ごうつくばりにかけては
帝国宰相は、飼っていた小鳥に逃げられたように手を虚空に伸ばし、口をポカンと開けて唇をぷるぷると震わせ、眉間に何本かしわを寄せ……と、あまり機嫌がよさそうな雰囲気ではない。たった今立ち去った耽美的かつ無機的な男に、言いたいことがあったのだろうか。
プチドラはわたしの肩によじ登り、耳元でそっとささやく。
「今のはマーチャント商会会長だよ。名前は忘れたけど。帝国宰相と一緒に、なんの話をしてたんだろう」
なるほど、言われてみれば、かなり前に一度顔を合わせたことがあったっけ。
「まったく抜け目のない男じゃ、あのルイス・エドモンド・スローターハウスという男は……」
帝国宰相は苦々しい顔つきでつぶやいた。そうそう、名前は確か、そんな感じ。宰相の独り言のおかげで、マーチャント商会会長のフルネームを思い出すことができた。
わたしは帝国宰相を見上げ、
「今、『抜け目のない』とかおっしゃいましたが、マーチャント商会会長との間で、何か?」
「いや、なに…… ちょっとしたことじゃ。あのごうつくばりめが、政府の財政がピンチなのは、あの男も分かっておろうに、それを、なんじゃ、あの態度は……」
帝国宰相は感情を露わにし、腹に据えかねている様子。ただ、「ごうつくばり」という点については、宰相も他人のことは言えないと思う。
宰相は気を静める意味も込めてか、「ふー」と大きく息を吐き出し、
「わが娘よ、済まぬが、今見聞きしたことは、他言無用に願いたい」
「帝国宰相がそのように仰せなら、そうしますが……」
すると、宰相は「よしよし」と、自分の頭の中を整理するような調子でうなずき、
「少し話があるのじゃが…… 手紙は読んでくれたかな? 新しい官職のことはもちろんじゃが、それだけというわけでもない。少しの間、宮殿の中庭でも散策しようではないか」
これからが本題のようだ。
わたしは帝国宰相に連れられ、左右に幾つも並んだ噴水の間を抜け、色とりどりの花々が植えられている花壇の間を横切った。
宰相は、もう一度、油断なく周囲を見回し、
「ここまで来れば大丈夫じゃろう」
「『大丈夫』……ですか? というと、もしかすると、ものすごくヤバイ話だったりして……」
「いや、なに、ヤバイ話でないが、人事の内示とともに、ちょっとな……」
帝国宰相は、ここでひと呼吸置き、ゴホンと一つ咳払いして、
「そなたを神祇庁次官に任命したい。引き受けてくれるな」
「は、はあ……」
と、わたしはいかにもやる気がなさそうに、生返事。断ることができるならそうしたいところだけど、「神祇庁次官」という名前から受ける印象として、あまり大変な感じはしない。面倒なことは「長官」に押しつけて、いるだけで何もしない人でよければ、断るほどのことはないだろう。
「それと、もう一つ……」
帝国宰相はニヤリとした。なんだか、イヤな予感が……