3-2 教皇入城
教皇がトラードに入城したのは次の日の昼ごろだった。
通りは教皇を一目見ようと通りは人であふかえっている。
教皇が聖都コーレスを最後に出たのは百年前の話だ。
人が生きている間に聖都コーレスを出ることはほとんどないと言ってもいい。
誰もが生きているうちにその姿を見ようと沿道につめかける。
狙撃出来る絶好の場所は全部で三か所あるという。
一つは城壁の上、もう一つは時計台、もう一つは建物である。
ヴァロたちはヴァロとロー、フィアとイクス、クーナとココルの三組に分かれて見張っていた。
ヴァロとローのいる城壁からはパレードを一望できる。
見られても不審に思われないよう二人とも兵士の服装をして警備にあたっている。
城壁の上には立ち入りを禁じているためにヴァロたちしか人影はない。
教皇の一団は城門を抜けてトラードに入っていく。
その中央には教皇が赤いローブを身に着け馬車の中に乗っている。
教皇が乗った馬車がトラードに入ると群衆から歓声が上がった。
馬車の中にいるためにヴァロの位置からはその姿は見ることができない。
「何事も無く通過したようだね」
ローは張り詰めていた緊張を解く。
「そうですね」
「ヴァロ君、教皇の周りにいる馬に乗った武装した男たちが見えるだろう?」
ローは教皇の周りにいる馬に乗った護衛に視線を向ける。
その誰もが一様な制服姿で、白馬にまたがり、その腰には剣を携帯し、鋭い視線で周囲を見張っている。
「あれは教皇近衛兵。教皇の護衛であり、全員が防御型の魔剣を携帯している。
ここから教皇にたどり着くまでに魔剣の障壁が何重にも張り巡らせれている。俺たち聖装隊が矛ならば教皇近衛兵は盾。
話によれば数本による魔剣の障壁は聖剣の力にすら耐えられると言われている。
教皇のいる場所は現在トラードで一番安全とも言えるかもしれないね」
ローはその場所から教皇を見ながら呟く。
「…ただし、教皇が護衛から解放される時間がある」
「…聖堂回境師の任命の瞬間ですか」
前日の夜にヴァロたちはフィアから予定表を交えて説明を受けていた。
教皇の予定表はイクスから手渡されたモノだ。
警備の都合上絶対に外部に漏らさないことを誓わされている。
「そう。聖堂回境師任命の儀の最中だ。あの最中だけは護衛は壇上に上がることができない」
教皇を護る教皇近衛兵は壇上には上がることはできないためだ。
壇上は聖堂回境師と二人だけになる。
最も無防備になるその瞬間こそが教皇暗殺の絶好の好機にもなる。
「ここで仕掛けてこないのなら、カランティが仕掛けてくるのならばその瞬間だろう」
「…はい」
パレードを見下ろしながら二人はそれを見ていた。
「あなたといい、フィアさんといい、ずいぶんと変わった。気配が一年前とはまるで別人のようだ」
「…いろいろとありましたから」
以前トラードに来た時がはるか昔のようにも感じられる。
あのときヴァロたちはカランティになすすべなく捕らえられた。
今はどうだろうか。この一年で成長できただろうか。
ヴァロは自分に問う。
フィアたちの見守る中教皇を乗せた馬車はゆっくりと通過していく。
教皇は中で手を振っているらしい。
歓声が波のように通りを進んでいく。
フィアとイクスは一息ついた。
「イクスさん、宿泊施設の方は…」
フィアはイクスに問う。
「あっちは聖装隊が隅から隅まで調べている。問題はないだろう」
イクスは
「イクスさん、固有魔力というものをご存じですか?」
「固有魔力?」
聞きなれない言葉をイクスは聞き返す。
「魔力を自身の望む形状に変化させるという魔族特有の能力です」
「それは魔法とは違うのか…」
「魔族の中でも上位個体しか使えないものらしく、
上位魔族しか使えないとされていますが、万がその力を持っていることも頭の片隅に入れておくべきかと」
「ふむ」
「一人知っている魔族がいるのですが、その魔族は魔力を弾丸にして放つ能力を有していました。
もし魔族が関わっているというのならばその能力に類似した能力を持っているものもいるかもしれません」
もし異邦の『侯爵』であるジーリアがこの場に現れたのならば、
ジーリアの使う『魔弾』ならば魔剣の障壁すら容易に貫通させ教皇暗殺など容易く完遂している。
「固有魔力か…。それでフィアさんのあった魔族は?」
「安心してください。人間界にはいません。私は見逃されたので運よく生きていますが…」
足元で行われているパレードはそろそろすべて通過する。
「聖堂回境師であるフィアさんですら手におえない魔族か。そんな化け物が存在するのか」
「…」
「…この話はここまでにしておいた方がいいかな?」
「そうしてくれると助かります」
イクスは口元を釣り上げる。
「さて、戻るとするか。この人だと少々時間がかかりそうだ」
イクスは踵を返し、出入り口の方向へ歩き出す。
