魔法か奇跡か
わたしたち(教祖様、コーブ事務局次長及びエリート信徒(お世話係込み))は男の案内でゾロゾロと、妻が横になっているという寝室まで通された。部屋の中央には大きなベッドが置かれ、その上では、男の妻が土気色の顔色で「はぁはぁ」と荒い息をしている。使用人が頻繁に寝室に出入りし、水を含ませたタオルを取り替えたり、体の汗をふいたりで、忙しそうだ。
男は教祖様の前に跪き、哀れっぽい声を上げ、
「教祖様、是非とも唯一神の慈悲を、唯一神の奇跡を、唯一神のお力を、どうか、お願いいたします」
教祖様は優しく男の手を取り、しかし、困惑したような表情を浮かべながら(何を思ったか)、
「あの~、このたびは、まことに……」
と、言いかけたところで……
コーブ事務局次長は、チッと舌打ちすると、(手慣れた様子で)教祖様と男の間に割って入り、
「事態は一刻を争います。これから直ちに祈祷を行いますので、教団関係者以外、この部屋への立ち入りはご遠慮願いたい」
すると、男は少し驚いたような表情を見せながらも、「お願いいたします、お願いいたします」と、頭を何度も床に擦りつけた。そして、教祖様に手を合わせながら、使用人を連れて(後ずさりするようにして)寝室を出た。
部屋の中にいるのが男の妻と教団関係者だけになると、コーブ事務局次長は「やれやれ」というように、小さく息をはき出した。そして、教祖様の肩をポンとたたき、
「それじゃ、頼むわ」
教祖様はコクリとうなずき、男の妻の横たわるベッドのすぐ脇まで歩み寄った。そして、真っ白な腕を伸ばし、指先を男の妻の額に当てる。同時に、エリート信徒たちは、自分の胸に自分の手を当てた。このような場合の儀礼的行為なのだろう、わたしも見よう見まねで、同じように彼らに合わせた。
そして、10秒ほど(体感的には30秒くらい)時間が経過。すると、男の妻の頬にうっすらと赤みが差し、今まで苦しそうにしていたのがウソのように、安らかな寝息を立て始めた。これが、教祖様の魔法の(教団的には、教祖様を介して発現する唯一神の奇跡の)力だろう。
プチドラは、こっそりとわたしの肩によじ登り、わたしの耳元でささやく。
「すごいね。治癒魔法の腕は一流だよ。エルフでも、これほどの使い手は、なかなかいないと思う」
やがて、教祖様は疲れたのか、「ふぅ~」と大きく息をはき出し、指先を男の妻の額から離した。そして、コーブ事務局次長の方に向き直り、「治癒が完了」という意味だろう、無言でうなずいた。
コーブ事務局次長は、満足げに笑みを浮かべ、
「よくやったわ。それじゃ、あなたたちは馬車で待ってて」
と、教祖様やエリート信徒を残し、ひとりで部屋を出た。男のところへ(おそらくは法外な)治療費の請求に行くのだろう。




