1-1 トラード
聖堂回境師と言うのはかつての魔王戦争時に各都市に張られた結界の管理者のことである。
それぞれが対魔王を想定し作られているものでその力は絶大。
第二次魔王戦争の後、
聖堂回境師は大陸の要である七つの都市に存在し、有事の際にはそれは人々を護る最後の砦となる。
現在の聖堂回境師は城塞都市フゲンガルデンのヴィヴィ、聖都コーレスのニルヴァ、遺跡都市ミイドリイクのエレナ、湖面都市リブネントのリュミーサ、
氷の都ミョテイリのエーダ、交易都市ルーランのユドゥン。そして、フィアである。
フィアだけは例外でヴィヴィとともにフゲンガルデンでヴィヴィとともにフゲンガルデンの結界を担当している。
代々魔女がその管理者になっているのは、結界は魔法と同じルーン文字を使って造られているためだ。
それゆえに代々魔法に秀でたモノがその聖堂回境師の職に就くことが多い。
天空都市トラードに張られた結界は掃滅結界。
対象を任意で消滅させるという結界である。
以前トラードの結界の管理者カランティはその権力を行使し、陰で暴虐の限りを尽くしていた。
己が弟子たちを使い大陸東部を政情不安にし、『真夜中の道化』というはぐれ魔女を暗躍させ人狩りをおこなっていたのだ。
それもすべては人間を使った己が実験のためと言われている。
だが、カランティはヴァロたちの手により失脚することになる。
実際のところはルーランの聖堂回境師ユドゥンの手引きが大きかったのだが。
かくてカランティはトラードから去り、最近までその代わりに教皇直属の聖カルヴィナ聖装隊が仕切ることになる。
現在はその権限も委譲されてはいるとのこと。
そして、先日のリブネント選定会議で空座となっていたトラードの聖堂回境師は決定した。
その魔女はミョルフェンと言う魔女。今回その聖堂回境師の任命式にやってきたというわけだ。
フィアたちがその地に任命式の三日前だった。
任命式で教皇がやってくるという噂を聞きつけ近隣の村や町から多くの人でごったがえしている。
そんな通りをヴァロは眼下に見ながら以前いたときを思い返していた。
トラードに到着するなりミョルフェンに挨拶に行くと言うので、フィアはその支度中である。
ヴァロとクーナ、ココルは部屋の外でフィアの支度が済むのを待っていた。
「ココル」
ヴァロはそばにいるココルに声をかける。
「師匠何ですか?」
「俺たちはこれからここの聖堂回境師への挨拶に行く。せっかくトラードまで来たんだ。街を見てくるといい」
ヴァロはココルの手を取ると二枚の銀貨を手渡す。
ココルはもともとこのトラード出身である。
「ですが…」
ココルは申し訳なさそうにヴァロを見る。その様は全く年頃の少年とは思えない。
今回の旅路でとんでもない事件に何度も巻き込まれている。
そんな中ココルは文句一つも言うことなくついてきてくれた。
「こっちはいいって。せっかく来たんだから羽をのばしてこいよ」
ヴァロは笑ってココルの背中を押す。
遠慮がちにココルはヴァロに頭を下げるとその場を後にした。
「いい上司してるじゃない。ちょっと見直したわ」
クーナが茶化すようにヴァロに声をかけてくる。
「あいつには今回いろいろと苦労かけてるからな。それはそうとクーナ」
「なによ」
クーナはヴァロの方を見る。
「フィアは出席しなくちゃならなかったのか?」
あの『オルドリクス』との決戦のあとフィアは目から体のいたるところから血が噴き出ていたのだという。
聞けば体の魔力回路を使い過ぎたために起きたことなのだという。
だがヴァロたちはミョテイリを経由し、トラードまでほとんど休むことなくやってきた。
フィアの体のことを思うならばどこかで一休み入れたかったのだが、このトラードの任命式の日程が迫ってきていた。
ヴァロやクーナが休みを入れようと何度も持ちかけるが、フィアは大丈夫と言って聞かない。
「…フィアが強引に参加したのは魔女側の体面もあるのよ」
「体面?」
ヴァロはその言葉をクーナに問う。
「フィアとミョルフェンは選定会議で今回決選投票まで競った相手。
ここでフィアが出席するということは、誰からも認められて聖堂回境師になったということを周囲に認めさせたということにもつながる。
フィアには立場もある。行動一つ一つが影響をもっているのよ」
「…なるほどな」
フィアが出席せざる得ない理由が一つ見えた気がした。
「ただし、ミョルフェンのことだからフィアを呼んだのは、そんな政治的な意図と言うよりは彼女個人の意向が強かったのでしょうけど」
「本人の意向?」
意味が解らずヴァロは聞き返す。
ヴァロはミョルフェンに会ったことはない。
リブネントでフィアとトラードの聖堂回境師の座を争った魔法使いだと聞いている。
そもそもリブネントで行われた選定会議は魔女だけで行われたようで『狩人』は出席など不可能だ。
「そのミョルフェンっていうのは…」
言いかけてクーナは口を止める。
フィアが準備を終えたようだ。扉の鍵が開く。支度が終わったようだ。
「ここまできたら直に会ってみて判断した方が早いと思うわよ」
ヴァロたちはミョルフェンの屋敷に向かう。
しばらくしてヴァロたちはミョルフェンのいる屋敷にたどり着く。
ヴァロはその外壁を見上げる。カランティの時も感じたが既に屋敷と言うよりは城である。
フィアがその門が開くとその女性は待ち構えていたように現れる。
いや、実際に待ち構えていたのだろう。
背後ではここの女官と思われる女性たちがずらりと並んでいる。
「フィア、よく来てくれた。今日来ると手紙をもらって待っていたんだ」
姿を現すなりその女性はフィアの手を握りしめる。
背後に数名の女官をひきつれていた。
「お久しぶり、ミョルフェン」
経験上、聖堂回境師相手は大概は待たされる経験が多いがここまで早いのは記録的である。
元の前任者に待たされたことが嘘のようだ。
「クーナも」
「私はおまけか」
クーナは二人に聞こえるように呟く。
「すまん、すまん」
そう軽口が叩けるのもそれなりの仲だからだろう。
本人の意向が強かったというクーナの言葉の意味が何となくわかった気がした。
あっけにとられながらその光景を見ているとミョルフェンはヴァロに目を向ける。
「それでそちらの殿方は?」
ミョルフェンはヴァロに目を向ける。
「ヴァロ。私の護衛のヴァロよ」
「そうか、貴殿が…」
ミョルフェンはヴァロの顔をまじまじと見つめる。
「心から歓迎するよ。よろしくな」
差し出されてきた手をヴァロは握り返す。
「…ああ、こちらこそよろしく」
風が吹き抜けた気がした。
今まで多くの聖堂回境師に会ってきたがどちらかと言えば、どこかとっつきにくいイメージがあったがミョルフェンはそうではないようだ。
それだけ日が浅いといいかえることもできるのかもしれないが。
「さて、いつまでもこんなところで立ち話もなんだ。ついてくるといい」
ミョルフェンは背を向ける。
「あいつはああいう奴」
クーナは横からヴァロに声をかける。