1-3 買い出し
昼間はめったに人が寄り付かない裏通り。
数人の男たちがその酒場の周囲を囲むように配置されている。
整った動き、私服だが見るモノが見えれば訓練受けたものだと一目でわかる。
その界隈の者たちはゴロツキしかいないために近づかないといういわくつきの酒場である。
中には昼間からあきらかに堅気ではない男たちが朝から集まっているのが窓から確認できる。
「標的確認できました」
「よし」
「出入り口は抑えたな」
背後にいる者が無言で頷く。
視線がその男に集中する。一人が無言で手を上げると一斉に行動が開始される。
「突入開始」
手が振り下ろされ作戦が決行された。
天空都市トラードは大陸有数の都市である。
山間の中腹に位置し、多くの街道の交わる地点でもある。
北にはミョテイリ、南東には交易都市ルーラン、南には聖都コーレスがあり、大陸屈指の要所となっている。
そのため昔からここは交通の要所として栄えてきた。
長旅をするための品物はここにそろっているし、ここにいれば旅に必要な大概のものはそろってしまう。
ヴァロたちは少し早く起きて市場の買い出しをしていた。
任命式が終わればヴァロたちはコーレス経由でフゲンガルデンまで戻らなくてはならない。
任命式は教皇も出席するという。
近隣からの街や村から教皇を一目見ようと多くの人が集まり始めている。
ココルの話では人が集まってきているためにさまざまな品物が薄くなっている。
そのために式典以後旅に必要なものは手に入り難くなるだろうと言う話だ。
ヴァロたちはココルの提案によりヴァロたちは旅に必要な物の買い出しをすることになった。
ヴァロとココルはフィアたちから渡されたリストを手に買い物をしていた。
ココルは慣れた足取りで露店のひしめく界隈を歩いていく。
トラードを長く拠点としていたココルにとってここは庭の様なものなのだろう。
「裏に回れば北から流れてきた禁制の魔道具を売りさばく店も多くありますよ」
陽気にココルはヴァロに街のことを話す。
魔道具というのは魔力を宿した道具のことだ。
火つけ石や灯りなどの代わりに使われるものが多く、教会の支配の薄い北の地では一般の家庭でも多く使われていた。
現在教会はそれらを禁じていて所持しているのが見つかれば没収され、牢獄行きだ。
「グレコさんはどうしてたんだ?」
グレコというのは『真夜中の道化』討伐の際に世話になったヴァロと同じ異端審問官『狩人』である
前にココルの上司であり、一流の『狩人』でもある。
異端審問官『狩人』ならば魔道具の密売は見逃してはならない問題のはずだ。
「地下に入って流れがつかめなくなるのを嫌がってある程度は見逃していました」
ヴァロはその手際に嘆息した。グレコに比べれば自分はまだまだ未熟だと感じる。
「…それにしてもフィアさん、少し休まなくても大丈夫なんですか」
ココルもココルなりにフィアのことを心配している様子である。
魔法の使い過ぎによる流血事件はココルも知っている。
「まあ、長いことフゲンガルデンを留守にしてるからな。仕事もたまってるし、早く帰りたいんじゃないんじゃないのか?」
自分に言い聞かせるようにヴァロ。正直ヴァロも急ぎ過ぎのような気もしなくはない。
気のせいかもしれないがフィアから焦りのようなものを感じる。
時間ができたら聞いてみようと思っていた。
「そうですね。僕も早く帰りたいです。まだまだ覚えなきゃならないことがたくさんありますし。
ただ帰ったら僕らも大変なことになりそうですが」
「ああ。帰ったらしばらくは仕事漬けになりそうだ」
ヴァロとココルは笑いあう。
要人警護という建前ではあるもののもう四か月も留守にしている。
一年前は『真夜中の道化』やカランティの一件もあったために帰ることができなかったのだ。
思えば一年を通してみればほとんどフゲンガルデンにはいない。
このままフゲンガルデンに帰るのが少し怖くもあったが、帰らなければ自身の居場所が本当になくなる。
「何もなければもう少しゆっくりしていきたいんだがな。ココルもトラードを見ていきたいんじゃないのか?」
「いえ。ここに来たのも仕事ですから」
ココルはヴァロの言葉に笑って応じる。
「…そうだな。昼前までに買い揃えないとクーナにまた嫌味を言われるぞ」
「…クーナさん、美人だけどきついですよね。始めは虫を見るような目で見られてましたよ」
「…あー俺もたまにそんな目でみられるよ」
「あらら、師匠もですか」
半眼でヴァロは出会ったばかりのころを思い出す。
自身の所属する結社を失い、彼女はマールス騎士団領に来たところをヴァロたちに捕らえられた。
その頃はもっと思いつめた表情をしていた。
あのころに比べればずいぶんとマシになってると思う。
「彼女もすごい魔法使いなんでしょう」
「ああ。会った時に一つの丘を魔法生物に変えていたよ。フィアの力がなければ拘束できたかどうかわからないな」
「…そんなに」
