4-2 合間
ヴァロが待ち合わせの廃屋にやってくると薄暗い中に見慣れた一人の少女の姿があった。
どうやら待ち合わせ場所にはヴァロとフィアだけが先に来た様子だ。
「こんな薄暗い場所で一人で何やってるんだ?」
「少し考え事をしていた」
フィアの目の下はうっすら黒い。おそらくほどんど寝れていないのだろう。
「ローやイクスはまだ来ていないのか」
ヴァロは室内を見渡すもその部屋にはフィア一人以外の気配はない。
「ヴァロ。そっちは済んだの」
「一通りな」
いつもはフィアのそばにクーナがいるし、ヴァロにはココルがついている。
最近二人だけと言うのはほとんどないために、ヴァロはフィアのことを意識せずにいられない。
情けないが話題を見つけられずどこかぎこちない。
話を切り出してきたのはフィアだった。
「今回のことヴァロのことを巻き込んじゃって本当に悪いことしたと思ってる。極北の地の出来事だって…本当なら…」
この旅の間ヴァロを巻き込んだことをフィアはずっと気に病んでいたらしい。
そんなフィアを見てヴァロは悩んでいたのが馬鹿らしく思えた。
「気にするなよ。俺はフィアの護衛だ」
ヴァロはフィアの頭をポンポンと叩く。
いつもと変わらないそのヴァロの行為にフィアはどこかくすぐったいような表情を見せる。
「フィア、一つ聞いていいか?」
「何?」
フィアはヴァロの顔を見上げる。
きょとんとした、それでいて純粋な瞳はであったころと変わらない。
「イクスさんの言っていた狩人の立場というのは…」
「その話は落ち着いたら必ず話す」
ヴァロが言いかけるとフィアはヴァロが言い終わる前に打ち切ってきた。
つらそうに眼をヴァロからそむける。
どうやら今はヴァロには話してくれそうになさそうだ。
ヴァロはあきらめて困ったように頭に手を当てた。
「…もう一つ聞いてもいいか」
すべてが終わってから聞くことにしてヴァロはもう一つの話を持ち出すことにした。
「フィア、焦ってないか」
ヴァロはフィアに問う
「焦り?私が?そんなことないよ」
フィアは笑顔で応じる。フィアは何かを隠そうとするとき、いつもより平静に振る舞おうとする。
「いくら俺でもそのぐらいならわかる」
ヴァロの声にフィアは少しためらいを見せる。
焦っていると言っているようなものだ。
「…カランティのことか?」
ヴァロはフィアに問う。フィアは伏せ目がちに語り始めた。
「…イクスさんたちはカランティのことを出し抜いてたと言ってたけれど、
本当はカランティのことなんて私はわからない。起きてみればすべてが終わってた」
「…」
あの時フィアに取りついていた者は一体なんだったのか。
どうしてかヴァロはわからなかったがフィアに害をもたらすようなモノでは無いようにも思えた。
それゆえに今まで気にしてはこなかったが。
「ミョルフェンは外で初めて外でできたつながりなの。ミョルフェンは裏表抜きに私に微笑みかけてくれた」
ヴァロから見てミョルフェンという女性は真っ直ぐな気質の人間に見えた。
彼女は嫌いなものははっきり嫌いだというだろうし、納得のいかないことがあれば徹底的に戦うだろう。
少なくとも自身を偽るようなことはするまい。フィアに真っ直ぐに向けてくる。
陰謀が渦まく彼女たちの社会においてフィアにとってそれは光に見えたのではなかろうか。
「…私は彼女の任命式を成功させたい」
フィアは意志のこもった眼差しでそう口にする。その横顔は本当に美しいと思った。
ヴァロの知る以前のフィアからは想像もつかない。
そして彼女が遠く離れてしまったことを知る。
「ヴァロ、私で本当に大丈夫だと思う?」
フィアの手は震えていた。
「きゃ」
ヴァロはフィアの頭をくしゃくしゃにした。
「フィアならできるさ。いつだって俺たちはそうしてきだろう」
「ヴァロ…」
フィアはヴァロの手を握り返す。
「フィアさん」
ここでココルが背後から声をかけてくる。見ればイクスやローもいる。
ヴァロは手を慌てて引っ込めた。
「い、イクスやローも一緒だな」
「イクスさんたちとそこで合流したんです。言われた仕事は」
ココルは報告をする。
「いや、なんか邪魔しちゃ悪いと思ってよ」
いつから見ていたのかこのおさっさんは。
ヴァロは叫びだしたくなったが、辛うじてこらえる。
「イクス、出席者の手荷物検査は終わった?」
フィアは表情を変えることなくイクスに語りかける。
「ああ。念のために魔族の成りすましを警戒して魔力検知器による検査も行った。
明日の出席者は少々時間はかかったけどな」
一般人だけとは限らない。関係者は魔法使いもいるのだ。
それはクーナも交えて本人確認をさせてもらった。
結社といい、その身元と言いカランティとつながりのありそうな点は見られなかった。
「ローさん、会場周辺の警備状況は?」
「とくに変わった様子はありません」
ローは聖カルヴィナ聖装隊という立場を利用してさまざまな方面へ働きかけてくれている。
「イクスさん、教皇近衛兵には伝えた?」
フィアはイクスに問う。
「出来るだけ一般人を教皇に近づけさせないように話しておいた。
最もプライドの高い奴らのことだ。もとから誰も教皇に近づけさせない」
とりあえず会場の方は大丈夫だろう。
ただしまだ不安は払しょくされたわけじゃない。
「例の捕らえた魔族の件だけど、何か聞き出せた?」
「それが待ち合わせ場所以外、全く知らされていない感じなんだ」
現状すでに数人かの魔族を捕まえている。話を聞き出そうにも何も答えない。
手はつくしたが、待ち合わせ場所以外の情報は何も得られない。
「待ち合わせ?その場所には向かったの?」
フィアのその言葉にイクスは頷いた。
「困ったことにその魔族が口を割ったのはその待ち合わせの時刻から半日後だ。
駆けつけてみたもののそれらしい人影は見当たらなかった」
「…もしかしたら相当な数の魔族がこのトラードに入っているのかもしれない」
フィアはその最悪の可能性を口にする。目の前にその可能性を誰もが押し黙る。
自分達の目の届かない裏側でこのトラードで何かが起きようとしている。
そう思わざる得ないことが重なり過ぎている。
今回カランティの計画の一端はおろかその糸口すら未だに見えてこない。
不気味に何かが水面下で動いているのは確かなのだが…。
「何でもいい可能性のあるものはないのか?」
イクスはフィアに視線を向ける。
「…いくつも思いつくけど、そのどれも可能性は低いと思う」
その部屋全体を重い空気が包み込み、見えない不安が皆の心をかき乱す。
「その可能性が低いと思う根拠は?」
「どれも教皇を確実に殺せる手段じゃない。もし私がカランティだとしたら確実に標的を殺す手段をとる…」
フィアの言葉にイクスは苦い顔をする。
物騒なことだが、用意周到なカランティなら不確実手段は取るまい。
確実にこちらの意表を突くような戦術で、確実にそれをしてのける手段をとってくるだろう。
「…それに何か肝心な部分が見えていない…そんな気がするの」
フィアはその窓辺に立ち空を眺める。
トラードの空は憎らしいほど青く澄みわたっている。
任命式の開会まであとわずか。




