1-4 奇妙な男
ココルは二人の男を拘束し、騒ぎを駆けつけやってきた衛兵につきだした。
男たちを引き渡したことでココルの周りにいた野次馬たちはいなくなり、通りの喧噪も元に戻りつつある。
人が引くのを待ってヴァロはココルに話しかける。
「よくやったな、ココル」
ココルは元暗殺者だと言う。その身のこなしは素早いことはもちろん、無駄がなく、怖ろしいほどに的確だった。
コブリの時といい、その体術は目を見張るものがある。
「師匠、さすがです」
ココルはヴァロをべた褒めしてくる。
そんな大したことはしていない。
使ったのは魔剣ソリュード。
聖剣カフルギリアの力も使える。
それは以前ヴァロが聖剣とも聖剣カフルギリアとも契約していたためだ。
ドーラが魔剣ソリュードを調律してくれたおかげで聖剣の力も宿すようになっている。
さらに『オルドリクス』との決戦以降、魔剣で聖剣の能力の細やかな制御もできるようになってきた。
ただし地面に剣をつき刺さなくては蔦は発生させられないし、剣から手を放すと蔦は消えてしまう、オリジナルと比べると相当に不安定なものだ。
そのために聖剣の力は単独の戦いでは使うことは厳しいとも感じている。
今回の一件でココルとの連携は取れるものだとわかった。
ちょっとした収穫である。
「早く買い出しを終わらせてフィアと合流しようぜ」
大幅に予定が遅れてしまった。このままだとクーナに何を言われるかわからない。
「はい」
二人は言いつけられていた場所に向かおうとする。
一人の人影がそんな二人の前にやってくる。
「貴殿らの協力に感謝する」
その男は二人の前にいきなり現れ頭を下げた。
肩までかかる黒い長髪に口髭。澄んだ瞳が印象的だった。
身長はヴァロと同じぐらいだろうか。
分厚い甲冑を服の下に着込んでいる。
「あんたは?」
ヴァロはその男に見覚えはない。ココルに視線を向けるが、ココルは首を横に振る。
ただし貴殿らと言った。ヴァロが魔剣を使ったことを知っている可能性がある。
ヴァロは軽く警戒しつつ、
「私の名はイクス。ヴァロ・グリフはじめまして」
屈託のない笑みとともに差し出された手をヴァロは握り返す。
「ああ、なんで俺の名を知って…」
ヴァロが言いかけると一人の男が背後から声をかけてくる。
「見つけましたよ。あなたときたら全く」
一度聞いたことのある声をヴァロたちは耳にし、その男に視線をむけた。
そこには見知った顔があった。
「ローさん」
ヴァロとココルは二人で声を上げる。
その男の名はロー・レンドベカリス。
大陸最強と言われる聖カルヴィナ聖装隊に所属し、魔剣使いでミリオスの片腕をしている人だ。
ローとヴァロたちは一度ここのトラードで出会っている。
ローはいつもの聖装隊の制服ではなく、私服を着ていた。
かなり着こなしてる感がある。
イクスはローに何やら耳打ちする。
「ヴァロ、少しいいかな」
ローはイクスを連れ立って二人を人気のない場所まで連れて行く。
「ローさん、今日は私服なんですね」
「ああ。今日は目立たないように私服なんだ。捕り物の最中に聖装隊の制服を着ていたら警戒されてしまうよ」
ヴァロは大体の事情を察する。どうやら捕り物をしていたのは彼らだったらしい。
ヴァロたちはローとはカランティとのいざこざの際に助けられた。
「あのヒト一体?」
ヴァロは先行して歩くイクスのことをローに尋ねる。
分厚い鎧のことを考えれば、捕り物には参加していないともいえる。
だが先ほどの口ぶりからすれば参加しているようにも聞こえた。
イクスと言う男に関してはわからないことだらけだ。
「…この方は信用してもいい。事情は話すことはできないが」
困ったようにロー。
人気のない建物の間の空地にやってくるとイクスは振り返り、事情を話し始める。
「俺たちはちょっとした事件を追っていてね、そして奴らのアジトを見つけて包囲したまではよかったのだが、一つ誤算が生じてな」
「誤算?」
ヴァロの声にイクスは頷く。
「魔族がその中に混じっていて、魔力を使われた」
「…」
考えられなくはない。魔族の扱うそれは魔女の魔法とはかなり異なる。
魔力を直接使ってくるような感じである。
その魔力を見慣れていない一般の人間が魔力を見れば驚き、混乱してもおかしくはない。
「そこで魔族がいたことに我々のうちの数人は驚き包囲網が破られたと言うわけだ」
魔族は魔女以外に魔力を使える者のことだ。
魔力を自在に使えるためにその戦闘能力は一般の人間をはるかに超えると言われている。
現在、第二次魔王戦争の際に人間界に取り残され、人間界にはほとんど残っていない。
人間界にいる魔族は大陸東部の山間部にわずかに存在しているだけではなかろうか。
「それがさっき俺たちが捕まえた二名ってことですか」
ヴァロの言葉にイクスは首肯する。
「お二人とも意外と冷静だな。大概の人間は魔族と聞くと怯んでしまうが」
イクスの目をヴァロはちらりと見た。こちらの出方を値踏みしているようなそんな視線。
この男に気を許してはいけないとヴァロは直感する。
「職業上そういった連中とは近いですから…」
実を言えばヴァロたちはほんの少し前までラムードで一緒に酒を飲んでいた。
魔術王が統治するラムードは様々な人種が多く存在し、いろいろな種族が支え合いながら生きていた。
それを見てきたヴァロとココルは魔族に対してそれほど壁を感じていない。
付け加えるなら異邦の『爵位持ち』とも共通の敵を前に手を組んでいる。
一緒に共闘したなどと言えばそれこそ異端審問官『狩人』が黙ってはいまい。
もっともそれを信じてもらえるような話とは到底思えないが。
「これは頼もしいな」
イクスはどこか嬉しそうに笑む。こちらの出方を伺うような、それでいて値踏みしているような視線。
「そこでヴァロ君、君たちの手を借りたい」
「イクス」
ローは声を上げるもイクスはそれを手で制する。
「我々はある事件を追っていてね」
「それは魔族と関わりがある事件ですか」
ヴァロの一言にヴァロは頷く。
魔族と関わりがあるとなれば大事になる。
「ああ、現在ある計画がこの任命式の陰で動いている。現在トラードに展開している聖カルヴィナ聖装隊は撤収準備で動けない。
トラードの『狩人』もカランティとのつながりのある疑いのある者をはずしたために人手がない。
ミョルフェンに話をもっていこうも就任したてで動くことは厳しいだろう。そんな八方手塞がりの状況の中君たちが現れた」
確かにトラードの現状を考えれば割けるだけの人員は無い。
男の言い分はそれなりに筋は通っている。
「事情は分かりました。ですがこの話は私の一存では決めかねます。フィアと相談させてください」
ヴァロはそう言って一礼する。ヴァロはフィアの護衛と言う立場だ。
護衛の自分がこの場で安請負することはできない。
「…そうだな。フィアという聖堂回境師も交えたほうがよかろう。これから半刻後に別の場所で改めて話し合わないか」
その男との出会いがヴァロたちを今回の事件に巻き込んでいく。