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黒い丸薬

 思うに、招聘予定の講師とは、ズバリ、マーチャント商会会長ではなかろうか(名前は忘れたけど)。この前に会計帳簿で見つけた「M商会」の意味が「マーチャント商会」であれば、得意先のたっての願いで講師を引き受けたということも、十分に考えられる。だとすれば、マズイことになるかもしれない。帝国で爵位をもらっている者が、怪しげな教団の、しかもエリート信徒という中核的メンバーということは、スキャンダルのネタとしては十分。マーチャント商会会長は、わたしの顔を覚えているだろうし、抜け目のない会長のことだから、講演の際には、きっと、わたしがその場にいることに気付くだろう。

 そこで、わたしは一計を案じた。すなわち、幹部用食堂での昼食後、すかさず、しゃがみこんでおなかを押さえ、

「アイタタタ……、どうしたのかしら。もしかすると、食あたりかもしれないわ。ここは、今日一日、とにかく、自室に戻って横になっていなければ……」

「カトリーナさん、食あたりですか? でも、わたしはなんとも……、え~っと……」

 アメリアは困った顔をして右往左往していたが、やがて……

「すいません。すぐ戻りますから、少しの間、ここで待っていて下さい」

 何かを思いついたのか、駆け足で走り去った。

 プチドラはわたしの肩によじ登ると、苦笑しながら、耳元でそっとささやく。

「演技だと思うけど……、いくらなんでも、わざとらし過ぎるんじゃないかな」

「企業経営者がマーチャント商会会長ならマズイでしょ。たから、体調が悪くて寝てることにするのよ。まさか、病人を引きずって連れていくわけにはいかないでしょ」


 しばらくすると、アメリアが息を切らしながら、右手に茶色っぽい小瓶を持って戻ってきた。

「エリート信徒の体調管理もお世話係の大切な使命。カトリーナさん、これは、え~っと、腹痛、下痢、消化不良、食あたり、下り腹、軟便その他諸々、え~っと、とにかく、どんな症状にも効くという万能薬なのです。コーブ事務局次長に事情を話してお借りしてきました。どうぞこれをお飲み下さい」

 と、小瓶の中から黒い丸薬を3粒ほど取り出した。でも、この丸薬、どこから見ても、いつぞや訴訟にもなっていた、某ラッパのマークの……

「さあ、カトリーナさん、覚悟を決めて!」

「えっ!? アメリア、どうするの? ちょっと、やめて!!」

 アメリアは、無理矢理わたしの口をこじ開け、黒い丸薬を放り込み、水を流し込んだ。

「物事は、何事につけ、気合いです! え~っと、とにかく、今日のお話、頑張って聴きましょう!!」

 何をひとりでモチベーションを高めているのか知らないけど、ともあれ、こうして、仮病を使って午後の講演会をブッチしようという、わたしの魂胆は、非常にあっさりと崩れ去ったのだった。


 その時、コーブ事務局次長が食堂に姿を見せ、

「同志たち、これからお待ちかねの講演だ。会議室に集合」

 待ちかねてはいないけど……、いよいよ始まるらしい。

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