フィアや『爵位持ち』の影で霞んでしまっているが彼女も相当な魔法使いであることには変わりない。
「ココルがクーナについて聞いてくるなんて珍しいな」
「彼女、北の地から少し柔らかくなった気がするんですよ」
「確かにな」
ヴァロの中ではクーナは四六時中怒っているイメージしかない。
今日の朝もフィアのことでヴァロと口論になっている。
ただ少しずつヴァロたちとも距離が近くなっている気がする。
「彼女、フィアさんの護衛なんでしょう。これから一緒に仕事をしていくことになるかもじゃないですか。
私は彼女とも出来れば仲良くしていきたいと思ってます」
ココルの表情には下心というモノが微塵も感じられない。
「ああ、そうだな…」
ヴァロはフゲンガルデンでヴィヴィと別れる際に物騒なやりとりを思い出す。
ヴィヴィはクーナとの別れの際『私を殺しに来なさい』と言っていた。
フゲンガルデンに帰った時に修羅場にならなければいいが…。
そんなことをヴァロは悶々と考えながら歩いていると、いつの間にか二人はどこにでもあるような雑貨屋に足をいれる。
「エボじいさん、元気でやってる?」
「よう、ココルじゃないか。戻ってきたのか?」
雑貨屋の主人らしき男がココルに声をかける。
「少し仕事で立ち寄っただけだって。これからフゲンガルデンまでコーレス経由で戻らなくちゃならない」
「おお、ココルが取り立てられて騎士になったって噂は本当だったか。おめでとうよ」
「まあね」
ココルはそう言うと屈託なく微笑む。
「ここから騎士の国までか。ずいぶんと長旅になるな。よし、出世祝いとして格安で提供してやろう」
「助かるよ」
ココルがリストを渡すと手際よくそれをそれを見つけてきてくれた。
この界隈では顔が効くらしい。さすがトラードで両替商を営んでいたと言うだけはある。
ちなみに騎士の国と言うのはフゲンガルデンの通り名である。
第二次魔王戦争以後、騎士団が治めているためにそう呼ばれる。
「この品物は裏通りのアルザックの店のほうがいい。帰りに立ち寄るといいだろう」
「ありがとう、助かったよ」
ココルは礼を言うとヴァロと一緒にその店を後にする。
この調子ならば予算の半分ぐらいは浮きそうだ。
まるでトラードの街全体を熟知している様子である。
ヴァロはココルに言われるままその買い出しに付き合っている。
「ココル、すまないな」
ココルはこの東部出身者である。
ココルは一時期トラードで個人の両替商をしていた。
本来ならもう少しゆっくりトラードを見て回りたいのだろう。
「別に気にしなくてもいいですよ。それに以前より活気が増してきているようでうれしいです」
ココルは買った荷物を手に笑う。
カランティが討たれた後、徐々に増えてきたのだという。
通りは以前トラードを訪れたときよりも多くの人でにぎわっている。
「道をあけろ」
突然大声と悲鳴が通りに響き渡る。
見ると二人の男が人ごみを押しのけて進んでいた。
背後の男を見れば片手に女性を、もう片方の手にはナイフが握られている。
何者かに追われているのだろうか。男たちの顔には余裕がなく、買い物客で人が溢れる通りを強引に進んでいる。
「ココル、荷物は持つ。後ろの方は俺が足止めする。あの暴れている方を任せてもいいか?」
ヴァロは小声でココルに呟く。
「了解」
ココルはヴァロに荷物を手渡すと一直線にその男の達に向かって歩いていく。
「何だてめえは」
「あんたらこそ何さ。こんな天下の往来でナイフ振り回して危ないじゃないか」
ココルはとぼけた様子でその男の前に立つ。
「生意気な」
男はココルに向けて手を上げる。
周囲から悲鳴が上がる。ココルの体は小柄である。
体の大きさは一回り違う。誰が見てもどうなるかは一目でわかる。
そんな周囲の予測に反して、ココルはその大男の手を取るとそのまま大男を投げつけた。
大男の体躯が積み重なった木箱の中に投げられ、盛大な音を立てて木箱の山が崩れる。
今まで人間以外ばかりを相手にしてきたために目立ってはこなかったが、
元暗殺者として育てられたココルは人間相手ならばかなり強い。
「ひっ、動くな。この女がどうなっても知らねえぞ」
男の足元には小さな金の蔦のようなものが衣服の中に向かって伸びている。
ヴァロの魔剣の手によるものだ。ココルはそれを見逃さない。
「どうなるのかな。もしあんたがその女性に手を出したらただじゃおかないよ」
ココルはそう言うと、歩いてその男に近づいていく。
男はやぶれかぶれになって男はナイフを持つ手に力を入れる。
「腕が…」
ここで男は自身の腕の自由が無くなっていることにようやく気付く。
男が動揺した一瞬の隙をココルは見逃さない。
その隙をついて男の懐に飛び込むと人質を解放し、男のみぞおちに一撃を加え、
悶絶し体が九の字なったところに首筋に手刀を加えた。
ココルの鮮やかな手並みに周囲から拍手が巻き起こる。
足元の蔦は消え去っていた。