6-2 打ち上げ
トラードの夜はとっぷりと更けている。
ヴァロはフィアと宿に向かっていた。
どこからか笑い声が聞こえてくる。
街灯が二人を優しく包む。
「あー、楽しかった」
歳相応な声を上げ、フィアはヴァロの前を軽快な足取りで歩いていく。
フィアの顔からは陰りのようなものは見せない。どこか胸のつかえがとれたような顔だ。
ヴァロはそれに心の底から安堵していた。
クーナといえばミョルフェンと酒の飲み比べをして、完全につぶれてヴァロに背負われている。
フィアのことでミョルフェンと口論となり、結果飲み比べになったのだ。
二人ともとんでもない量を飲んで両者は撃沈。ある意味でトラードの記録に残る一戦となった。
フィアに任せておけないのでヴァロはクーナを背負うことになった。
会場から出る際に何度も殺気の籠った視線を感じたが気のせいではあるまい。
柔らかいものが背中にあたっているがヴァロはそれをなるべく考えないようにしている。
ココルは未成年なので今回の就任パーティは外しておいた。
表には出さないものの、どこか元気がなかった気がする。
ホエラニードのことでショックを受けているのかもしれない。
取りあえずココルは宿で待機しとくように言いつけてある。
「教皇の方はもう大丈夫なのか?」
教皇は今日の日中に聖都コーレスに向かい帰って行った。
あの騒動があったために明日聖都に戻る予定を切り上げたということだ。
ヴァロたちにとってみれば一日早く護衛の任を解かれ幸運だったとも言えよう。
ちなみに当日の夜に行われるはずだった就任パーティも一日ずれて今日になっている。
ついさっきまで就任パーティをやっていた。
一日ずれたことによりほとんど身内だけのパーティの様なものになった。
そのためにかなりはっちゃけたパーティになったという背景もある。
「後は聖装隊と教皇近衛兵にまかせましょう。私たちでのここでの仕事は終わったわ」
フィアは緊張を解いた顔で微笑む。
「いろいろあったけどどうにか終わったな」
イクスの話では拘束された男たちは事情聴取の後、法によって裁かれるらしい。
何せ数が数だ。収容所もいっぱいでここの上の方も対応に苦慮しているという。
ちなみに担当するのはここの新しい聖堂回境師のミョルフェンになる。
「ミョルフェンには話は伝わっているのか?」
ふと気になってヴァロはフィアに尋ねる。
イクスの話だと任命式が終わってから話すということだったが…。
「ええ。私が話すより先にイクスさんたちからすでに話されていたみたい」
あの男はどうやら約束を守ってくれたらしい。
「それで始まる前に話をしたらミョルフェンに怒られた。ミョルフェンに何でそう言うことを私に黙ってるんだって」
打ち上げの間際、二人にしてほしいとミョルフェンはフィアを連れて二人きりになった時間があった。
怒られたのはその時だろう。
「…それは仕方ないな。それで他には?」
「…無事でよかったってさ」
ヴァロたちの手によりカランティの計画は未然に防がれた。
だがイクスたちの意向もあったがフィアたちの独断であることは変わらない。
きちんとした手続きは踏んでいるが。問題になってもおかしくはない。
叱られるだけで済んだのは幸いだろう。
「そうか」
ヴァロはフィアの頭をそっとなでる。
フィアはくすぐったそうにヴァロのされるがままになる。
フィアもフィアなりに彼女の社会に自分の居場所を作っているのだろう。
それが誇らしくもあり同時に寂しくもあった。
ヴァロといたころの場所には二度と戻ってこないだろう。
「それはそうと、ミョルフェンから話があったんだけどね…」
フィアは少し困ったように話を切り出す。
フィアの話によればココルは正式にこの地の異端審問官『狩人』に推薦されたらしい。
異端審問官『狩人』も自身の信のおける人間がほしいという。
そこで今回活躍のあったトラード出身であるココルに白羽の矢がたったというわけだ。
どうやら陰でイクスたちの何らかの働きかけがあったらしい。
実際に今回の一件では相当な働きをしている。
翌日、ヴァロがココルにその話を持ちかけるとするとココルは激怒した。
「私は他の誰でもない。あなただからついていきたいと思ったんです」
今まで見たことがないココルの怒りにヴァロはたじろぐ。
「あの時自分に伝言を任せると言って飛び出していった背中を今でも忘れない。
心の底からこの人についていきたいと思った。おかしいですか?」
「いや」
「だったら二度と師からそんな話はしないでください」
ココルは憤然とした足取りで部屋を出て行った。
正直そこまで怒られるとは思ってみなかった。
いつもは感情を見せないココルがここまで感情をあらわにするのは珍しい。
ヴァロは幾分困惑気味になる。
「あーあ、ヴァロも怒られた」
「うるさいな」
ココルとの話のあと部屋を出るとフィアが壁を背にして笑っていた。
どうやらやりとりを聞かれていたらしい。
「ココルは俺と一緒にフゲンガルデンに戻るってさ」
「うん、なんとなくそんな気がしてた」
どうやら見越していたらしい。最近はどうもフィアの手の内で話が進んでいる気がしなくもない。
「フィア、性格悪くなったよな」
「そう?私は変わってないよ」
「そうか?」
ヴァロは肩を落とす。
「…慕ってくれるのは嬉しいが俺はそんなに尊敬されるような人間じゃないぞ」
「ヴァロは自分のことに気付いてないだけ」
フィアは笑いながらヴァロに言う。
ヴァロは困った表情を見せた。
「ヴァロ、ちょっとこれからミョルフェンにその話とここを発つ挨拶に行かないと。ヴァロも付き合ってくれる?」
「おいおい、クーナは?」
ここでヴァロはいつもフィアの脇にいる女性の姿が見えないことを疑問に思った。
フィアと二人きりで外出など、あの口うるさい付き人が黙っているわけがない。
「二日酔い」
フィアの一言にヴァロは納得する。
あの様子だ。復活にはかなり時間がかかるだろう。
「…わかった」
ちなみにミョルフェンは死にそうな顔で出迎えてくれた。
クーナの具合が悪いためにトラードを発つのは一日ずれることになる。




