5-1 遭遇
式典用に装いが変更された劇場には近隣の国々から集まった要人たちがずらりと集まる。
教皇の出席する式典など聖都以外で開かれることなどほとんどないために
異例ともいえるぐらいの人間が集まってきていた。
劇場では既に聖堂回境師の任命式の開会が宣言され、開会の合図である空砲が打たれる。
劇場では開会式が始まったのだ。
空砲の音を聞きながらフィアたちは街中を駆ける。
「任命の儀は任命式のほぼ冒頭にある。各出席者の祝辞が読まれ次第、開始される」
任命式の進行はフィアの頭に入っている様子だ。
ヴァロたちはココルの先導で地下道に入った。トラードの地下に入るのはこれで二度目である。
以前にカランティの企みに気づき、結界を停止させるため『抑止の宝石』というものを取りに入ったことがある。
その際にあえなくヴァロたちはカランティの罠にはまり捕まってしまったが。
「何この臭い…」
地下はクーナは初めてらしくあからさまに不満の声を上げている。
地下は下水が流れ込む。慣れないうちはその異臭は相当なものだ
「…」
フィアが行くと言わなければ絶対については来ないだろう。
フィアは何か考え事をしているのか、臭いなど気にせずにどんどん進んでいく。
「フィア、カランティの企みに気づいたのか?」
ヴァロはフィアに駆けながら問う。
「ここのトラードもミイドリイクと同じように水は地下を通って引いている。
それにこの場所は山の中腹にある。いくら雨が降っても下に流れて地上は浸水しない。
水をためておく設備を作る必要なんて初めからないのよ」
フィアはココルの背から視線をそらさずにヴァロに語りかける。
「つまり…」
「地下にあった空洞は別の用途に使われるものだということ」
「別の用途…」
「地下の地図を見比べたらその空洞の真上に劇場があった。
来賓者たちの人数を考慮すれば、このトラードには教皇が出席する式典を行える場所はその劇場しかない。
自分以外の人間がトラードの聖堂回境師に任命される場合、その場所が任命式の会場になることぐらい予想がつく」
「…カランティは百年以上も前から今日のために準備してきたっていうのか?」
フィアの言葉にヴァロは眩暈がした。あの魔女はただこの時のために準備をしていたのだ。
途方もない時間をつかって。
すべては教皇暗殺のために。
思い返せば地下の『抑止の宝石』を見つけられたのはこの計画の副産物だったのかも知れない。
「ただし、それでもまだ確実とは言えない。
ココルの話だと大多数の魔族が入り込んでいるんじゃないかって話だったわよね」
「ええ」
「近隣の街や村に教皇がこのトラードにやってくるという噂を流し、人を集めた。
自分たちの兵隊をこのトラードに引き入れるために」
ぞくりとヴァロの背筋を冷たい汗が伝う。
「兵隊…ってまさか」
「魔族の捕縛の件がそう。ずっと考えていた。あれは氷山の一角じゃないかって。
だとすればそんな大量の魔族をトラードに引き入れて一体何を企んでいるのかって」
地下には足音とフィアの声しか聞こえない。
「会場を地下に落下させるだけじゃ確実とは言えない。
もし私がカランティならばその混乱に乗じて魔族を使って観客を皆殺しにする」
「そんな」
フィアの言葉にそれぞれは顔をしかめる。
教皇だけではない。近隣の国々からの要人も多く来ている。
もしそんなモノたちが一日で消えれば、このトラードの周囲は大混乱に陥る。
「…掃滅結界を使えば…」
ココルは結界を思い出す。結界の力が使えるのであれば文字通り無敵である。
敵はおろか障害物さえもを片っ端から消滅させることができる。
かつてヴァロたちを追い詰めた対魔王用の人類の切り札。それがトラードの掃滅結界。
「…使えればね。教皇から正式に任命されない限りミョルフェンはこの結界の力を使えない。
ココル、目指す空洞まであとどれくらい?」
「もうすぐです」
ココルは走りながら
小さな明かりが見えてくる。
「気を付けて、これから私の読み通りならばこの先に大勢の魔族がいる」
フィアはヴァロたちに声をかける。
視界が急にひらける。
薄暗がりの中に中心の柱を囲むように、百はいるであろう人影がいた。
ヴァロたちの登場に一斉に視線が集まる。
そのだれもが手に武器を持ち、殺気だった目をしている。
フィアが言うことが真実ならば、この人数を持って落下した混乱の最中に虐殺を行うつもりだったのだろう。
「予想は的中したみたいね」
クーナは杖を取り出し構える。
「教会の犬が。ここをかぎつけてきたか」
その男は吐き捨てるように言い放す。
ヴァロはどこかで聞いたような声だと思った。
周囲を照らすのは蝋燭の火だけ。その男の顔は見ることができない。
「あなたたちの企みはすべてお見通しです。間もなくこの場所に衛兵が駆けつけてくるわ。あきらめて投降しなさい」
フィアの透き通る声はその閉じた空間に響き渡る。
フィアの自信をもった姿にその集団に動揺が走る。
「カランティ様の計画を見破ったのはさすがと褒めてあげましょう。ですが数人で一体何ができるというのです?」
その男はフィアたちに目を向ける。
フィアたちが聖装隊の制服を着ていないこと。
人数があまりに少ないこと。
見張りから任命式の失敗の合図がないこと。
それらから自身の優位が崩れていないことをフィアたちをみて察した様子だ。
「式は始まっています。一度始まった式は途中で止めることなどできはしません。それにあなたたちの人数はいささか少なすぎる」
劇場に集まった連中を皆殺しにするために集められた者たちは百は超えるだろう。
その中には角の生えている者、魔族もいる。人間らしい人影もいる。
そのそれぞれが手に武器を手にしている。
対するはフィアたち四人。男性はヴァロ一人、女性二人に子供が一人。
誰が見ても優劣は明らかだ。
「この程度の頭数、私たちだけで十分だと判断したまでよ」
フィアの言葉に周囲から笑い声が聞こえてくる。
「ここにいるモノたちは魔族の血を引くものもしくは魔族。一人一人が数十人に匹敵する戦力を持つ。
その者たちが二百人いるということは数千の軍勢を率いるに等しい。
女子供を含めた四人でどうにかできると?滑稽を通り越してあわれみすら覚えますよ」
「なら腕ずくで阻止して見せる」
フィアは杖を手にする。
「ホエラニードさん…やめてください」
ココルはあり得ないものをみるようにその名を呼ぶ。
ココルの声にその声の持ち主が誰だったのかヴァロは思い出す。
ココルが街を案内した男だ。
「ココルさん…何であなたが…」
ここでホエラニードはその子供がココルだと気付いたらしい。
ホエラニードは驚愕に目を見開く。だが彼の動揺は一瞬だった。
「これから行われるのは我々を今まで。敵対するというのなら容赦はしません」
冷徹な眼差しでホエラニードはココルを見下ろす。
ここでココルはホエラニードは自分たちの敵なのだと思い知った。
「さあ、手始めにこの教会の走狗を血祭りにあげましょう」
そして任命式の最中、人知れず地下での決戦が開始された。




