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教皇暗殺計画  作者: 上総海椰
18/24

5-4 彼女が怪物になった日

ホエラニードという魔族の扱う固有魔力は相当な強度だった。

彼女の視界は完全な闇だ。音すらも感じられない。

フィアは魔力を使って光を生み出す。

ドーラの三角錐の結界を連想するが、これは物理的なものだ。

それもそれほど壁のある範囲は広くはない。

大きさはせいぜい馬車の客車ほどだろうか。

このまま何もできなければ窒息死するだろうなと冷静に分析する。

彼女の頭は驚くほど冷静だった。


フィアが放つ簡易魔法は弾かれる。

幸いそれほど魔力を込めてはいなかったためにフィア自身もそれほど負傷しなかったが。

強力なものを使い弾かれた場合、弾かれた魔法をもろに受けてしまうことになる。

その限られた空間で火や風などの四元魔法を使えば、『魔壁』を壊す前に自分の肉体が破壊されてしまうだろう。

それはまさに牢獄。一介の魔法使いならば一度閉じ込められてしまえば脱出することもできなくなるだろう。


初めて見る固有魔力。その強度はどれほどのものかわからない。

ホエラニードはその名は『魔壁』と呼んでいた。

まさか『壁』というものもこういった使い方があるとは思いもしなかった。

完全に出し抜かれた感がある。


しかし、これを打ち破れなければカランティの計画が成就してしまう。

中央の柱は破壊され、劇場は地下に落下する。

この『魔壁』の中からは外の様子は見られない。最悪、外では柱の破壊を行っている可能性がある。

もし全力で魔法を放った場合、自分は落ちてくる土砂の下敷きになる。


自分を傷つけずに外部に無事に逃れる方法はなにかないか。

そこでフィアの脳裏に一つの方法が閃く。


直後フィアは自分の周囲に障壁を張り巡らせる。

内側からの障壁の膨張を始めていく。

『魔壁』とフィアの障壁の力比べにより結界が軋む音が聞こえる。

それには相当な魔力が必要だったが、フィアは構っていられなかった。

何に変えても今動かなくてはならない。

自分が自分であるために。


一つのことに気付く。魔力の回復が遅かった訳じゃない。

そして彼女は結論付ける。

フィアの保有する最大の魔力量が今までとは比べ物にならないほどに増大していただけだったのだと。

直後、フィアを包む『魔壁』に亀裂が入る。



フィアは浮遊し、頭上から魔族たちの数を確認する。

ヴァロたちの活躍で戦闘開始から魔族たちの数はおよそ半分に減っていた。

「戦闘を終わらせます」

そう言うとフィアは杖を振る。

人の拳ほどの小さな魔法式が無数に展開されていく。

「これだけの魔法式を一斉になにを…ぐあ」

小さな重力場が魔族たちの周囲に無数に展開し、魔族たちは次々に地面にめり込んでいく。

ホエラニードはかろうじてそれを躱すも躱せたのは残ったのは彼一人。

「これだけの重力場を一斉に…なんという…」

フィアが展開した式の数は数十にも及ぶ。

二つ三つの魔法展開は見たことがあるが、これだけの数を展開しているのをホエラニードは初めて見る。

式にかかる時間や魔力の溜めは一切必要としない。

絶望的なまでの力差を感じた。

「投降してもらえますか?」

フィアは杖をホエラニードに振りかざす。

「まだです」

ホエラニードはフィアを自分の周りに『魔壁』を展開させる。

魔壁が二人を包むなり、ホエラニードは即座に手にナイフを投げつける。

だがそのナイフの刃はフィアには届かない。フィアの魔法壁がナイフをはじいたのだ。

「これは本当に硬い」

嘆息交じりにホエラニードはつぶやく。

普通ならばパニックを起こしていてもおかしくはないところだが、

フィアの魔法には揺らぎが全く感じられない。

「あなたの『魔壁』は一度見ました。対処方法も幾つかあります」

フィアは淡々とその事実を告げる。驕っている様子も見られない。

