6-4 教会
トラードを出ていくヴァロたちを見送った後、ローとイクスは二人でその場にたたずむ。
「どうにか無事に済みましたね」
ヴァロたちの馬車が遠くに消えていくのを見ながらローはつぶやいた。
「そうだな」
二人は反転し、宿に向かい歩き始める。
「まさかあなたから教義を否定するような言葉を聞くことになろうとはおもいませんでしたよ」
「私はだからこそ選ばれたんだと思っているよ」
通りは朝早いためか、人通りもそれほど多くは無い。
「全くカランティ恐るべしだな」
「あの状況でのフィアさんの機転がなければはまってましたね」
カランティの策は見事にはまっていた。
あの少女がカランティの企みを見破っていなければ
今頃要人暗殺だけではなく、教皇の暗殺は成功していたかもしれない。
任命式の後、駆けつけた衛兵たちによって百人以上の魔族を含んだ者たちが地下で捕らえられている。
もし崩落して暴れられでもしたら、観客になったモノたちはほどんどが死んでいただろう。
そして東部はまだしばらく暗黒時代を迎えていた可能性もある。
「あれが次の…。こちらも少しは楽になればいいんだが」
イクスは宿の部屋に入り椅子に座る。
「時間切れだ。私たちは聖都からもう動けない。時期に戦いのときはやって来る。
あの少女にはこれから『魔王の卵』を守ってもらわないとな」
「…始まりますか」
「ああ、言っておくが状況はびっくりするぐらい悪い」
「聞かせてもらえますか?」
イクスはゆっくりと口を開く。
「媒介となる『魔王の卵』を欲していると言うことはカランティはもう媒体のほうもすでに手に入れてるんだろう。
カランティが大した抵抗なくトラードを放棄したのはもうすべての準備が整ったとも考えられる。あの女の鼻につく高笑いが聞こえてくるようだ」
まもなくカランティの計画が始まろうとしている。いや、もう始まっているのかもしれない。
それこそ二百年という莫大な歳月をかけた計略が。
「準備のいい奴のことだ。当然大魔女の対策もしてくるだろう。
聖カルヴィナ聖装隊、ハーティア聖滅隊、狩人。既存の手札では対抗できないかもしれない」
「…」
イクスは立ち上がり窓の外を見る。
「そもそもこの計画自体、奴一人の計画なのかどうかも疑わしい。
メルゴートの反乱、第四魔王の復活、異邦のミイドリイク侵略…すべて偶然か?その上ミョテイリでの異邦干渉」
「ミョテイリの一件は…」
「ミョテイリの修理費用が異邦から出て手打ちになったと報告は受けてる」
「異邦とは人間界の国々は国交が無いはずですが?」
異邦とはミャルディッケの出現のあと辛うじてつながりのあった国々もその交易を断った。
それだけミャルディッケと言うものが引き起こした災害が大きかったためだ。
なにせ交易していた都市が丸ごとミャルディッケに飲まれてしまったのだ。
そのためにミャルディッケはその事件の後、第九魔王に指定された。
その後人間界の国や貴族、商人たちは異邦を避けるようになる。
かくてその際に異邦と人間との国交は絶たれたのである。
「魔術王が仲介を買って出てくれたそうだ。当代の魔術王はいたくミョテイリの聖堂回境師に執心しているみたいでな」
「噂通りですね…」
魔術王ヴィズル。幻獣王フィリンギより極北の地ラムードを治めることを認められたもの。
その神槍エアリアは教会のもつ聖剣すら超えるとされる。
他国の干渉を許さない北の地の絶対者。
現在魔術王直轄地を経由してしか人間界と異邦の取引は行われていない。
「話によれば異邦の魔族が関わってるということだ。それも『爵位持ち』の上位層が関わってると言われてる。
中立を謳うラムードにさすがにあの魔術王もダンマリを決め込むだろう。人間界からも観測できるほどの力の衝突。
あの自身の領土にうるさいフィリンギが動かなかったのは不思議なくらいだ。
こっちに被害が出なかったことだけが幸いと思うことにする」
ひとまずは解決してくれてよかったというべきだろう。
幻獣王が動くとなればその戦いは人間界の存亡にかかわってくる。
幻獣王は絶対不可侵。その力は魔王を超え、もし動いたのならば容易く一国すら破壊してしまうと言われている。
人間では太刀打ちすらできないと言われている。
逆にその行き過ぎた力ゆえに力を行使できないのだが。
「続きますね…」
「いくらなんでも続きすぎだよ。この三、四年で下手をすれば人間界は二、三回は滅びてる。こんなに偶然が重なるわけないだろう」
「…」
イクスは足元に馬車がやってくるのを見ると、着ていた服を脱ぎはじめる。ローは背後を向く。
イクスの胸には黒い模様がつけられている。
「黒幕がいるのだろう。それこそこの人間界を滅ぼそうとする黒幕がな。
どうして今になってその黒幕が動き始めてるのかはわからないが。
…教皇殿には当分は現役で頑張ってもらわないとな」
イクスはすべての状況の裏に何らかの意図のようなものを感じていた。
どうして今なのかそれがどうしてもわからない。
「ここを発つお時間です」
一人の男がその部屋にやってくる。イクスは着替えが済んでいた。紳士の着る黒服。
前髪を上げて、背後で束ねている。
「では行こうか」
イクスは豪華な服装に身を包む。
窓の下には豪華な装飾を施された馬車が止まっている。
宿とは明らかに不釣り合いな馬車が。
トラードの街の人々は何事かとその馬車を足を止めてみている。
「聖都に戻るぞ」
イクスはローに語りかける。
「はい」
「さて、あの少女さんは本当に私たちの希望足り得るのかな」
イクスはそうしてその部屋を後にする。
ゆっくりとその時に向けて時は動き始める。




