「起こしちまったな、リョウ。このバイク、酷い音だな」
「どういうことです、ゴロウさん」
リョウはゴロウの軽口に構わず、さっきの問いを繰り返す。
ゴロウは肩をすくめた。
「まったく、俺はお前の下手なごまかしに乗ってやったんだから、お前も乗れっての」
「最初から、これが、目的だったんですか?」
リョウはゆっくりとゴロウに問う。ゴロウは観念したように口を開いた。
「最初から、ではないな。最初の最初は、話し声がするから見てみよう、程度だったんだが。で、確認したらガキ2人。俺も物資が尽きかけてたことだしな」
「なるほど・・・・・・」
リョウの声の温度が下がる。反比例するように、リョウの顔が怒りで赤くなっていった。
「要するに、舐められてたわけですか」
「違う。お前達が舐めてるんだ。この時代をな。そうでなけりゃ、見ず知らずの他人を近づけるどころか、迎え入れたりはしねえよ」
ゴロウの言葉を聞いて、いよいよリョウは憤る。腰のベルトから、ナイフを引き抜こうとする。
しかし、そこにナイフはなかった。
「っ!」
「ナイフなら、お前の服からバイクのキーをもらうときに、一緒に失敬したぜ」
ゴロウはニヤリと笑う。
「お前らと過ごした一晩、悪くなかったぜ。今回のことを教訓に、強く生きろよ。じゃあな」
ゴロウはキーを回して、エンジンを再起動する。リョウにはそれをただ見守ることしかできない。
ゴロウの両足が地面から離れる。バイクが走り出した。
その時――
「だめっ!」
がれきの影にいたニィが、バイクの前に飛び出した。
「いっちゃだめっ!」
そのままそこに立ちふさがり、とうせんぼうをするように両手を広げる。
「ニィ!」
「うわっ!」
リョウとゴロウの叫び声が重なる。
ゴロウは慌ててハンドルを切った。バイクはバランスを崩し、地面にあった小さながれきをジャンプ台に跳ね上がる。
ジュ、とニィの顔のすぐ横を、バイクの後輪がかすめてニィの頬を焼いた。それでもニィは顔をそらすことも、目を閉じることもしない。
バイクは着地に失敗し、横転する。
そのドライバーであるゴロウも、体を強く地面に打ち付けた。それでも勢いを残すバイクの車体に引きずられ、ゴロウは体を地面に擦りおろされる。
「ニィ、大丈夫か!」
リョウは慌ててニィのそばへ駆け寄った。
「怪我は? どっか痛いところとかはないか?」
「だいじょうぶだよ、おにいちゃん」
そういうニィの体を確認し、頬の傷以外に目立った外傷がないことを確かめる。そして、リョウはゆっくりと、バイクの方へ向かった。
そこには、血まみれのゴロウがいた。
以前リョウもバイクでこけたことがあったが、間一髪でバイクから離れられたことと、厚着をしていたことがあって、無傷ですんだ。
しかし、ゴロウはリョウよりは薄着で、かつヘルメットなどの身を守るものを何も身につけていなかった。ヒューヒューと苦しげに息を吐くゴロウは、どう見ても助かりそうにない。
「かっ、はっはっは。最後に、下手、うっちまった、な。まさか、あんなところ、に、ニィちゃんが、いるなんてな」
息も絶え絶えに、ゴロウは言う。リョウはゆっくりとしゃがみ、倒れ込むゴロウの耳元に口をもってくる。
「なにか、遺言はあるか・・・・・・?」
ゴロウはカハッ、と息を吐くと、か細い声で答えた。
「俺のこと・・・・・・忘れない・・・・・・で・・・・・・」
「・・・・・・分かった。俺はゴロウさんのこと、忘れない」
リョウの言葉を聞いて、ゴロウは安心したように、呼吸を緩めた。
リョウは立ち上がり、ゴロウに背を向ける。ニィの手を引いて、歩き出した。
「いいの?」
ニィが問うてくる。リョウは頷いた。
「これでいい。ゴロウさんは俺たちを騙したけど、その報いは受けた。それで貸し借りなし。だったら、俺はゴロウさんの友人として、ゴロウさんの死に際に願いをかなえたい」
「おにいちゃんがなっとくしてるなら、それでいいや」
ニィはそう言って、ニヒーと笑った。リョウも、無理に笑顔を作って返す。
その裏で、リョウは静かに泣いた。
寝袋などをもってゴロウの元へ戻ったとき、ゴロウの姿はなくなっていた。
あの体で動けたはずがなく、また血の筋もなかったので、死ぬまでの僅かな時間に、消失に見舞われたのだろう。
「そんなこともあるんだな・・・・・・」
リョウは静かに呟く。
「なあ、ニィ。消えた人間は、どこにいくんだろうな」
「わたしにはわからないよ」
ニィは小さく首を傾げる。リョウはその頭をワシワシと撫でた。
「そりゃそうだな。でも、誰にもわからないんだったら――」
リョウは言った。
「俺は、ゴロウさんが、奥さんに会いに行ったんだって思うことにするよ」
そうして再び、二人旅がはじまる。
「なあ、ニィ。お前どうしてがれきの影にいたんだ?」
「おにいちゃんとおじちゃんがどなってるこえがきこえたから、おこられるとおもってかくれたの」
「怒られる? どうして」
「どなるのは、おこるときでしょう?」
「そうとも限らないんだが・・・・・・。まあ、今回は助かったよ、ニィ」
「ん! わたしすごいでしょ!」
ニィが、頬の絆創膏をなでながら言う。リョウは鼻を鳴らしてそれに応えた。
「ねえ、おにいちゃん」
「何だ?」
「おにいちゃんは、わたしこと、わすれない?」
リョウは、少し考えてから言った。
「・・・・・・忘れないよ。お前は俺の心の中で生き続ける」
「・・・・・・よかった・・・・・・」
「というか、お前みたいな生意気なガキ、そうそう忘れられねえよ」
「わたしなまいきじゃないもん!」
「生意気なガキは皆そう言うんだ」
「おにいちゃんこそ、ろりこんのくせに」
「お前! ことあるごとにそれ言いやがって!」
爆音を響かせて、オンボロバイクががれきの街を進む。
それが騒がしく聞こえるのは、どうやらエンジン音だけが原因ではないようだった。
続きは連載小説でやります。タイトルは、アンドロイドはバイク乗りの少年の姿を見るか、の予定。予定は未定。読んでね。