2-2 教皇という存在
教皇現大陸でもっとも権威を持った人間。
その存在は女神から渡されたという大聖杖によって代々選ばれるという。
それは教会が聖都コーレスにて設立されてからそれは現在に至るまでまで変わらないシステムである。
大陸の主要都市には結界が張られている。
人類が第二次魔王戦争という未曽有の混乱を乗り越え、そして結界地の聖堂回境師の任命式は教皇が行うことになっている。
結界の使用者の委譲は大聖杖に認められた教皇しかできない行為となっているためだ。
ちなみにフィアだけは例外で自身の結界地を持っていないためにその儀礼は行っていない。
「きょ、教皇暗殺だって」
ヴァロはあわてて自身の口を塞いだ。横ではクーナも目を見開いている。
「大丈夫、『音断ち』の結界を張っている」
フィアだけは冷静にそれに対応していた。
『音断ち』は結界外部からの音を断つだけではない、結界内部からの音も断つ効果もある。
ヴァロは『音断ち』をあらかじめ張っておいたのはこのためでもあったのかと今更ながら思い知る。
「…何となく予想はついてました。こんな状況であなた方が動くとなればそれ以外に考えられませんから」
フィアは全く動じる気配はない。フィアにとっては想定済みのことらしい。
考えてみればそうだ。人手がどこでも不足している今、わざわざ動く必要はない。
そうしなかったのはそうせざるえない理由があったためだ。
必要とされるために強引にでも裏で動かなくてはならないのだ。
「人手が足りない中、捕り物を行ったのはそういう背景が…」
少しだけ納得したようにヴァロ。
「うちも結構強引に事を運んでいる。本来なら手順を踏まなくてはならないんだがな」
「後でそれ相応の罰を受けてもですか?」
フィアは鋭い視線をイクスに向ける。
「こればかりは手段は選んでられん。教皇のもつ大聖杖の力の一つには教会に登録された魔剣聖剣をすべてを管理できるという能力がある」
「…魔剣を管理?」
ヴァロはびっくりして声を上げる。
「そんなことが…」
「イクス」
ローが声を上げる。
「別に隠してなどいないさ。ある一定層以上なら誰でも知っている。
それに個人が知ったところでどうにでもなるようなことではない」
イクスの言葉にヴァロは何ともいえないような表情になる。
「…」
「つまりは教会の登録を受けた魔剣聖剣なら契約を強制的に解除させ、凍結させる権限があるということだ」
さらりとイクスはとんでもないことを言った。
「教会はこの力を使って教会に属する国の頂点に立ってきた」
魔剣の本数はその国の軍事力と同意義だ。万が一魔剣を失えばその国の軍事力は半減し、他国からの脅威にさらされることになる。
ヴァロは教会に属する国がどうして教会だけには逆らえないのかわかった気がした。
「大聖杖に選ばれた教皇が暗殺され、不在となれば魔剣に対する抑止は消え、教会の権威は失墜し、人間界には未曽有の混乱が引き起こされる。
カランティの息のかかった東部の領主どもは喜んで反旗を翻すだろうな。魔王戦争よりもはるかにたちの悪い状況になりかねない」
「…」
戦火は大陸全土に広がることになる。それは国同士の戦いの幕開けとも言えよう。
そうなればかつてないほどの犠牲が出ることになる。
「カランティも魔剣の調律をしていたんだろう」
魔剣の調律を行っているのは聖堂回境師である。
カランティが魔剣に細工している可能性も考えられなくはない。
「カランティにはどうにもできないはずよ。魔剣や聖剣の根幹にあるものなの。
もしそれを否定しようものなら魔剣や聖剣を一度解体しなくてはならない。
それに魔剣聖剣の製造方法は教会が聖都の地下深くに秘匿している」
フィアの言葉にイクスはそうだと言っているように頷く。
いきなり教会の中枢にある事実を突きつけられヴァロとクーナは顔をしかめている。
「イクスさん、私から一つ質問をさせてもらってもいいですか?」
「なんだい?」
フィアは鋭い視線をイクスに向ける。
「今回の一件。ミョルフェンには話していませんね?」
「ああ」
「トラードの聖堂回境師を差し置いて影で動くわけにはいきません。
ここはトラードの管理地。あなた方がなんと言おうとこの地の管理者はミョルフェンです」
「式が終わってから必ず話すつもりだ。今は彼女に負担をかけたくない」
そうミョルフェンは聖堂回境師になったばかりだ。
任命式もある。任命する前の彼女に行動を期待するにはあまりに酷だろう。
「約束できますか?」
「ああ、女神に誓おう」
教会の信仰するのは女神。信徒である彼らがその名に誓うという。
それを聞いたフィアは張り詰めていた空気を解く。
「私は今回の連中はカランティとつながりがある連中と思っている」
いきなりカランティの名を出されそれぞれの表情に緊張が走る。
「カランティと?それはあなたの感ですか?」
