教祖様の名
教祖様は、涙が溢れそうになっている目尻をハンカチでぬぐい、
「ごめんなさい、つい…… あの……、突然こんなことを話すのもぶしつけですが、きいてくれますか?」
「はい、はい、なんなりと! わたしたちは、え~っと、いつでも教祖様の味方です。決まっているではありませんか。ねえ、そうですよね、カトリーナさん!!」
アメリアは感動的に、教祖様の両手を自らの両手で握りしめた。わたしとしては、正直、どうでもいいことだけど……
教祖様が語ったのは、彼女とコーブ事務局次長及びキャンベル事務局長の出会いから、唯一神教誕生までの話だった。その話によれば、彼女が教団両幹部と知り合ったのは数年前、場所は帝国東部の辺境であり、それなりに大きな地方都市だという。その頃は、まだ唯一神教は存在せず、教祖様も当然ながら「教祖様」ではなく、「クレア」という名で呼ばれていた。
クレア(しばらくは、こう呼ぼう)の出生については、非常に複雑な事情があり、彼女は生まれるとすぐに里子に出されてしまったという。里親は、あろうことか、非常に意地悪な夫婦であり、クレアに対し、今で言うところの児童虐待のようなことも平気で行っていたらしい。ちなみに、その虐待の具体例としては、熱湯をかけたり、反対に冷水に沈めたり等々といった凄惨なもの。
もし、クレアが普通の子どもなら、既に虐待のさなかに、神の国に召されていただろう。しかし、彼女には不思議な力、すなわち、治癒魔法を操る魔力があった。クレアは里親からどんなに痛めつけられても、夜のうちに治癒魔法で自らの傷を治し、次の日にはケロリとしているのだ。里親は、このようなクレアの能力を非常に気味悪がり、より一層、激しい虐待を繰り返した。しかし、どんなに傷つけられても、(治癒魔法を何度も行使することで、能力が高められたという面もあるのだろう)クレアは朝が来れば、ますます元気になって目を覚ますのだった。
「まあ、なんと! 教祖様、過去にそんなことがあったなんて……」
アメリアは、うるうると目を潤ませて言った。教祖様の話は、アメリアの心の琴線に大いに触れるところがあったようだ。わたしにとっては、本当にどうでもいい話だけど……
わたしは、ふとプチドラを抱き上げ、その耳元で、
「プチドラ、あなた、壁抜けできたわよね」
「それくらいなら朝飯前だけど、どうして?」
「こんな、お涙頂戴の退屈な話に、いつまでも付き合ってられないわ。とはいえ、中座もしにくいし。だから、あなたには、壁抜けして、コーブ事務局次長の部屋とか、錠前が3重にかけられた謎の部屋とか、探ってきてほしいのよ」
プチドラは、「わかった」と小さい手で小さい胸をポンとたたき、こっそりと、かつ、ひっそりと(教祖様やアメリアの死角から)壁の中にその身を沈めていった。