「固有魔力を見てもあなたは全く動揺を見せなかった。若いのに優れたヒトだ」

ホエラニードは肩を落とす。

「本来なら固有魔力は上位の魔族にした使えないものらしいのですが。

どういうわけか私もこうして使えるようになりました。

この魔壁は物理面の攻撃を悉く外に出さないためのものです。

音光さえもその対象になりえます。人と隔絶するための心の壁。まさに私らしいでしょう」

ホエラニードは自分の能力を語る。

それは余裕や驕りからくるものではない。

すべてを受け入れたことから生まれるものだ。


「死ぬつもりですか」

フィアは感じたままそれを声に出した。

「他にあなたを倒せる手段が思いつきません」

ホエラニードは脇に差した剣を引き抜く。

「無駄死になりますよ」

「やってみなくてはわかりません。あきらめはいいほうではないので」

にこりとその男は微笑んだ。

男の体から黒い魔力が解き放たれる。

「魔族と人間はそこまで相成れないと私は思いません」

「私も手なら何度も差し出しましたよ。我々を受け入れなかったのは人間たちの方です。

だからこそ私は私の意思で人間と敵対するのを選んだのです。

裁かれるのも当然でしょう。だが私は人の手で裁かれるつもりはありません」

「だからって…」

フィアの言葉にホエラニードは微笑む。

「あなたは優しい人ですね。もう少し早く出会っていれば私も変わったのかもしれません。

これから人間界に未曽有の戦乱が巻き起こります。それを見られないのはいささか残念ではありますが」

「どういうこと?」

「すぐにわかります。エウリ、さらば」

ホエラニードはそう言って自身の心臓を剣で突き刺した。

『魔壁』にひびが入るのと同時に、どす黒い魔力が彼の体から噴き出る。

ホエラニードから解き放たれたどす黒い魔力がフィアに向かっていく。

フィアはすぐにそれらを魔法壁で隔離する。

ここで退くわけにはいかない。もし暴走を許せば、漏れた魔力は地上に向かう。

万が一、任命式の最中に地下から魔力が漏れ出れば、混乱が巻き起こる。

死者も出るかもしれない。かといって魔法壁で長時間抑え込むのは厳しい。

ならばフィアの取る選択肢はひとつだけだ。

フィアはその選択肢を取り、魔法壁を解いた。


真っ赤に染まる空。足元には横たわる無数の死骸。

狩猟から帰ってきた男を待っていたのは変わり果てた男の家族。

彼はその日すべてを失った。

涙すらも湧かない。彼には何も無かった。

ただ虚無だけが、喪失感だけが彼を生かした。

どうして自身の村が焼き尽くされたのかだけ知りたかった。

そして十数年そのためだけに生きた。

その理由はどこにでもあるありふれたものだった。

武勲を上げ、君主に気に入られるために、出世のために、その将軍は魔族の村を一つ虐殺したのだ。

それは歴史にすら残らぬ小さな小さな出来事。

それは一人の魔族の運命を狂わせる。

「出世の道具に私の家族は殺されたのか」

男が真相を知った時、激しい憎しみが心に広がっていく。

その憎しみの火は体の外まであふれ出ていく。

「私は…許さない」

彼はその時、自身にしか使えない『壁』を身に着ける。

それは決して強くはない魔力だった。

ただ復讐にはもっとも適した能力だった。

魔器や魔剣を持たない人間は魔力を操る魔族の敵ではない。

その『壁』の中でその将軍の一族はその男に一人残らず抹殺される。

泣いてすがるその将軍の前でその娘を解体した。

三日二晩あらゆる責苦を与え続け、男は将軍を殺す。

復讐を遂げた後も男の心の虚無は消えない。

そして、自身はヒトではなくなったのだと理解する。


フィアは確かにその光景を見た。

「フィア、大丈夫か?」

ヴァロがフィアのそばに駆け寄り肩をつかむ。

無傷のフィアを見てヴァロは胸をなでおろす。

「ヴァロ…」

フィアはヴァロに顔を向ける。