「イクスさん私からも一つ質問をさせてもらってもいいですか?」
「ああ」
フィアの声にイクスは足を止め、フィアに向きあう。
「どうして私たちなんです?」
二人の間を埋めるように、足元から人々の雑踏が聞こえてくる。
パレードを見て満足した群衆が元いた場所に戻っていく。
しばらくしてイクスは口を開く。
「…教会の連中は頭が固い連中が多い。物事を違う角度から見られる人間が欲しかったっていうのが正直なところだ。
軍や兵団などその中の組織にいるとどうしても自然とものの見方が偏ってしまう。
そしてそれが最善だと疑うことをしなくなる。それが盲点を生み出していることに気が付かずに」
「…」
「もしカランティが我々を知り尽くしているのならその盲点を必ずついてくる。
それではどうしても対処できない問題が生じたときに対応できない。だから外部の人間である君らを頼った。
その上、あんたらは一度あのカランティを出し抜いたと聞いている。期待させてもらえないかな?」
「…最善は尽くします」
フィアはそう答えることしかできなかった。
「期待しているよ」
イクスはフィアの肩に手を置く。
二人はその部屋を後にした。
その建物の上からココルとクーナは壁を背にそのパレードを見守っていた。
何かあればすぐに動けるように二人は緊張していた。
「クーナさんも相当な魔法を使えるって聞きました」
ココルはパレードを見ながらクーナに話しかける。
「…あの男か。おしゃべりな奴」
それはココルを通して別の男に向けられていた。
クーナは非難めいた表情をみせる。吹きこんだ奴は大体想像がつく。
「私なんてまだまだ。実際あの戦いで戦力にならなかった」
どこか吹っ切れたようにクーナは語る。
謙遜じゃない。それはクーナの偽らざる本心だ。
クーナがあの戦いと言うのは半月前に行われた極北の地での魔神『オルドリクス』との決戦である。
「それなりに力があるっていう自負はあった。けれどあの戦いで自分がどれだけちっぽけな存在か、思い知らされたわ」
『オルドリクス』はおろか『爵位持ち』にも全く歯が立たなかった。
彼女よりもはるか上で戦っているフィアたちを見守ることしかできなかった
魔法第一に生きてきた彼女の人生をすべて否定されたようなものである。
「そうですかね…あっ、人です」
ココルはその出入り口まで向かっていく。
「…ここは入っちゃいけませんよ」
ココルは声を上げ、入ってこようとする男に向かう。
「ああ、すみません」
ココルは物腰の低い男だと思った。
「下からだと教皇様のお顔はみえないので…」
男は困ったように
「ここはパレードの間、入ることは禁じられています。引き返してください」
「ココル、どうかしたの?」
パレードを見ていたクーナが近寄ってくるとその男はいそいそとその場を立ち去っていく。
「何?あの男は」
クーナは男の去っていく背中を見ながらココルに問う。
「少なくとも武器は体に所持してませんでした。ただの一般人です」
ココルの言葉にクーナは嘆息する。
「あきれた、あんた意外と見てるのね」
「以前はそう言う職種でしたので」
ココルはどこか照れながら語る。彼もまた特異な能力をもった人間である。
「あんたら見てると世の中魔法だけじゃないってのを思い知らされるわ」
クーナは嘆息する。魔女社会の外に出てクーナは思い知らされていた。
自分たちがいかに狭い視野の中にいたのか。
かつてクーナが所属していた結社では魔法力がすべてであり、それ以外のスキルは評価などされようがなかった。
「…パレードの監視を続けましょう」
「はい」
クーナは再び窓の方へ向かっていく。
あんたらという言葉にココルはちょっと気をよくし、ココルもクーナの後に続く。
男がその建物から出てくると即座に三人の男が両脇に寄ってくる。
男に寄ってきたのはどこにでもいそうな風体の男たちだ。
「ここの建物にも警備はいました。こちらの予想よりも警戒されているとみていいでしょう。
我々の計画はどこからか漏れたと思っていいでしょうね」
小声でその男はつぶやく。
「…それでは」
三人の表情に不安がよぎる。
「ただし、漠然とした情報でしょう。正確に把握していればしかるべき対応をとってくるはずです」
その男の自信のある言い回しに三人の不安は和らいだようだ。
「予定通り招集をかけてください。計画は予定通り決行します」
男の言葉に三人はそれぞれに頭を下げる。
「はっ、すべては我が主のために」
三人の男たちは小さくそう声を上げるとそれぞれの場所に散る。
「せいぜい見える場所を警備していなさい。カランティ様の計画はあなた方の想像の上をいく」
男は教皇の去った方角を一瞥すると人ごみに紛れ込む。
フィアたちの知らない場所でそれは静かに、そしてゆっくりと進行していた。
今回はつっこみどころがいくつかあります。今回もかw
あー。自分の未熟さに腹がたつ。




