痴話喧嘩のような
キャンベル事務局長が通り過ぎた後、わたしはじっと事務局長の後ろ姿を眺めながら、
「面白そうね。こっそりと、後をつけてみましょうか」
すると、アメリアは「えっ」と驚き、
「それは、え~っと……、あんなに怒ってるんですよ。もしも、後をつけていることに気付かれたりしたら、やっぱり、かなりマズイ……、命に関わると思います」
わたしの行動原則は、基本的には「君子危うきに近寄らず」だから、本来ならば早々に退散すべきところ。でも、わたしは君子ではないし聖人でもないし、たとえ危険でも、それを上回る興味がかき立てられる場合には、話は別。わたしは嫌がるアメリアの手を引き、見つからないよう適当な距離を保ちながら、キャンベル事務局長の後を追った。
事務局長は、長い廊下を奥へ奥へと歩いていった。このまま進めば、確か……
「どうしましょう。教祖様とコーブ事務局次長の部屋に、近づいていきます」
アメリアは言った。聖戦士を除いて教団の運営にタッチしていない事務局長が、事務局次長や教祖様に、一体、なんの用があるのだろうか。
キャンベル事務局長は、教祖様の部屋の手前のコーブ事務局次長の部屋の前まで来ると、ドンドンと猛烈な勢いで部屋のドアをたたき、
「おい、こら! この売女め!! また、あのヤロウのところへ!!!」
すると、部屋の中から、美しく着飾った女性(すなわち、コーブ事務局次長)が「何?」と面倒くさそうに顔を出した。
キャンベル事務局長は、無理矢理ドアをこじ開けると、部屋の中に躍り込み、
「玄関先に馬車が出してあった。まさかとは思うが、やっぱり、あのヤロウか!」
「あのヤロウはヤロウだけどね。今は大切なスポンサー様だから」
「……なっ、なにぃ!! こんなにおめかししやがって!! くそっ、くそぉ!!!」
「そんなに興奮するんじゃないよ。最低最悪のどうしようもないヤロウだけど、教団を大きく、強くするためだから、利用価値があるうちは、利用させてもらうわ」
部屋の中から、男女の言い争う声が廊下まで響いている。声の主は、キャンベル事務局長とコーブ事務局次長で間違いない。これは、いわゆるひとつの痴話喧嘩のようだ。
「金持ちを祈祷すれば、金くらい、いくらでも手にはいるだろうが!」
「バカだねぇ。お金が問題じゃないのよ。お金だけの話なら、あのヤロウとは、とっくに縁を切ってるわ」
「うっ、うおおぉぉぉ~~~!!!」
部屋の中から猛獣のような唸り声が上がった。アメリアは、身震いしてわたしにしがみつく。部屋の中は既に修羅場だろうか。この場は大事を取って、引き揚げる方がよさそうだ。
でも、それはそれとして…… わたしは、ふと、コーブ事務局次長の部屋の対面の部屋に目をやった。扉には、この前と同様に、なぜか錠前が3重にかけられている。
「カトリーナさん、早く……、早く、戻りましょう」
アメリアは、おびえる声で言った。厳重にカギがかけられた扉の向こうに何があるのか、気にはなるが……、今日のところは自室に戻ることにしよう。