ヴァロはフィアの目をみて正気であることに胸をなでおろした。

フィアは暴走した魔力をその身で受ける選択をしたのだ。

どうやらその試みはうまくいったらしい。

「よかった」

魔力は魂の欠片。フィアが見たのはあの男の記憶。

「…けど、まだ足りない…」

フィアの言葉にヴァロは眉をひそめた。

「足りない?」

フィアは首を振る。

「…大丈夫」

フィアはヴァロの必死な表情を見て小さく笑う。


「なんでもない。…お願い、ヴァロもう少しこうしていて」

フィアはヴァロの胸に顔を埋める。

「別にいいが…」

「あの人ははじめから死ぬつもりだった。すごく悲しいの」

分かり合えなかったことが。

もう分かり合えないであろうことが。

そして自身が外れてしまったことが。

ヴァロはフィアのされるがままになっていた。


「魔力回路を暴走させたの?」

クーナはそれを驚き

フィアの足元には一人の魔族の亡骸が転がっていた。

足元には魔力の暴走を許した男の末路だ。

体の魔力回路がいたるところで途切れ、血だまりができていた。

一人の少女がその魔力を我が物にしたその光景を立ちつくし見ていた。

「…あの娘、まさか魔力を吸収した?」

クーナはその光景を見てその結論に至る。

魔力を暴走させれば少なくとも数倍の魔力になるはずだ。

それを吸収しきったとなればフィアの保有魔力は…。

怖ろしいことを想像し、クーナは

彼女の想像通りならばフィアは自身の数倍の魔力を有していることになる。

彼女は頭を振り、ゴーレムたちに命じ魔族の拘束を始める。


「ホエラニードさん」

ココルはその男の亡骸を見下ろす。

昨日街で見せたどこか子供っぽい

それらすべてが演技だったとは思えない。

落ちている血まみれのペンダントを手に取る。

そこにはエウリと二人を描いた絵が入っていた。

「私は…」

ココルはそのペンダントを握りしめる。


フィアたちは知らない。柱の陰でそれを見ていた影があったことを。

その影は戦いが終わると消え去っていた。

魔族たちは拘束され、後から来た警備兵たちに突きだされることになる。


彼女は宿で通りを眺めていた。今日はなぜか外出を禁じられていた。

商談が終わり次第、このトラードを出立するという。そのために荷物はまとめてある。

もう一度会いたかったが、あの少年にはもう出会えまい。

丁寧な物腰だが、彼女はそれは上辺だけのものだと気付いていた。

たまに見せる鋭い表情は野生の狼を思わせる。

それに気づいたのは自分だけだろう。

気付けたのはいつも自分が父を見ているからだ。

あの少年は父にどこか似ていた。

怖ろしいほど繊細なくせに、何かあれば怖ろしいほどの行動力をもつ優しい人。

あの少年のことを自分だけが理解しているのだ。

「もう一度だけ…会いたい」

ベットに横たわりながら彼女は呟く。

会って何を伝えたいのか彼女はわからなかったが。

「エウリさん」

突如勢いよくドアが開いた。父かと思い目を向けるも父ではない。

いつも彼女の父ホエラニードと話していた部下の男だ。

「ホエラニード様の教皇暗殺は失敗しました。我々はこのトラードから一刻も脱出します」

男は荷物を両脇に抱え、エウリの手を取ってくる。

エウリはわけがわからずその手を払いのける。

「教皇暗殺どういうこと?…父様は…」

「まさか…聞いていないのですか?」

その男はしばしの逡巡をみせる。

「教えてください」

「…ホエラニード様は…教会の刺客と戦い命を落とされました」

その一言に今までの日常が音を立てて崩れていく。

理解したくなかった。

あの優しかった父がそんな大それたことを計画していたなんて。

目の前が真っ白になった。

「教会の追手がやって来ないうちにこのトラードを出ます」

男はエウリの手を取ると宿から逃げるように出て行った。

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