腐ったジャガイモを売ってきなさい
プチドラが壁の中に姿を消して…… しかし、そのこととは関係なく、教祖様すなわちクレアの話は続く。
クレアはある日、里親から、「このバスケット一杯の腐ったジャガイモを売ってきなさい。でないと、五寸釘を突き刺すよ」という無理難題を吹っかけられ、町の大通りに出かけることになった。
クレアは大通りに出ると、馬鹿正直にも、
「腐ったジャガイモはいかがですか? 腐ったジャガイモはいかがですか?」
と、声を張り上げた。しかし、腐ったジャガイモに買い手があろうはずがない。日が暮れて辺りが真っ暗になっても、当然のごとく、腐ったジャガイモは一つも売れず、バスケットに山盛りになったまま。このまま里親のもとに戻れば、予告どおり、五寸釘を突き刺されるだろう。治癒魔法で回復が可能だとは言え、突き刺された瞬間は、やはり、痛い。クレアは道端にうずくまり、長いため息をついた。このままどこかに雲隠れしてしまえば、里親の虐待からは逃れることができるだろう。しかし、その場合、自分一人でどのように生活していけばよいのか、まだ幼いクレアには見当もつかなかった。
しばらくたたずんだ後、クレアはもう一度ため息をつき、力なく立ち上がった。これ以上、道行く人に声をかけ続けても、腐ったジャガイモなど、誰も買わないだろう。五寸釘は痛いけれど、いつまでもここにいるわけにいかない。クレアはトボトボと、重たい足取りで歩き出した。
その時……
不意に、一組の男女のペアが、狭い路地からフラフラと危なっかしい足取りで、クレアの前に現れた。そして、そのうち男の方が、クレアの目の前でバッタリと倒れ、ゼェゼェと荒い息づかいで、
「レベッカ、俺のことはいいから、おまえだけでも逃げろ。この傷では、身動きさえままならない。金持ちや貴族どもに、ひと泡吹かせてやろうと思ったが……、くそっ、これも、運命かな……」
「しっかりしなよ! 貴族どもをやっつけて、二人で天下を取ろうと誓ったじゃないか!!」
刃物で斬りつけられたのだろうか、男の背中や足からは血がドクドクと流れていた。男の顔色は青白く、生気がない。大至急、大量の輸血や外科の手術などを行わなければ、命はないだろう。クレアに医学の知識はないが、このままでは危ないことは、直感で分かった。
「あの~……」
クレアは、恐る恐る声をかけてみた。しかし、男も、「レベッカ」と呼ばれた女性も、まったく聞いていなかった。クレアは少し声を大きくして、もう一度、「あの~」と呼びかけた。しかし、二度目も最初と同じく、無視されるだけだった。このまま手をこまねいていれば、男は程なくして絶命するだろう。クレアは勇気を振り絞り、倒れている男の傍らに腰を下ろした。そして、男の体(より精確には、左胸の上)に真っ白な腕を伸ばし、指先を当てた。




