帝国宰相と誰か
さて、アート公、ウェストゲート公、サムストック公のことはさておき(わたしには関係のない話だ)、とにかく早く宰相政務室を見つけ出さなければならない。
帝国宰相からどんな役職を押しつけられるのか知らないけど、あまり面倒なことになりそうなら、慇懃無礼に、いや、丁重にお断りしよう。わたしはプチドラを抱き、柱の陰から廊下に出た。
すると、その時、長い廊下の遠くの方から、大声を上げながら、あわただしく駆けてくる人影が二つ。
「お急ぎ下さい! 約束の時間はとっくに過ぎておりますぞ!!」
「まあ待て。そんなに慌てるなよ。約束の時間が過ぎてるなら、どうせ遅刻だろう。今更急いで行っても仕方ないじゃないか」
「そんな、子供みたいなことを言わないで下さい! 皆さんは、ツンドラ侯へのお祝いのために集まってくれたんですよ。主役がいなければ、パーティーは始められません」
毎回同じようなパターンだけど、また、どうしてこんなに御都合主義的に現れるのか分からないけど、さらに、なぜいつもバタバタとしているのか知らないけど、これはきっと、毎度お馴染みの、あのコンビに違いない。「パーティー」が云々ということは、ツンドラ侯昇進祝いパーティー」でも開かれるのだろうか。わたしはもう一度、柱の陰に身を隠した。
やがて、わたしの目の前を、大男と小男が通り過ぎていった。予想どおり、ツンドラ侯とニューバーグ男爵。二人とも、わたしが隠れていることに気がつかなかったようだ。危難は去ったと見てよいだろう。
わたしはホッと胸をなぜ下ろし、
「危なかったわ。見つかったら、『予定していたパーティーは中止だ』とか、『予定変更』とかで、例によって、ゲテモン屋で地獄のフルコースを味わうに決まってるわ」
「それだけは勘弁してほしいよ。でも、見つかったら逃れられないだろうな」
「そうよね。あの人なら、四足のものは机以外なんでも食べちゃいそうだし……」
そんな取りとめもないことを話していると、突然……
「おお、しばらくぶりじゃな、わが娘よ」
と、背後から声がした。振り向いてみると、そこにいたのは、御都合主義も極まれりの帝国宰相。一体、どこから湧いて出てきたのやら。
ともあれ、わたしはプチドラを抱いたまま、形ばかりの挨拶を、
「これはこれは帝国宰相、御機嫌うるわしく…… え~っと、あらっ?」
帝国宰相の隣には、歳は30代前半だろう、割と美形の男が立っていた。男は冷ややかな目でわたしを見下ろしている。耽美系だけど、どこか無機的な感じ。
「これはこれはウェルシー伯、随分と御無沙汰しておりましたな」
男は片膝をつき、わたしにひと言、型どおりの挨拶をすると、
「私はこれにて失礼いたしますが、帝国宰相、例の件は、なかなかどうして、簡単にはいかないと思いますよ。検討は致しますがね」
極めて事務的な口調でそう言うと、帝国宰相が何か言おうとして口を開きかけたのも構わず、そそくさと立ち去ってしまった。