「ああ、感だな。ここトラードは前任者の聖堂回境師カランティが管理していた場所でもある。
それに撤収もまるでこうなることを事前にあらかじめ予測していたかのように逃げている。
奴はこの状況も予測していても不思議ではない。
それは対峙したあんたらが一番わかってるはずだろう」
悔しいがイクスの言うとおりだ。
『真夜中の道化』の連中も城に魔獣を封印していた。
撤収も聖カルヴィナ聖装隊がこの城を包囲している中行われている。
さらにその研究の核心が記された資料は発見できなかったという。
思い返せばあの事件はすべてカランティの思惑から抜け出すことはできなかったともいえる。
「私はもし仕掛けてくるのならば教皇が聖堂回境師を任命するこの式以外にないとにらんでいる」
カランティを知らないものならば一笑するところだが、カランティと直に対峙したフィアたちに妙にその言葉は説得力があった。
「私たちが協力しないと言ったら?」
「我々二人で動くつもりだ」
イクスはよどみない口調で言い切る。
二人でどうにかできるほど甘いとも言い切れない。
ヴァロはフィアを見るがその表情から考えを読み解くことはできない。
「カランティ一派をトラードから追い出した君たちに頼みたいのだ。頼む、奴らを捕らえるために力をかしてくれまいか?」
イクスは頭を深く下げた。
「イクス」
ローはその姿にどういうわけか動揺していた。
「やるべきですよ」
ココルが熱意の籠った声を上げる。
ココルがそう言うのはココルの故郷でもあるからだ。
「ヴァロは?」
「俺はフィアの決定に従うよ」
ヴァロは微笑んでフィアを見る。この場の決定権は聖堂回境師であるフィアにある。
フィアは険しい表情で沈黙を続けている。
「我々教会は君たちを高く評価している。それにヴァロ君の『狩人』内での立場を考えれば、引き受けていおいても損はないだろう?」
ヴァロはイクスの言っている言葉の意味がわからない。
フィアはそのことを知っている様子だ。
「…あなたは何者?」
「…」
フィアの問いにイクスは答えない。
「少し考えさせてもらえませんか?」
「急かすつもりはないが、今日中に返事をもらいたい」
明後日には任命式を控えている。明日にも教皇はこのトラードにやってくるという。
時間は無い。
「そうですね。ではまた夜に」
落ち合う場所を決めてその場はお開きになった。
フィアたちは場所を変え、ココルも交えて四人で話し合う。
「教皇暗殺計画ですか…これはまた大変なことになりそうですね」
ココルはすでに若干達観している様子だ。
北の地で大陸の存亡をかけた戦闘のあとだ。無理もない話ではあるが。
「ヴァロはどう見る?」
フィアはヴァロに意見を求める。
「あのイクスって男は素性が知れないがイクスさんはあの聖滅隊隊長ミリオスの片腕と言われてる。
きちんとした立場のある人だ。素性は知れないがあの人が従っているってことは信用してもいいかと思う」
「…クーナは?」
「トラードのカランティの用心深さは私たちの私たちの間でも昔から言われていたことよ。
このトラードに何か仕掛けてあってもおかしくはない。持ちかけられた話に関していうならありえなくはないわね」
「…そうね」
二人の意見を聞き、フィアは小さく頷く。
「一つ聞いていいですか?」
「何ココル?」
「大聖杖ってのは魔剣や聖剣と同じものなんじゃないですか?大聖杖自体は契約者を護るとかそういうことは…」
「…ここから先は機密も混じるから他言無用でお願い」
全員は頷く。全員が頷くのをみてフィアが静かに語りだす。
というか
「…大聖杖は杖そのものに力はない。あれはただの『鍵』。それそのものには魔剣聖剣のような力は付与されていない。
そしてその契約者は魔剣聖剣を一切使えないという制約がある」
「力の独占を防ぐためね」
「そう」
クーナの言葉にフィアが頷く。
「それじゃ」
「…教皇は魔剣を持たないただの生身の人間よ」
フィアは小さくそれを口にする。
「…もし教皇が討たれでもしたら?」
「大聖杖が次の教皇を指名していなかった場合、教皇空位の期間が始まるわ。
それは十年二十年かわからない。とにかく大聖杖が認める人間が現れるまで。
大聖杖の契約者、教皇が無くなれば大陸各地で国同士の紛争がはじまる。
…前にもそんな期間が一度あったそうよ。それは大変なものだったと歴史にある」
教皇が不在だった空位時代と言われる時代があったことはヴァロも聞いている。
教皇と言うくびきが無くなったことで教会の目の届かない辺境の国々から覇権争いが始まったそうだ。
わずかな期間だったそうだが人間の住む地域は確実に荒廃したという。
「次の教皇はすでに決まっているのか?」
「さあ。私はそれを知る立場にはいない」
フィアは横に首を振る。
「カランティはもちろんこのことを…」
「…知ってるでしょうね」
フィアは厳しい表情のままだ。




