4-1 舞台の前の
フィアが体に魔力の不調を感じるようになったのは例の戦いの後だ。
普通なら一日休めばほぼ魔力は全快するはずが、『オルドリクス』との決戦以降全く回復してくれないのだ。
ほんのわずかに回復しているものの、その量は全体の四割から五割といったところだろうか。
なぜかはわからない。
そのためにフィアは可能な限り魔法の使用をひかえるようになっていた。
あの決戦のあと、限界まで魔力を行使したため体から血が流れた。
今はその傷の跡は消え去っているが。それが何らかの要因になっているのかもしれない。
体の内部の魔力回路までは可視できない。
体に流れる魔力回路が破損したことで魔力が失われたケースは多く聞くが、回復が遅くなるというこんな症例は聞いたことことがない。
ミョテイリでさりげなくエーダに聞いたり、自身で少し調べてみたがそれらしいケースは見当たらない。
もしかしたら自分は魔法を使えなくなるかもしれない、フィアの中でその不安が日に日に大きくなっていく。
それは彼女が直面する初めての不安。
私から魔法を取ったら一体何が残るのだろう。
思い出すのは暗闇の中で死を待つだけだったあの頃。
あの頃などにもう戻りたくなかった。
私の魔法の力で守りたいものもできた。
ドーラに見せてもらった新たな地平をもっと自分の足で進んでみたかった。
そして彼女は自身が欲張りになったことと、魔法に救われていることを知る。
手放したくない。
積み上げてきたものを。今の自分の立場を。ヴァロとの生活を。
日に日に膨らんでいく不安をフィアは必死に押さえつける。
彼女は彼らを守る側の人間だ。
不安は伝染する。
自身が不安になればそれは周囲にも伝わるだろう。
彼女は表にはそれを出さないように努めていた。
ヴィヴィならば何か知っているかもしれない。
フィアは一刻も早くフゲンガルデンに戻りたかった。
フィアは一人きりでミョルフェンの城にやってきた。
城内は任命式を目前にしてあわただしい。
先ほどから小走りに道をゆく者と何度もすれ違っている。
フィアはゆっくりとその中を進む。
「少し通してもらえないかしら?」
そこにいるのは二人の武器を持った魔女。
「…ここから先は通すわけにはいかない。ここはミョルフェン様の控室だぞ」
「この方は前に話した…」
横にいる一人がその魔女の服をひっぱり耳打ちする。
「聖堂回境師フィア様でしたか、失礼しました」
そう言って一礼し、扉の前にいた護衛が道を開ける。
リブネントの選定会議以降フィアの名前と顔は魔女たちの間で急速に広まりつつある。
「ありゃ、うちらの手に負える相手じゃねえ。…綺麗な顔してるが中身は魔性の類だぜ」
ここまで来れたのは彼女の聖堂回境師という立場が大きい。
普通ならば門前払いもいいところだ。
選定会議でフィアを目にした者たちや初日にミョルフェンの城を訪ねた際に見ていた者たちも多く
彼女は引き留められることなくミョルフェンのいる場所までやってこれた。
フィアは二人の門番の間をすり抜けその部屋に入る。
ミョルフェンの周囲には彼女の服装の飾り付けのために多くの人が集まっている。
聖都コーレスから教皇も来るという。
彼女にしてみれば一世一代の晴れ舞台といってもいい。
ミョルフェンは数人の女官たちにされるがままになっている。
「ミョルフェン、少しいいかしら?」
扉の前の少女に目を向ける。
「おお、どうした?」
突然のフィアの訪問にミョルフェンは立ち上がる。
彼女の身支度を整えていた女官たちが慌てる。
「ミョルフェン、式には出れなくなった。それだけ言いにきたの」
「…」
今回のフィアの出席にはリブネントの選定会議を最後まで争ったことによる二人の和解という意味も含まれている。
各結社からも多くの重役たちが出席する中でそれを示すことは大きな意味がある。
「ごめんなさい」
フィアはミョルフェンに頭を下げる。
「私の就任式のほかにやりたいことがあると?」
ミョルフェンは静かにフィアに声をかける。脇にいる女官たちが支度する手を止め、体を強張らせる。
ミョルフェンは元々ハーティア聖滅隊出身である。そこは魔女たちの中でも武に秀でたモノが集められる場所。
体こそそれほど大きくはないが、そんな中で鍛えられてきた彼女には覇気がある。
「ええ」
ミョルフェンの威圧にフィアは臆することなくそう返事した。
「…なら終わったら必ずすべて話すことをここで誓え」
「ええ、誓うわ」
二人は無言で見つめ合う。
「ならいい」
その一言でミョルフェンの周囲に漂う剣呑な雰囲気は嘘のように霧散する。
「わざわざ招待してもらったのに台無しにしてしまった」
「それでも祝いには来てくれた」
その言葉にフィアは言葉を詰まらせる。
「…ミョルフェンは私の出自を気にしないのね」
フィアは言葉をこぼす。選定会議の時からずっと感じていたことだ。
普通ならば魔王崇拝者を出したメルゴート出身者である彼女は避けられるべき存在である。
だが彼女だけはどういうわけかをそう言う部分を気にしていない。
フィアはずっとミョルフェンを不可解に思っていた。
「そんなことは言いたい奴に言わせておけばいい。私たちはこれからだろう」
そのミョルフェンの言葉にフィアの疑問は氷解する。
これから何年も何十年もお互いに歩み続けるのだ。競い合いながら。
そしてそうしていきたいと彼女は言っている。
ミョルフェンの言葉にフィアはその光景を想像し、胸から熱いものがこみ上げてきた。
「…それそうと夜の就任パーティにフィアはもちろん出席してくれるんだろう?」
「ええ、是非出席させてもらうわ」
フィアの言葉にミョルフェンは顔をほころばせる。
「任命式が終わってフィアと語り合えることを楽しみにしているよ」
「私も」
約束してフィアはその部屋を出る。
メルゴート出身であることを知ってもミョルフェンはそんなことを気にせずに慕ってくれている。
それがフィアにとって何よりもうれしかった。
「必ず守るから」
たとえ魔法を使えなくなることになろうとも悔いはない。
フィアは控室から外に出たフィアはドアを背に一人静かに決意を固める。
さまざまな思惑が絡みつく中、トラードの聖堂回境師の任命式まであと一刻に迫っていた。
フィアの不安の正体はズバリこれです。
急展開で状況に流されてるのでちょっと書けなかったけどかけてよかった。




